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告白

「リーンがそんなに不安そうな顔してるの、初めて見た。かわいい」

「……からかわないでくださいませ」


 目の前に座っているアイヴァンは、ごめんと言って苦笑した。応接室には二人きりだ。最初は当人同士で話し合えと、リーンの両親が気を遣ったのだ。


「何言われるのか大体分かるけど。結婚の話だよね」

「――ええ」

「無理だって、今さら気づいた?」


 言われた言葉の意味が一瞬分からなくて、リーンは間抜けな顔で「え?」と問い返した。

 いや、言葉自体は聞き取れた。でも、いつまで経ってもアイヴァンの意図が飲み込めない。

 アイヴァンはまた苦笑した。自分を自嘲しているようにも見えた。


「この際はっきりさせよう。――というか、僕はてっきり、リーンは知っててそういう態度だと思ってたんだよ。全部裏目に出ていたというか、多大なる勘違いというか。これに関してはリーンの鈍感さが全面的に悪いって言ってもいいと思うんだけど」


 後半になるにつれ、アイヴァンは小声になっていった。リーンは固まったままそれを聞いていた。


「一度、はっきり言わないと僕のお姫様は全然分かってくれないみたいなので、言います」


 何を言われるのか、怖い。想像が合っていたとしたら、気絶したくなる。過去の暴言及び無礼な振る舞いをした自分を片っ端から殴りたい。アイヴァンを傷つけるつもりなんて少しも無かった。

 でも、どうであれアイヴァンが傷つくことに変わりは無いのだと、遅れて気づく。リーンはずっと、ゼンに恋をしていたのだから。



「好きです。リーン、あなたが。嘘でも冗談でもない。ずっと好きだった」



 信じてください、とアイヴァンは、綺麗な顔でリーンを見つめて、そう言った。優しい笑顔だった。それが不意に歪んで、アイヴァンは慌てたように俯いた。


「……ああ、やっぱり怖いな。だからはっきり言えなかったのに」


 そういう、途方に暮れた顔を見たくなかった、とアイヴァンは言う。どういう表情が正解なのか分からなくて、リーンは動揺したように瞳を揺らす。


「ひどいよって、言っていい? 本当にリーン、ひどかった。僕のこと、少しも見ないし気づかないし、挙句にだいぶ面白い勘違いしてたし」

「……その節は」

「謝らないで。より惨めになるから」


 不器用にアイヴァンは笑う。その顔が昔と同じで、リーンは息が詰まった。


「……私の自惚れでなければ」

「うん」

「アイヴァンがだいぶ変わったのは、私と――約束したからでしょうか」

「むしろそれ以外あった?」

「……いえ、軽薄になったとしか」

「君にだけだって言ったのに」

「ご冗談かと」

「本当にひどいね……」


 君に相応しくなりたくて、頑張ったと、少年のように無邪気にアイヴァンは言った。

 でもそれが、リーンを追い詰めた。アイヴァンは知らないのだろう。置いて行かれるような気がして、リーンが必死だったことを。

 本当にばかだと思った。リーンなんかに相応しくなろうとしたアイヴァンも、それで追い詰められていた自分も。


 ただ、アイヴァンがずっと真摯に向き合ってくれていたことだけはよく分かったから、リーンも覚悟を決めた。これで自分だけ言わないのでは、ずるいと思った。

 背筋を伸ばし、リーンははっきりアイヴァンを見て、言った。


「お気持ちは大変ありがたいです。――ですが、私は同じ気持ちを返せません」

「知ってる」

「結婚が嫌なのではありません。婚約解消だなんて今さらできませんし、する気もありません。でも、今はまだ、踏ん切りがついていませんでした。大丈夫だと思っていたのに、情けないですわ」

「それも知ってた」

「私は」


 ずっと、隠し続けていた。まさか最初に打ち明ける相手がアイヴァンになるとは思わなかったけれど。


「――ゼンが、好き、です」


 押し殺していた思いが溢れて、視界が揺らぐ。頬が温かくなって、何かと思ったら、涙だった。

 絶対にかなわない。そんなこと望んでいない。ただ、結婚するまで、その間だけの思いだと決めていたのに。


「……はしたないところをお見せして」

「いいよ。……近づいても?」

「ええ」


 アイヴァンはリーンの前に跪くと、そっと涙を拭った。


「……君が弱みを見せられるような人間になりたいと思ってた。これは、どうなんだろうね」


 困ったようにアイヴァンは笑う。リーンは何も言えずに涙を流していた。リーンは静かに泣く。声の上げ方が分からなかった。


「彼は、君が攫ってって頼めば、やってくれるんじゃないかな」


 冗談ではないようで、リーンは少し笑った。


「単なるお嬢様だって思われてるのはよく分かってます。それに、ゼンには言ったりしませんわ。そこの分別はあります」


 彼は執事で、リーンは伯爵家の娘だ。ゼンが優しくしてくれるのだって、リーンが雇い主の娘だからであって、それ以上でもそれ以下でもない。


「……君はもっと、自分が魅力的であることを自覚した方がいいよ」


 涙でぼやけた視界の向こう、微妙な顔をしているアイヴァンが見えた。リーンはぽかんと口を半開きにしている。少し開いた赤い唇が艶めかしくて、アイヴァンはそっと目を逸らした。


「……本筋に戻すけど、婚約解消されないのは、僕にとっては願ったりな話ではある。でも、君はそれでいいの?」

「構いませんわ。結婚するならアイヴァンがいい」

「……」


 一瞬で真っ赤になったアイヴァンは、誤魔化すように咳払いして先を続けた。リーンもつられて赤くなった。不用意な発言はよそうと決めた。


「ただ、結婚するには踏ん切りがつかないんです。アイヴァンと一緒に暮らして、私がちゃんとやれるのか。前までは自信があったんですけど……」


 ゼンに会いたくてたまらなくて突然家出、なんてことをしたらと思うと笑えない。行動力だけはあるから、しないと言い切れないのも辛い。

 自分が我儘を言っている自覚はあったが、変に取り繕うよりはいいだろうと思って、リーンは言った。夫婦として振る舞えるのか。もし無理なら、婚約解消するよりほかない。アイヴァンは引く手あまただろうし、リーンが恥をかくだけだ。家には迷惑な話だろうが、リーンだって貰い手はすぐに見つかるだろう。


「アイヴァンの家に迷惑をかけたくありません。でも、心の準備が……」

「それに関してだけど」


 アイヴァンは立ち直ったのか、元に戻った顔色で言った。


「ためしに、うちで一緒に暮らしてみよう。実は婚約解消を覚悟していたから、こっちの提案は何も煮詰めてなかったんだけど」


 アイヴァンは苦笑して、茫然とするリーンに言った。


「珍しいことではないでしょう? 婚約者と一緒に暮らす。で、君がどうしても無理だったら、帰ってくれていい。三か月くらいかな」

「三か月……」

「両親はいるけど屋敷は広いから干渉はほぼ無いし、結婚してから離婚することになるよりはまだ体裁が良い。手も出しません。約束します。指一本分……くらいなら触れるかもしれないけど」

「……どうして」


 そんなにリーンに都合よくしてくれるのだろう。茫然としたままのリーンに、アイヴァンは笑って言った。


「君には我慢して欲しくないから。少しでいいから、僕にも頼って」


 とんでもなく甘やかされている。リーンはたった今、同じ気持ちを返せない、と言ったばかりなのに。


 お言葉に甘えても、と小さく言うと、もちろん、とアイヴァンは優しく笑った。

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