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恋する令嬢

 ずっと、恋をしていた。


 リーンの金髪の巻き毛を優しく撫でる手。お嬢様、と低く掠れた声で呼ばれるたびに、ひどく切なくなった。


「寝癖がひどいですね。なかなか起きないと思ったら」


 呆れ顔でそう言う自分の執事――ゼンを見あげて、リーンは唇を尖らせた。


「このまますっぽかせないかしら?」

「家を傾ける気がおありなら、どうぞ」

「……それは嫌ね。私はまだ贅沢三昧で暮らしていたいわ」

「相変わらずで安心しました。さっきからカルアが待ってますよ。早く支度なさってください」


 猫の子でも扱うかのようにくしゃくしゃ頭を撫でられて、リーンは目尻を赤く染めて睨む。


「もっとひどくなるじゃない。私の癖毛の恐ろしさ、知らないんでしょう」

「よく存じております。何年見てると思ってるんですか。さあ」


 押し出されて、リーンはしぶしぶ、部屋の隅で所在無さげに待っていたカルアの元へと向かう。憂欝だった。これから舞踏会に行かなくてはいけない。馬鹿馬鹿しいほど派手に仕立てられるわけだ。何よりリーンはコルセットが大嫌いだった。あれは一回、男も全員やってみればいいと思う。


「カルアもそう思うわよね?」

「え?」

「何でもない、こっちの話よ」


 涼しげな顔でこちらを見送っているゼンを最後にまた睨んでから、リーンは部屋を出る。息の詰まるようなあの感覚を思い出して、リーンはため息をついた。



 ***



 陽射しの暖かさよりも、硬質の冷たさを思わせる美しい金髪。苛烈に輝く赤の瞳と合わさって、それは威圧を生み出している。

 性格の悪さが出ているのよ、と口さがない者は言う。しかし、それがひどく美しく見えることもまた事実だった。ちなみに、リーンは性格が悪いという評を特に否定しない。良くはない、と自分でも思っているからだ。


 瞳に合わせた濃く深い赤。真紅のドレスは血を被ったようにも見える。装飾は最低限で、身体のラインを強調するような作りをしていた。リーンの年齢には早熟なように思えるが、彼女には良く似合う。金髪を編み込んでいるリボンも、シンプルな赤だ。ごてごてすると頭が重くなる、と言って侍女と毎回喧嘩になっているのは限られた者しか知らない。


 装飾はあまりないとは言っても、どれも素材は最高級品だった。アールトン伯爵、ウィッキンズ家の一人娘。見る者が見れば、どれだけ甘やかされているか一目で分かる代物だった。


「リーン」


 舞踏会の様子をつまらなそうに眺めていたリーンに、すぐに声を掛けてくる者がいた。声だけで誰か分かり、リーンは完璧な笑みをさっと作る。心の中では、人には聞かせられないような罵詈雑言の数々を思い浮かべていた。


「アイヴァン、お久しぶりですね」


 黒髪に水晶のような薄い青の瞳。はっとするほど綺麗な顔に満面の笑みを浮かべて、アイヴァンはリーンの元へやって来る。


「……近いです」


 挨拶するには不要なほど近い。従兄である彼を見上げて、リーンはそう囁いた。心の中では、このむかつくほど綺麗な顔面に拳を入れてやりたいと思っている。近寄るな、と目線で訴えかけるが、アイヴァンには通じなかった。


「待っていろと言ったよね?」

「待つのも飽きたので、先に行こうかなと」


 本来なら無礼な話だ。しかし、にっこり笑いかけられたアイヴァンは文句を言う気を失くしたようだった。


「ちょっと、刺激が強いなそのドレスは。僕のお姫様はずいぶん、成長したみたいだね」

「――褒めていただけて嬉しいですわ」

「せっかく久しぶりに会えたのに、そうつれなくするな。今日は、あの面の良い執事はいない?」

「ゼンなら他の用が」

「ならちょうどいい。踊りませんか?」

「……」


 断るのはマナー違反だろうが、知ったことではない。聞こえなかった振りで、リーンは無視した。その態度も想定内だったのか、アイヴァンは諦めずに言ってくる。


「他の男にリードされたい?」

「……」


 できるならこんなところから逃げ出したい。こんなに飾り立てたって、見せたい相手なんてここにはいないのだ。

 自然に手を取ろうとしてくるアイヴァンから自然に逃げながら、リーンは言う。


「他のご令嬢にちょっかい出せばいいじゃないですか。何人か見てますよ」

「君が綺麗だから見てるんだ」


 あんたの面が良いからだよ、と思った。地が出そうになるのを必死で堪えながら、リーンは上目遣いでアイヴァンを睨む。


「そう言う顔をすると、小さい頃みたいだ」


 でれでれした顔でそう言う。ぞっとした。


「婚約者なら、僕と踊る義務があるのでは?」


 でれでれしながら、刺すようにアイヴァンがそう言った。リーンはとうとう無視できず、アイヴァンを見た。綺麗な顔は、何を考えているのか分からない。年を重ねるにつれ、この従兄が何を考えているのか、リーンにはどんどん分からなくなっていった。


「……性格が悪いと言われたことは?」

「君ほどは無いな。どうぞ手を」

「……」


 踊っている間に足を踏んでやる。


 心に決めて、リーンはアイヴァンの手を取った。

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