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俺とジークと我らが娘

最早タイトルがオチ。

全話でオッジおじさんの事をようじょがどう呼んだのかが分かります。

まあ、大体予想はついてると思いますけどね……

 ふわりと意識が浮上する様な感覚と共に目を覚ます。

 未だギアの入らない靄のかかった思考の中、大きな欠伸で眠気を追い出そうとする。ぬぁ、と間違っても部下には聞かせられない情けない声が口から漏れるが、団長である俺のテントには俺一人しかいないため、その声が聞かれる心配はない。

 ……いや、今は少し気をつける必要があるか。

 昨日の夜からの短い付き合いではあるが、同じ部屋で寝泊まりすることとなった「同居人」の存在を思い出し、涙で滲む視界の中目を凝らしてその小さな姿を探す。

 何かあったときの為に俺の隣に寝かせていたのだが、枯れ草を詰めたシーツで作られたベッドには彼女の姿は無かった。

 まさか、逃げたのか?

 そんな考えが脳裏に浮かび、次いで幼子が一人でこの大穴(ダンジョン)内を歩く事の危険さを思い出して飛び起きる。寝汗とは違う嫌な汗をかきながら、最低限の装備として枕元に置いていたショートソードを引っ掴みテントから勢い良く飛び出した。

 仄暗いテントから出ると、まだ上りきっていない太陽の光が大穴の壁に注がれて、まるで壮大な壁画のような巨大な影を映し出していた。

 まだ決められた起床時間よりも幾分か早い時間帯。薄く残る夜露が朝日を浴びて輝き、夜の残滓である肌寒い空気がちくちくと服の隙間から肌を刺す。

 いつもであれば見慣れた光景であるものの飽きる事なく感動を覚えるその景色も、今では焦燥を駆り立てる要素にしかならない。

 狩人として強大な獲物に立ち向かう時と同じように思考のギアを跳ね上げ、彼女がどこに行ったのか、何故逃げ出したのかの推測を始める。

 それと同時に団員たちを緊急招集しようと俺のテントの入口近くに設置されている小型の鐘に手を掛けたその時。


『ちゃーんちゃーちゃちゃんちゃんちゃんちゃん、ちゃーんちゃーちゃちゃんちゃんちゃんちゃん』

『ブモモン、ブモモモ』

『ちゃららららん、ちゃららん!』

「…………んあ?」


 気の抜けるのほほんとした子供の声が聞こえてきた。思い切り低い声が喉から出たが、そんな事を気にする余裕も無く俺はテントの裏、昨日保護した結晶猪(クリスタルボア)を繋いでいた場所に向かった。

 すると、そこには妙に間の抜けた下手くそな鼻歌を歌う幼女と、その歌に合わせて鳴き声をあげながらわきわきと首を動かす猪の姿があった。

 ……アイツらは一体何をやっているのだろうか。

 何となく声を掛けるのを躊躇っていると、幼女と猪はほぼ同時に動き始めた。

 昨日の夜、寝落ちしかける幼女に予備のシーツを一枚使って完成させた簡素なワンピースが、彼女の動きに合わせてゆらゆら、ふわふわと動く。

 保護するまでは裸だったようだが、どうやら裸族に目覚めている様子はなく、そこは素直に安心できた。


『✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕、✕✕✕✕✕✕✕〜』

『ブモーン』

「……クッ……」


 幼女が聞いたことのない言語で何かを喋ると、俺達と長きに渡る因縁を持つ魔物とは思えない呑気な鳴き声で猪が鳴く。

 その余りの間抜け具合に笑いがこみ上げてくるが、ここで笑ってしまうと面倒くさい事になる予感がしたので、その笑いを全力で噛み殺す。

 きっと今の俺の顔は真っ赤だろう。自分でもそう思う程に腹と顔に力を入れながら目の前の光景を見守っていると、さらなる追撃が俺に襲いかかってきた。


『✕✕✕✕、✕✕✕〜』

『ブモモン、ブモモン』

「……プッ、クッ……ククッ……」


 幼女が前から両手を上げて横に下ろすという不思議な振り付けの踊りを始めたのだ。これで本人が楽しそうにやっていたのならばまだ可愛げがあったのだが、本人は至って真面目そうにキリッとした表情を浮かべているのだから質が悪い。

 おまけに猪もそれに合わせたようにグイングインと首を動かす為、怪しげな宗教の儀式にしか見えない。その他にも、ぴょんぴょんと飛び跳ねてみたり、前に後ろに体を倒してみたりと、変な鼻歌のリズムに合わせて幼女と猪は踊っていく。


『んっ、んっ……んぬぅ……!』

『ブッブモッ、ブモッ』

「グッ……フ、フフッ……くそ……!」

「ブフッ……!?」


 本人たちは真面目なのがまたシュールさを増しているその儀式を見ていると、背後で誰かが吹き出しそうになって笑うのをこらえた気配を感じた。

 何となく下手人を理解しつつ素早く視線をそちらに向けると、予想通りそこには口を手で抑えつつ小刻みに体を震わせるジークの姿があった。

 とはいえ、俺も人の事は言えない。お互い笑いを堪える不細工な表情のままテントの入り口まで戻り、どうにか笑いの波を落ち着かせた所で朝の挨拶を交わす。


「おはよう、ジーク。今日はやけに早いじゃないか」

「おはようさん、オッジ。いやなに、お前の所から変な声が聞こえたからな?ちょっと様子を確認しようとしたらお前の姿が見えたから……」

「背後から近付いたらアレを見た、と」

「……クッ、あ、アレは面白すぎんだろ……ぶふっ……」


 先程の強烈な絵面を思い出したのか、ツボに入ったように堪えきれていない笑いを漏らすジーク。

 感情を表に出さない者が多い耳長族(エルフ)にしては珍しく笑い上戸なコイツにとって、先程の光景は思い出し笑いする程に面白かったのだろう。かくいう俺も気を抜くと少し笑ってしまいそうだ。


「たしかに笑えるがな……勝手にベッドから抜け出された俺の身にもなってみろ。肝が冷えたぞ」

「お前が剣だけ持ってそんな格好でいるからそれは分かるよ。だがまあ、大事にはならなかったから良いじゃねえか。あの子の気持ちも分かるし、とはいえ注意は必要なんだが……言葉が通じないからなあ……」

「……そうなんだよな」


 一応団長としてそう愚痴を零すものの、それも仕方の無いことであるのは理解している。

 庇護する者のいない状態で一人森を彷徨っていたと思わしき幼子。

 あの猪が保護者代わりなのかは知らないが、だとしてもあの結晶猪は幼体だ。魔物としては高めの知能もまだ論理的な判断を下せるまでに発達しきってはいないだろう。

 だとすれば、あの子は大の大人ですら命を落とす事があるこの危険地帯で一人ぼっちだったはずなのだ。言葉が通じないのも、言葉を教えてくれる者がいなかったのだとすれば彼女の外見から辻褄が合う。

 同情というものは個人的に好きではないのだが、それでもあの子には哀れみにも似た感情を抱いてしまう。

 そしてそれは、目の前のこの男も同じ、いや同族としてそれ以上の感情を抱いているはずだ。


「何はともあれ、昨日は幸いな事に団員たちの中にあの子を保護する事に反対する奴はいなかったんだ。最終的にどうするかは分からないが、取り敢えず今の間くらいはあの子と仲良くなる為に頑張ろうぜ『お父さん』?」

「……そうだな。それとお父さん呼びは止せ、ジーク。お前に呼ばれると鳥肌が立つ」


 少し湿っぽい空気になってしまったのを変えようとしたのか、こちらをからかう様な表情でジークが俺の肩を叩きながらそう言った。

 それに敢えて冷たく返答しながら、起床時間も近づいてきたためにそろそろあの子を迎えに行こうと後ろを振り向いた。

 するとそこには、テントの影に隠れるようにしてちょんと顔を出す可愛らしい生き物の姿が。結晶猪は逃げ出さない様にしっかりと鎖で繋いでいるので、置いてきたのだろう。


『……』

「……お、おはよう」

「おい保護者代表、固まってるぞ」

「黙れ愉快犯」


 どういう反応をしたら良いのか分からず、見えずとも自分で下手くそなのだろうなと思う笑みを浮かべてその可愛らしい生き物に挨拶をする。

 背後でジークが含み笑いと共にからかってくるのを捌きつつ相手の出方を伺っていると、何かを決意したようなキリッとした表情を浮かべたその生き物はとてとてとこちらへ寄ってきて、しかし少し離れた場所で立ち止まると手を上げて口を開いた。


『……✕、✕✕✕✕……✕✕』

「おっ、おう……」

「お見合いか?」


 どちらも真剣な表情で、言葉の通じないままに挨拶らしき言葉を交わす。ジークが呆れ声で何かを呟いているが、その言葉を気にする余裕もなかった。


「……お、おとたん、✕✕」

「ングッ!!」

「すっかり骨抜きにされてんじゃねえか……」


 続く幼子のその言葉に胸を撃ち抜かれたからだ。昨日の夜にジークから教えられたその言葉の意味を、恐らく彼女は分かっていないのだろう。

 俺の名前と勘違いしているらしいその「お父さん」という言葉は、彼女の幼子らしい舌足らずな声で発声され、俺の鼓膜を揺らす。

 俺ももう中年と言っても良い位の年だ。命懸けの職業という事もあって家庭を持つことは無かったが、俺にもし娘がいたとしたらこんな感じなのだろうか。

 くりくりとした大きな翠眼に見つめられ、あどけない幼子の愛らしい仕草と言葉に父性を刺激された俺は、胸からこみ上げてくる感情の暴走を抑えようと両手で胸を抑えてその場に膝をつく。

 ジークが何やら後ろでドン引きしているが、お前も俺と同じようになるぞ、間違いない。


「じ、じーく✕✕……!」

「ガハッ……!!」


 やっぱりな。

 俺と同じように胸を両手で抑えて地面に崩れ落ちるジーク。「うちのこかわいい」と地面に遺言を遺し、彼は高みへの階段を登っていった。

 さらば友よ。

 あわあわ、と俺とジークを見て混乱している様子の幼子を見て心の中で叫び散らしていると、他のテントからもざわざわと声がし始めた。

 朝の始まりだ。


「ハッ!危ねえ、余りの可愛さに死ぬところだった!」

「奇遇だなジーク、俺もだ」

『✕、✕✕✕✕✕……?』

「……ん、心配するな、大丈夫だ」


 心配そうにこちらに近寄ってくる幼子の頭を剣を持っていない方の手でぽんぽんと撫でると、彼女は安心したように目を細めて笑った。

 可愛い。

 取り敢えず、朝の用意をしなければ。既に装備を整えていたジークにこの子を預け、俺は手早く準備を済ませるためにテントの中へと入っていった。


「……さて、あの子の存在が凶と出るか、吉と出るか……」


 いつもの革鎧を身に纏い、グローブを嵌める。

 ブーツを履きながら、俺はこの一連の異常事態(イレギュラー)が繋がっているだろうという予感を何となくではあるが感じていた。


「まあ何にせよ、まずはあの子の呼び名を決めないとな」


 こうして、人類の命綱、そのうちの一本である「グナーデの食料庫」の新たな一日が始まった。




おとさん、おとーさん、おとうさん。

ちちうえ、ぱぱ、パパ。

色々と書き方を悩んだ末に「おとたん」になりました。

舌足らずロリボイスは強い(確信)。

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[一言] ロリボでおとたんとか言われたらそら萌え死ぬわな… 僕のこともおにたんと読んでくれないでしょうか…(読者はロリコンではありません。注意、ロリコンではありません!)
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