俺と餌付けと幼い子供
ようやくタイトル回収。
さて、毎日更新がどこまで続くのやら……
太陽が地平線の彼方へと沈み、代わりに月が上った後。
黒い天蓋の頂点へと至った月光が大穴の底へと注がれる中、俺はあまりの事態に頭痛を訴える額に手を当てた。
どうするんだ、コレ。思わず体裁も何もかも投げ出して不貞寝したくなる気持ちを抑え、目の前の現実を直視することにした。
『ブモモ……』
『✕✕✕……』
そこにいたのは、一匹の猪と怯えた様子で何事かを呟いている幼い子供。猪の上で丸くなり上目遣いにこちらを見ている、恐らくは少女だろう子供はまあ良いとして。問題はその子供が乗っている猪にあった。
結晶猪。
体表を突き破るようにして生えた淡く光る結晶、牙や爪などを結晶に置き換えるようにして形作られたその体は外見以上に強靭である、この周辺の主とも言うべき魔物だ。
大昔にはあの竜をも屠った個体がいるという伝承すら残っているこの魔物は『食糧庫』に度々現れては狩りを行う狩人達に甚大な被害を齎してきた。
それに対抗するようにして、俺達も射出型突撃槍を始めとした『弐式装備』と呼ばれる強力な武装を開発している。俺が『竜殺し』なんて大層な名を戴いているのもその積み重ねがあったからだ。
つまり、目の前にいる猪は俺達人間と仇敵とも呼べる関係にある。今はまだ猪の面影を残している幼体とはいえ、その状態であっても完全装備の俺達を殺せるだけのポテンシャルを秘めている。
「ど、どうするんですか、団長……」
「……チッ」
ケヴィンが指示を仰ぐ声を聞き流しながら、堪えきれずに舌打ちを一つ。
厄介なことに、結晶猪は何も俺達に害を与えるだけの魔物じゃないという点が、事態を更にややこしくしている。
結晶猪はその名の通り体から結晶が生えており、かつこれは奴らの体内エネルギーが圧縮されたものだ。
ではその圧縮され結晶化するほどのエネルギーをどこから得ているのかと言えば、答えは『地脈』。コイツらは大地を流れる強大な力の奔流である地脈から漏れ出したエネルギーを食らって生きている。
地脈のエネルギーはその強大さ故に時折暴走し、過剰なエネルギーに晒された動物たちは次々に魔物化していく。その暴走を漏れ出たエネルギーを食らって前もって防ぐ役割を果たしているのがこの結晶猪という訳だ。
「ふむ……あの結晶猪、こちらへの敵意は感じないが……」
「おい、ジーク」
「あちらが敵意を見せていないのに警戒するのも馬鹿らしいだろう、どれ」
「ジーク!」
この結晶猪をどうするか。その対処に頭を悩ませていたところ、早々に警戒を解いたジークが無防備にも奴に近づいていった。
俺の他にも団員たちがジークを止めようとするが、「煩い!」と逆に団員たちを一喝した彼は敵意がないことを示す為か両手を上げながら猪たちに近付いていく。
そして。
「よーしよしよし……」
「……おいおい、嘘だろ……」
わしゃわしゃ、と結晶猪の頭を撫で始めた。
どこか静かな瞳でこちらを見つめていた猪は、こちらに近付いてくるジークに一瞬警戒の視線を向けたものの、一度触る事を許せば後はされるがままに彼に撫でられ続けている。
それどころか、ジークの撫で方が気に入ったのか目を細めてまでいるではないか。
「い、今なら……!」
「……止せ」
「団長!?」
油断した様子の結晶猪に槍を突き立てようとした団員を苦渋の判断で止める。彼らは信じられないといった様子でこちらを見てきたが俺はその視線に答えることは無く、ジークと同じように槍をその場に捨てて猪に近づいた。
「ほれ、ここか。ここかここか。ほれほれ」
「……呑気なものだな、ジーク。この中で一番結晶猪とやりあっているのはお前だろうに」
「そうは言ってもな、こうも敵意が無ければこちらも警戒を解くのが筋というものだろう」
「なんともまあ長耳族らしい……どれ」
義理人情や誇りといった精神を重んじる耳長族らしいジークの言葉に、俺の最後の警戒心も解けた。確かに、敵対せずに済むのであればその方が有益だ。
ついでに俺も触ってみるか、と猪の毛皮に手を伸ばした時、猪の上でかさりと何かが動く音がした。その音がした方に視線を向けると、ぷるぷると震えながらこちらを見る幼子の姿が。
「「……あっ」」
結晶猪のインパクトに飲まれ、すっかり上に乗っていた幼女の事を忘れていた俺とジーク。彼女がぺったりと上に張り付くような体勢だったのも災いしたのだろう、今の今まで気付くことがなかった。
思わず気の抜けた声を揃えて上げた俺達に、ビクッと体を揺らす幼女。その怯えた様子を感じ取ったのか、結晶猪が若干不機嫌そうに鼻息を荒げた。
「ッ、団長!」
「お前ら落ち着け。大丈夫だ」
未だ緊張の抜けない団員たちにそう返しながら、ジークが猪を落ち着けてくれるのを待つ。どうやらこの幼子の保護者的立ち位置にこの結晶猪はいるらしい。
……きな臭いな。
ひし、と猪の毛皮を握りしめ震える子供を観察する。
服は着ておらず、素っ裸のまま。『食糧庫』の中は温暖な気候で安定しているから、服を着ないままでも大丈夫だったのだろう。
食事はきちんと摂れていた様子で、栄養失調の兆候は無い。顔色も悪くないし、強いて言うならば水浴びをしていないらしく髪がボサボサで少し小汚いところか。
あどけない顔立ちは不安でいっぱいの様子で、大きな翡翠色の瞳は涙で潤んでいた。
正しく誰かの庇護が必須である、幼い子供。長く伸びた髪の毛から突き出た耳は長く、ジークと同じ耳長族であると見た。
長命種である耳長族にとって『幼子』とは護らねばならない小さな存在のはずであるのに、最悪の場合命の危険すらある『食糧庫』に放置されていたという違和感。
幸いにもこの大人しい結晶猪に保護されたらしくこれまで生きてこれたようだが、何故ここにこんな幼子がいるのだろうか。
色々と考えたい事はあったが、一先ずはこの不安に震える幼子を落ち着かせる事にした。
「ほれ、怖くないぞ」
『……✕✕?』
ポンポン、と軽く頭を撫でると、不思議そうにこちらを見る幼子。ぱちくりと目を瞬かせるその仕草に、結晶猪の前だというのに思わずフッと笑みを零してしまった。
幼子の呟く言葉は聞き覚えのない言語で、それもまたきな臭さに拍車をかけている。ちら、と横目で伺えば、ジークも眉根を寄せてこの幼子の特異性ときな臭さに不快感を示しているようだった。
それもそうだろう。彼らにとって同種族の幼子とは命に代えても護るべき存在。それをこんな場所に放置した同族がいるかも知れないとなれば、不快感を覚えないほうがおかしい。
『ブモモ』
『……✕✕✕✕✕』
『……プピッ』
「おっ!?」
結晶猪の鳴き声に反応して、何かを小声で言い返す幼子。その言葉を理解しているのかいないのか、ため息を吐くように猪は小さく鼻を鳴らし、牙で頭を撫でるジークの手を払ってから再びこちらへの警戒を解いた。
その様子を確認した俺は、周囲の団員たちにも武器を下ろすように指示を出す。彼らは小さくどよめき、渋々ではあるもののこちらの指示に従ってくれた。
どうにか丸く収まりそうだと安堵の息を吐いたとき、くきゅぅ、という小さな音が聞こえた。
見ると、幼子が自分のお腹を押さえてぷるぷると震えている。その表情には先程までの怯えは見えず、頬だけではなく長い耳まで真っ赤に染めた恥じらいが見てとれた。
「……フッ、フフッ」
『……っ!?✕✕✕✕✕……』
そのあどけない仕草に思わず笑ってしまう。ショックを受けた様子の幼子は不貞腐れた表情で何事かを呟き、ぽすんと結晶猪の毛皮に顔を埋めてしまった。
そんな拗ね方も子供そのもので、隣にいたジークも吹き出しそうになるのを必死に堪えている。二人してクククと喉の奥に笑いを噛み殺しながら、手信号で団員たちに指示を出していく。
俺たちと幼子のやり取りにすっかり毒気を抜かれたのか、どことなく諦めにも似た表情を浮かべ、すぐに指示に従って動き出す団員たちに感謝の念を懐く。
「なあ、ジーク。この子たちはどうする」
「ああん?そりゃあオッジお前、分かりきった事を聞くんじゃねえよ」
「ハハッ、やっぱり考える事は同じか」
『食糧庫』が何故活性化したのかは分からない。そればかりか、この幼子や結晶猪の幼体を取り巻く状況だって分からない事だらけだ。
明らかにきな臭いものを感じ取りつつも、しかし俺達はこの幼女と猪の不思議なコンビを切り捨てる事は出来なさそうだ。
……ならば、皿まで食らうまで。
温かい湯気を立てながら美味しそうな香りを漂わせるスープを持ってくる団員の姿を見ながら、俺はこの子と結晶猪の幼体を保護する決意を固めた。
正直なところ、猪の方は置いていきたい気持ちで一杯なのだが、この幼子の依存対象になっている可能性がある以上引き離すわけにはいかない。
深皿を団員から受け取り、礼を言うとスープの香りを幼子の方へパタパタとけしかける。再びきゅるきゅると腹を鳴らした幼子は、ちらりとこちらに視線を向けた。
「……食べるか?」
『……✕✕……』
首を少し傾げた様子から、どうやらこちらの言葉は通じていないようだ。だとすると、この子はまともな教育を受けないままこの場所に置き去りにされたという事になる。
その推理に腸が煮えくり返りそうな程の不快感と怒りを覚えつつも、俺は出来る限りにこやかな表情を心掛けてスープの入った深皿を幼子の前に差し出した。
……さて、一先ずは幼子の警戒を解くところから始めようか。
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