僕と果実と初邂逅
続きです。
大穴の構造は側根の太い大根の様なイメージをしていただけると分かりやすいと思います。
飽きた。
心の中に浮かんだ言葉はそれだった。
「うぬぬ……」
『ブモ?』
いつも通り猪の背中に乗り、背もたれ代わりに使っている大きな結晶に凭れかかりながら唸っていると、下の方から不思議そうな鳴き声が聞こえた。
今は僕と猪の二人きり。親猪さんはこの洞窟の奥へと用事があるらしく、猪に何事かを告げた後ノッシノッシと巨体を揺らして洞窟の奥へと消えていった。
どうやら洞窟の奥は危険な場所らしく、僕も親猪さんについて行こうとした所、猪から断固拒否されたのだ。
そんな訳で、僕と猪は二人で暇潰しがてら洞窟内を散策しているのだが、僕の心は少し落ち込んでいる。その原因は僕の手の中に収まっているりんご風の果実にあった。
短い耳をパタパタさせながら首を曲げ、つぶらな瞳でこちらを見ている相棒にりんごもどきに齧りついた僕は投げやりな声をかける。
「いや……なんか、くだもの、たべあきた」
『ブモ……?』
はぁ、と気のない返事を返すように鳴いた猪に、りんごもどきを食べ終えた僕は講義の声を上げる。
「だって、ここのくだものあまいかすっぱいかしかあじのばりえーしょんがないんだもん!!」
『ブモモ!?』
「あわわ……!」
突然どうした!?と言わんばかりにビクッと体を震わせる猪。その振動で背中から転げ落ちそうになった僕は、慌てて前方に生えていた彼の背中の毛にしがみついて事なきを得た。
安堵の息を吐くと、座るのも少し疲れたので猪の背中に仰向けに寝転がる。結晶に足を預け、手を広げて毛を軽く握り体を安定させると、ほんのりと温かい猪の体温が僕の体に伝わって心地よかった。
少々獣臭いのとちょっと固い毛がちくちくするのが難点だけど、これまでの付き合いでもう慣れてきた。
『ブモモ』
「ありがとー」
僕が体勢を変えたことを察してか、トコトコと歩くスピードを緩めてくれる猪にお礼を言いつつも、僕はこの由々しき問題を解決すべく灰色の頭脳を働かせる。
「むんむん……むむ……」
『ブモブモ……ブモ……』
僕の真似をしてか、猪も歩きながら似たような鳴き声で鳴き始めた。その鳴き声と背中越しに伝わる振動に揺られながら、今回の問題点を洗い出していく。
この洞窟に生えている木には、大体果実が実っている。
それらは桃に似ていたり、りんごのようだったり、バナナみたいな房が出来ていたりと多種多様だ。それでいて皆元ネタ(?)の果実とは違う味や食感なのだから違和感を覚える。
しかし問題はそこではなく、果実の味にあった。
考えてほしい。りんごやミカン、バナナなどの味は大体が「甘味」「酸味」で構成されている。もちろんその果物毎の味の特徴というものは存在するし、同じ種類であっても個体差というものはちゃんとある。
しかし、いくら味が少しずつ違うと言ってもずっと甘いものと酸っぱいものばかりを食べていると飽きてくる。というか現に飽きている。
もうしばらくは甘いものと酸っぱいものは食べなくていいかな……と思っているのだが、食べられるものが大体その味なのだから報われない。
かと言ってアレを食べるのはなあ……と僕は視線を横に向ける。ゆっくりと流れていく景色の中、時々見かけるのは真っ赤に色付いた丸い実。
僕が両手で持つ程に大きなそれは、元の世界で何度も見かける機会のあった野菜によく似ていた。
「うう……とまと……」
そう、トマトである。
しかしながら僕はトマトが苦手だ。トマトジュースだってなるべく飲みたくない。
どこが苦手なのかと言われると少し悩むけど、強いて言うならあの独特の酸味とほんのりとした甘さだろうか。後は中の種を包むゼリー状の食感。このトリプルパンチによって毎回おえっ、と嘔吐くのが僕の悪癖だった。
トマト以外にもきゅうりやかぼちゃ、茄子などの野菜がちらちらと姿を見せてはいるのだ。しかし、大体の野菜は生で食べたところでそこまで味がしない上にあまり美味しくないので食べる気も起こらないのだ。
時折森を走り抜ける動物や木の枝に止まって歌を奏でる小鳥たちを見かけるが、彼らを食べる訳にもいかない。解体なんて出来っこないし、そもそも火を点ける手段だってないのだ。生肉なんて以ての外。という訳で食べるとすれば果物か生野菜になるのだが……どれも味が問題だ。
ドレッシングが欲しい。出来れば胡麻ドレ。
果物で満たされたお腹をポンポンと擦り、ぼーっと天井を眺めながら僕は切実にそう願った。
もし神様が存在するのなら、今の僕は迷う事なく調味料一式をくださいと頼むだろう。いや、それだと使いきった後が大変だな、量を無限にしてくださいとも頼むか……?
「むむむ……なやましい……」
『フゴ……ブモモ……?』
結局、逸れ続けた思考はあらぬ方向へと向かい、それに気付かぬままうんうんと唸る僕を、猪は不思議そうな声をあげながら運んでいたのだった。
それからしばらくして。
いつの間にかうとうとしていたらしく、少し大きな振動を感じて目が覚めた。
目を開けると、燐光を放つ苔に覆われた天井が見えた。もはや見慣れた光景ではあるが、青空を見たことのある身としては一度太陽の下へ出てみたいという思いもある。
ぐしぐしと目を擦り、こみ上げてくる衝動に任せて大口を開く。そのまま大きな欠伸をすると、鈍っていた思考回路が徐々に動き出すような感覚を覚える。
「くあ……ぁふ」
よっこいしょ、と心の中で掛け声を出しつつ上体を起こすと、周囲の景色が見慣れないものへと変わっているのに気が付いた。
僕が起きた事に気が付いた猪が一旦足を止め、ちらりとこちらに視線を向ける。
『ブモモン』
「……おはよ」
こちらの言葉を猪や親猪さんが理解しているとは思っていない。それでも、こうして通じなくとも言葉を交わすことで変わる事もあるはずだ。
猪はふんす、と鼻息を吹くと再び歩き始めた。お腹が空いたのか、時折地面から生えている結晶をポリポリと齧りながら進んでいく彼の足取りはしっかりとしたもので、どこに向かっているのか気になった僕は答えを期待しないまま彼に問いかけた。
「ねー、どこにいってるの?」
『ブモモ』
「そっかー」
『ブモモモ、ブモン、ブルルルフゴッ』
「うんうん、わかるわかる」
『ブモ、ブモモ、フゴゴブモブモン』
「ぼくもいのししすきだよー」
互いに互いの言葉を理解していない、滅茶苦茶な会話。けれども、僕達はその会話《《ごっこ》》を楽しんでいた。
それからしばらく、僕は猪の背中で揺られながら、森の中を走り回る兎や鹿などの動物たちや、地面に生える草花なんかを眺めながら散策していた。
お腹が少しの空腹を訴えているが、食欲は無い。しばらくは果物食べたくないなあ、と考えながら揺られていた僕の鼻に、微かな匂いが漂ってきた。
ほんのりと香る、確かな『旨味』の香り。
よく耳を澄ませば、猪が枝を踏み割るパキパキという音の他にパチパチと何かが爆ぜる音が聞こえるような気がする。それと同時に、何かが焦げるような匂いも。
「……ひょっとして、いのししはこのにおいをおいかけてたの?」
『ブモモ?』
「いや、なにが?じゃないけど……」
僕の疑問にしらばっくれる様な鳴き声を返す猪。コイツ実は僕の言葉理解してるんじゃなかろうか。
猪が歩みを進めるにつれて、その匂いはどんどんと強くなっていく。やがて僕の耳にははっきりとした音が聞こえてきた。
『✕✕✕✕✕✕✕✕✕!』
『✕✕✕✕✕!!』
『✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕、✕✕✕✕✕✕✕✕!』
『✕✕✕、✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕』「な、なんていってるんだろ」
『ブモ?』
「いや、さあ?じゃないけど……」
やがて見えた洞窟の入り口。トコトコとその側までやってきた僕と猪は、その先に何人もの「人」を見た。
言葉は分からない。僕の喋っている言葉とは発音からして違うようだ。顔付きは皆彫りが深く、全体的にがっしりとした体つきの男の人たちが多いように見える。
女の人の姿が見えないが、はたしているのかどうか。
久しぶりに見る人の姿に僕は興奮した。はっきりとは思い出せないけれど、心の奥底があれは僕の同族だと強く訴えかけてくる。
「ど、どうしよう……あいにいってもいいのかな?」
『……ブモモ……ブモッ!』
「あうっ、ちょっ、いのしし!?」
小声で猪に話しかけた僕は、何やらキリッとした表情を浮かべた猪が急に歩き始めたのでびっくりしてバランスを崩しかけてしまう。
慌てて背中の毛を掴んで体を安定させようとした時。
『─────✕✕✕!!』
『✕✕、✕✕✕✕✕!』
前傾になっていた僕はその瞬間をはっきりと捉えた。
猪が踏み出した足が、洞窟と向こう側の境界線上に張られていた紐を押し─────
─────カランコロン、と音を鳴らした瞬間を。
ワイワイと何事かを言い合って談笑していた男たちがその音を聞いた瞬間、弾かれたように一斉に動き出し、一部の男たちが厳しい表情でこちらを見つめた。
なにやら槍のようなものを携えてこちらに来る大勢の男たち。猪はビクッと体を震わせると、観念したようにその場に座り込む。僕も彼らの激しい敵意に中てられて、猪の背中の上で震えることしか出来なかった。
感想などなど、ありがとうございます!(素振り)
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