俺と異変と嫌な予感
続きです。
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都市を出発して1週間ほど。日頃の訓練の成果もあってか誰一人欠けること無く『食糧庫』の底へと辿り着いた俺達は、先遣隊から報告されていた異変というものをこの目で見ることになった。
「……なんだ、これ」
愕然とする俺達の視界に広がっているのは、大きく姿を変えた『食糧庫』の姿であった。
思わず困惑の声を漏らしたのは俺だけではなく、これまで幾度も『食糧庫』から食材を狩ってきた経験のある団員達も目の前の光景が信じられないといった様子で口々に言葉を交わしている。
「よう!やっと来たか!」
「ジーク」
「こっちはもうキャンプを張って採集を始めてる。都市からの注文は始めのものと相違無いな?」
「ああ、そうだが……」
ざわめく俺達に近付いてきたのは、先遣隊の隊長を務めているジーク。ガタイの良い強面の耳長族だが、明るく面倒見の良い性格で周囲を引っ張るリーダーに向いている。
採集を始めているという言葉通り、彼の背負う籠には既に一杯の果物や植物が詰め込まれており、遠くの方では狩猟に勤しんでいるのだろう仲間たちの声も聞こえていた。
と、そこまで話したジークは俺達の物言いたげな視線に気がついたのか肩を竦めると「お前たちが言いたい事は分かる」と言いつつ口を開いた。
「どうして『食糧庫』がこうなっているのかは俺も分からねぇ。冬が明けてやっとこさこっちに来れると思ったら、こんな風になっちまってた」
「……ジークは俺よりもこの大穴に潜った経験は多いはずだ。昔にこんな状態になった事は……」
「無い」
きっぱりと断言するジーク。つまりこの事態は『グナーデの食料庫』にとって初めての事態であるということだ。
初めての『食糧庫』での収穫が異常事態からのスタートとなった新人たちに哀れみの感情を抱きながらも、俺たちは周囲に視線を走らせる。
「ジーク、俺の記憶が正しければ、底は岩肌が剥き出しになった不毛地帯だった筈だが?」
「ああ、だから俺達もキャンプ場所を底にしていた訳だからな。だが今回はこうなってる」
「……本当に、一体どうなっているんだ……?」
俺とジーク、そして他の団員達が抱いている違和感というのは、単純かつ明快。緑に溢れすぎているのだ。
俺達が踏みしめる地面から返ってくるのは、硬い岩の感触ではなく柔らかい草と土の感触。視界に入ってくるのは植物の緑色と花々の白や黄色といった鮮やかな色彩のみで、岩肌の無機質な灰色は見る影も無い。
壁を突き破るようにして生える木々には小鳥が止まり、管楽器のような澄んだ鳴き声を反響させていた。
本来、俺達の記憶にある『食糧庫』の底というのは穴の底や壁に緑の姿は無く、寒々しい岩肌が露出している不毛の土地だった。
そこから一歩奥へと踏み入れれば、様々な植生が入り混じった生命の楽園が広がっているのだが、とにかく入り口の時点からここまで緑が溢れているということはなかったはずなのだ。
「……それに、だ。オッジ、コイツを見てくれ」
「なんだ?……これは、メトの実?それにしては……」
「随分とデカいですね……」
「メトの実だけじゃない。今回の収穫で採れる植物の全てがコイツみたいに大物になってる。それもどうやら見た目だけじゃないらしくてな。栄養豊富な餌を食い漁って成長した動物たちもより強靭に、より美味そうになってる」
「本当にどうなっているんだ……?」
ジークから手渡されたのは、彼が収穫したのであろうメトの実であった。赤く色付いた実はてかてかと艶を出しており、俺の手にすっぽりと収まるほどの大きさだ。
通常のメトの実であればこれの半分くらいの大きさなので、この大きさはかなりの異常事態と言える。更に他の植物も同じような状態になっているらしく、今回の収穫に参加する新人は本当に散々な目に遭うな、と心の中で合掌した。
とは言え、この状況は何も悪いだけでは無い。もちろん狩人としてこの異常事態の原因を探り解決しなければいけないのだが、収穫物がより良質なものになっているという状況自体は悪影響ではない。むしろ喜ばしいとも言える。
ただでさえ年々収穫量に陰りが出ていたのだ。ひとまずはここで取り戻そうとしてもバチは当たらないだろう。
そんな打算を働かせてながら歩いていると、しばらくの間俺達の仮の住まいとなるキャンプへと辿り着いた。遠くから見れば白いドームのように見える特殊なテントが特徴的だ。
第一次魔獣侵攻の際に我が国に逃げ込んだ遊牧民族から伝えられたというそのテントは、数人が生活できる大型のものでありながら設営や修繕は一人でも可能という優れものだ。
半年ぶりに見た白いドームの群れに懐かしさを感じつつも、俺とケヴィンは本隊の団員達に指示を出していく。
「よし、それじゃあ一旦各自解散だ。テントの設営を任されている班は夕刻までには必ず完成させる事。それ以外は半刻の休息の後、俺たちと一緒に『狩り』に出る」
『応!!』
「休息中の水分補給は怠るな、それでは解散!」
号令をかけると、ゆっくりとした足取りでキャンプへと向かう団員達。それを見送った後、俺とケヴィン、そしてジークの三人は休憩がてらにこれからの事を話し合う。
議題は当然この『食糧庫』に起こった異変への対応、そして今回の収穫をどうするか、であった。
「取り敢えず先遣隊の方で粗方調べてみたが、内部構造に変化は無かった。植生も以前と変わりはなかったし、中にいる動物たちも変わらない。ただ……」
「ただ、それらがやけに活性化している、と?」
「そういう事だ。今もこっちで預かった奴らに収穫作業を続けさせているが、嬉しい悲鳴ばかりだ。果実を採れば大物ばかり、穀物類は大量に採れる、おまけに餌が豊富な環境で育った動物たちは良く脂の乗った上物に育ってると来た。こりゃ神様が俺達に褒美でもくれたに違いない!」
「だといいんだがな……」
豪快な笑い声を上げるジークに苦笑いを返しながら俺は考え続ける。
これから下す俺の判断によっては団員全員の命を危険に晒すばかりか、我が国の食料事情に大きな悪影響をもたらす場合だってあるのだ。下手な真似はできない。
恐らく、前団長は良く言えば慎重、悪く言えば臆病な俺のこの性質を理解して、俺を年長者であるジークを差し置いて団長に据えたのだろう。
だとすれば俺に出来る事は一つだけ。
ありとあらゆる事態を想定して臆病に動き続ける。
「それで、団長。どうしますか?」
興味深げな様子で地面に生えた草花を弄んでいたケヴィンが俺にそう質問した。
俺は『グナーデの食料庫』宛に報告されていた都市の食料備蓄量やざっと確認した所での現在の収穫量、そして持ち込んだ装備のリストを頭の中で再確認しながら判断を下す。
「取り敢えずは様子見だな。しかし警戒は怠るな、いざという時はこのキャンプや収穫物を放棄して撤退する。マスターの方から結晶猪の目撃例があると聞いたし、なによりこの異常事態だ。警戒するに越したことはない」
結論は現状維持。今回の収穫が失敗したとしてもまだギリギリ備蓄量に余裕はある。キャンプ放棄はかなりの痛手だが、取り戻せない訳じゃない。
結晶猪が怖いが、成体が出現する周期でもないし、幼体相手ならば被害も充分に抑えられるだろう。
「了解しました。装備は壱式で大丈夫ですか?」
「ん……そうだな。新入りはいつもの装備でいいが、俺達は弐式装備で出たほうが良さそうだな」
「弐式ですか……やはり、結晶猪を?」
「そうだな。ジーク、先遣隊は何番装備で出てるんだ?」
「俺達も弐式だ。勝手だとは思うが、この異常事態だったのでな」
「いや、構わない。俺がお前の立場でもそうする」
だが、念には念を入れて装備だけは整えておく。
射出型突撃槍や可燃石を使うとなると出費が痛いが、必要経費と割り切ることにする。いざとなればあの女に貴族達から寄付を募ってもらえばどうにかなるだろう。
「ジーク、大穴の活性化以外に何か変化は無かったか?どんな些細な事でもいい。他の隊員たちから」
「ん?あー、特に無かったとは思うが……ちなみに結晶猪の痕跡は見つかって無いぞ。もし見つけてたらこんな悠長に収穫なんざしてないからな」
「分かってる。アレの恐ろしさはお前が一番理解しているからな」
地脈のエネルギーが固まって出来た結晶を餌に成長する魔物である結晶猪は、これまでに何度も俺達に被害を出して来た厄介者だ。
今回は遭遇する事なく収穫を終えられたらいいが……心の何処かで、そう簡単に終わるはずがないだろうという予感のようなものが働いていた。
と、そこまで考えた時にジークが何かを思い出した様子で口を開いた。
「ああ、そうだ。昨日の事なんだがな、一人面白い事を言ってる奴がいたんだわ」
「……面白い事?」
「そうそう、なんでも小さい女の子を見たとかなんとか」
「小さい女の子ぉ?」
「まあ見間違いだろう、気にするな」
思わず怪訝そうな声で聞き返したが、ジークも笑いながらそう言って話を終わらせる。
その後は基本的な方針も決まったため他愛もない話をして時間を潰していたのだが、なぜか俺の頭から先程のジークの言葉が消えることは無かった。
まるでそれが、この事態の解決に迫る大切な手掛かりであるかのように。
幼女とおっさん、そろそろ出会うかも