僕と親子と性転換?
続きです。
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意外性というのは、最初は予想が出来ないからこそ意外性と呼ぶのだ。なんとなくでも予想ができてしまった時点でそれは意外でも何でもなくなり、ただの既知となる。
つまりツンデレというのはデレが予想できないタイミングで見せられるからこそそのギャップで魅力を感じるのであって、典型的なもはや使い古されたコテコテのタイミングでデレをやられてもいやそれはそれでありかもしれないな……
そんな現実逃避をつらつらと心の中で並べ立てながら、僕は死んだ目で目の前の現実を直視する。
『ヴルルゥ……』
『ブモ!ブモ!』
目の前にいるのは、2頭の生き物。片方はもう片方の倍以上の大きさであり、しかしどちらも僕とは比べ物にならないほどの大きさである。
その小さな方─────僕と行動を共にしている猪がなにかを訴えかける様に鳴き声を向けるのは、1頭の竜のような動物であった。
目や口以外の全身を覆い尽くしているのは薄青色に発光している結晶。
四肢はまるで大型の肉食獣のように発達しており、伸び切った結晶の蹄は正に鉤爪と呼ぶのが相応しいほどに禍々しくも美しい形状に変形している。
鋭い眼光は僕を値踏みする様な光を宿しており、鋭い結晶の歯が生え揃った口からは目の前で僕を庇ってくれているらしい猪とは似ても似つかない恐ろしい唸り声が流れ出ている。
地に降りた結晶の竜。目の前の怪物を表現するにはそう表現する他無かった。
正に蛇に睨まれた蛙、絶体絶命。そんな言葉が似合うであろう所謂「詰み」の状態。しかし、僕は目の前の猪の竜に対する反応や竜の口の横から生える極太の結晶の牙、そして竜の猪に向ける優しげな眼差しを見て信じられないながらも何となく予想がついていた。
この竜、たぶん猪の親だ。
……君、将来こんな姿になるかもしれないんだね。
僕は謎の悲しみを抱きながらある種の愛嬌すら感じさせる猪の丸っこいフォルムを眺めた。
それから親竜を見ると……うん。やっぱり信じられないわ。こんな丸っこい体が将来あんな凶悪でカッコいいフォルムになるなんて、意外にも程がある。
そんなことを考えつつ、僕よりも大きな竜と猪が何かを言い合っている様子を他人事のように眺めながら、僕はどうしてこうなったのかを思い返していた。
この不思議な洞窟の世界にやって来てはや1週間ほど。当初の不安を他所に猪とはすっかり仲良くなり、今では僕を背中に乗せて一緒に移動するほどの仲となった。
そうして活動範囲が広くなったおかげで判明したのだが、どうやらこの洞窟には森林から砂漠、湿地帯など様々な植生が入り交じっているようだった。
それでいて気温は最初に滞在していたあの巨木の森と同じ温暖さなのだから、この洞窟はかなりの不思議空間だ。
本当に小さな世界みたい、と感心する僕を他所に、猪はフゴフゴと鼻を鳴らしながら壁や地面に生えている結晶をポリポリと食べる。
最近知ったのだが、どうやら猪の主食は果物ではなくこの洞窟に生えている淡く光る結晶らしく、背中に乗って一緒に移動するようになってからはしょっちゅう結晶を食べている姿を確認することが出来た。
ちなみに僕でも食べられるのか彼が残した結晶の欠片で試してみたけど駄目でした。噛むと硬いし、舐めても味はしないし溶けもしなかったよ。
「おいしー」
『ブモモ』
結晶を食べるからといって猪は果物が嫌いなわけではないらしく、いつも結晶を食べ終わると僕が食べようとしている果物も物欲しそうな目で見つめてくる。
分け合う事に嫌悪感も忌避感も無いので毎回二人で半分こして食べている。最近ではもうペットを餌付けしているような感覚だ。
そんなこんなで今日辿り着いたのは高山帯のように背の低い木のみが一面に生えている地帯。
そこで見つけた桃のような果実を二人(一人と一匹?)で分け合い食べていると、やがて遠くの方からズン……ズン……と大きな動物の足音のような地響きが聞こえてきた。
『……ブモ!』
「どーしたの?」
『ブモモ』
「うひゃっ」
その音を聞くや否や、猪は僕の手から食べていた果実を一息に飲み込むと足音の主から僕を庇うように前に出た。
逃げる訳でもなく、かと言って相手を怖がっているわけではないらしい。プルプルと生まれたての子鹿のように足を震わせる猪を見て、僕もかなりの不安に襲われていた。
そして、足音の主がゆっくりと姿を表し─────
そして現在に至る。
「ほえー」
『ブモブモ、ブモモ!』
『ヴゥゥ……?』
『ブモモ!』
『……ヴァオオ』
なにやら言い争いをしている雰囲気の猪親子を見ながら僕は地面に座り込んでしゃくしゃくと桃もどきを食べる。
食感は桃というよりりんごや梨といった果実に近い。形は桃に似ており、口に含むと果実が蓄えている果汁が溢れ出てジューシーな甘さが広がる。
どちらかと言うとりんごよりも梨のような甘み重視の味なので少し酸味も欲しい僕は物足りないが、女の子や甘いもの好きな子供なんかは喜んで食べるのではなかろうか。
「……うん、まあぼくもみためは《《そう》》なんだけれども……」
そこまで考えて、僕はそう呟き自分の体を見下ろした。
相変わらず裸のままな僕は、自分の体がどうなっているかがよく分かる。そして、自分の現在の状態を把握する度にやるせない感情を抱くのだ。
まず特徴的なのは、聞き覚えのない高い声。舌足らずで幼い印象を受けるその声は、しかし紛れもなく僕の喉から発された声だ。
続いて下を向けば、ぽっこりと出たイカ腹。最初は栄養失調の症状かと心配したのだが、特に体調が悪いというわけでもなく単純にこの体型のようだ。
そして最後に、つるつるとした股間。
……そう。無いのだ、バベルの塔が。ある筈だった場所を触ると返ってくるのはつるつるとした肌の感触だけ。塔の跡地には一本の溝が掘られているのみであった。
最初に目覚めた時、その事実を把握した僕が感じたのは途方もない喪失感。この世界に来る前の事は思い出せないけれど、僕が大切なナニかを失ったのだということは否応にも理解できた。
さらば相棒よ。心の中できらりと光る涙を一筋流し、目覚めた僕は長年連れ添ってきたのであろう相棒に別れを告げたのだった。
まあ、そんなこんなで僕の現在の体は「幼女」と呼ぶのが相応しい貧弱な体になっている。髪と耳は長いし、細い腕は重たいものなど持ちようがない。
今の僕は甘いものが好きそうな幼い少女。ちょっと悲しいけれど、それが現実なのだ。
「……でもこころはおとこだし、うん」
僕は男なのだ、と目覚めたときから自然と抱いていた自らの性認識を改めて確認しつつ、僕は桃もどきの最後の一口を一息に頬張った。
しゃくっと咀嚼音を鳴らして果肉を飲み込むと、ちょうど言い合いに決着がついたようでブモモモ、ヴルヴルと鳴き声を交わしながら2匹がこちらへと近づいてきた。
『ブモモン、ブモ』
「いのししさん?」
『ブモブモ』
帰ってきた猪はこちらに何か言いたげな視線を向けると、顎をしゃくるような動作で親猪(らしき怪獣)を牙で差している。
……挨拶をしろということだろうか。
取り敢えずぺこりと頭を下げて、通じるかは分からないけれども言葉を話してみる。
「どうも、いのししのおとう……おかあさん?えっと、むすこさん……むすめさん?にお世話になってます……?」
そう言えばこの2匹の性別ってどうなんだろうか……と今更な疑問を抱き、若干疑問系になったが、なにか満足げに頷いた親猪さんは僕に顔を近づけると長くてザラザラする舌で僕の頬を舐めた。
『ヴゥ』
「あわわ」
普通に怖い。
まるで鋭いナイフのような結晶の歯が並ぶ口が真横にあることもあって、僕の体は自然と緊張で固くなっていた。その様子に気付いているのかいないのか、親猪さんはフンフンと猪の名残らしき少し大きな鼻を近付け僕の匂いを嗅いでいる。
僕の顔を舐め、匂いを嗅いでいる親猪さんに何か思うところがあったのか、猪が抗議するようにブモブモと突撃して親猪さんの前足に躊躇なく蹴られて吹き飛んでいた。
えぇ……?
壁にめり込んでもなにやら満足げな声音でブモブモと鳴いている猪は将来大物になると思う、うん。
「えと、よろしくおねがいします」
『……ヴァウ』
猪に若干引いた視線を向けながら僕がそう言うと、親猪さんはまるで「しょうがない」とでも言うように鳴き声をあげた。どうやら思った以上に感情豊かな様子。
もう一度舌で頬を舐められると、親猪さんはついて来いとでも言うように悠々と歩き出す。いつの間に復活したのか、僕のそばに来ていた猪の背中によじ登ると、いつものポジションへと落ち着いた僕と猪はトコトコとその背中について行くのであった。
猪と僕の一人と一匹の生活に、親猪さんが加わった瞬間である。
全裸幼女と猪2匹……も○のけ姫……?