僕と魔法と女の子
チコク、ゴメンナサイ(土下座)
予約投稿し忘れてました……
拝啓、僕を拾ってくれた優しいお兄さん達へ。
僕は今、女の子にすごい勢いで抱き締められています。
普通に苦しいです。
「ぎ、ぎふあっぷ……」
『✕✕✕✕✕!✕✕✕✕✕、✕✕✕✕✕✕✕✕、カネレ!』
「くるし……けぷっ」
外見は小学校中学年ほど。どことなくケヴィンさんを幼くしたような可愛らしい顔をしている女の子は、しかし明らかに正気を失っているぐるぐると渦を巻いた瞳で僕の事を抱き締め……否、締め上げている。
不味い、このままだと孤児院フラグを折ってお兄さん達にお世話になる前に肋骨が折れてこの世からおさらばしてしまう……!
美味しいご飯もまだ満足するほど食べていないというのに死ねない、と僕は猪に助けを求めるアイコンタクトを送るが、奴は何故か抱きしめ合う僕と女の子を見て生暖かい謎の視線を向けてくるだけだった。
『ブモ、ブモォ……』
「いのしっ、あ、あとでおぼえて……」
オイ、テメェ。仮にも僕の友達兼ガードマンだろうが。ちゃんと僕の事を守ってくれよ。なんでそんな「良い友達ができたねカネレ」みたいな兄貴面して頷いてるんだよおい待てお願い助けて。
『✕✕✕!カネレ✕✕✕✕✕✕✕!✕✕✕✕✕!!』
「げふぅ……!」
不味い、抱きしめたままブンブンと体を揺らし始めたぞこのガキ。
殺る気だ、完全に僕の事をここで仕留める気だ。
僕の体にはもはや抵抗する力も残っておらず、ただただ悟った目で世を儚んでいた。
ごめんよ✕✕✕✕さん、ジークさん。僕はどうやらここまでみたいだ。ケヴィンさんはなんでこんな危険人物と一緒にしたのか分からないけど出来れば早く助けてほしい。猪テメェは絶対許さん。
走馬灯のようにこの世界に来てからの記憶が脳裏を流れていき、すうっと体が軽くなるような感覚を覚えた。目の前にきれいな花畑が広がっている─────
『✕✕、✕✕✕✕✕✕✕✕✕、アリシア』
『きゃっ✕、✕✕!?✕✕✕、カネレ✕✕✕!?』
「きゅう……」
ぐらぐらと揺れ、霞む視界の中。遠のいていく意識の片隅にやけに綺麗な金色が見えた気がして、その事がずっと印象に残っていた。
ギィ、ギィと木の軋むような音が聞こえて目が覚めた。
頭の中に水のように溜まっている眠気を振払おうと、口を開けて欠伸をする。自分の口からくぁ、と高い声が出るのを聞くと同時に、ある程度頭がしゃっきりとする。
涙でぼやけた視界の中、ぱちぱちと目を瞬かせると、ひらひらと何かが視界を横切ったのを感じた。目で追うと、蝶のような光る何かがひらひらと宙を舞っていた。
未だに少々ぼんやりする思考回路のままそっと光の蝶に手を差し出すと、ぴと、と手の平に止まってくれたのでその謎の光を遠慮なく観察する。
……うん。光の蝶という感想以外に何も良い言葉が浮かばない。なんというか、蝶をモチーフにしたゲームのキャラとかの周りによく飛んでるエフェクトみたいな奴だ。色は白っぽい。
『✕、✕✕✕✕』
「……だれ?」
と、そこで僕は自分が誰かの膝の上に乗っていることを自覚した。頭の上から誰かの声が降ってきたからだ。頭を上に向けると、至近距離で誰かの顔と見つめ合うことになり一瞬フリーズしてしまう。
先程僕を締め上げていた女の子ではない、別の女の人だ。サラサラと輝くような長い金色の髪に、まるで宝石の翡翠の様な明るい緑色の瞳。
可愛いというよりも美人と言ったほうが正しいであろう整った顔立ちはどことなく不敵な表情を浮かべており、受ける印象はパッと見た時の第一印象とは少々異なる。
総じて言えば、不思議な大人のお姉さん。
つばの広い黒い帽子を被っている点から「魔女」という言葉が自然と浮かんだ。
『アリシア、✕✕✕✕✕✕』
『カネレ✕✕✕!?✕✕✕✕、✕✕✕✕✕✕!?』
「にゃっ!?」
僕としばしの間にらめっこをしていた女の人は、ついと視線を逸らすと誰かを呼んだようだった。
すると僕と女の人の下へ先程の女の子がやって来た。ぺたぺたと僕の頬を触り、おでこと首筋に手を当て、何故か頬擦りをされてからようやく解放される。
ひんやりとした手の感触に驚いて固まっていると、女の子はホッとしたような表情を浮かべたあと、僕に頭を下げた。
この世界の常識で頭を下げるという行為になにか違う意味が込められているのでなければ、恐らくは僕に謝罪しているのだと思う。
ついでになにか色々と僕に話しかけているようだけど、残念ながらこの世界の言語検定5級にすら届いていない僕の語学力では彼女の謝罪の言葉?を理解する事はできなかった。というか、そもそも謝っているのかも怪しい。
だけど、ここでなにかアクションを起こさないのも彼女に悪いので、僕はこの子が僕に先程の締め落としについて謝っているという前提で動くことにする。
「えっと、えっと……あ、そうそう。✕✕✕✕✕」
「|✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕《はいお姉ちゃんですなにか》?」(特別意訳)
「こわい」
お姉さんの膝の上から少し体を倒し、女の子の方へ手を伸ばしてポンポンと頭を叩く。それと一緒に締め落とされる前に彼女が言っていた彼女の名前らしき単語を口にすると、ぶおんと音がするかのような速度で頭を上げてこっちを見てきたので純粋に恐怖する。
思わず一瞬真顔になってしまったがなんとか恐怖を堪えて笑みを浮かべ、これまでに学んできた異世界語の語彙を総動員して言葉を捻り出す。
「……✕、✕✕✕」
『カネレ✕✕✕……!』
うるうると感動した様子でこちらを見つめてくる少女の姿に、僕は作戦の成功を確信した。周囲に光の蝶が舞っているお陰で若干感動的な場面に見えないこともない。
そんな僕達のやり取りを見ていたお姉さんは、なにやら頭痛を堪えるようにため息を一つ吐くと僕の脇に手を差し込んで、そっと膝の上から下ろしてくれた。
高級そうな艶を持った板張りの上に立つと、フゴフゴと聞き慣れた鼻息が。見れば、予想通りいつもと変わらない様子の猪が僕に擦り寄ってきていた。
「……ばかちん」
『ブコッ!?』
一応罰としてその豚鼻にチョップを落としておく。ぽすんと鼻を叩かれた猪は「なんで!?」と言いたげな瞳で僕の方を見返してきた。
いやこっちが聞きたいわ。なんでそんな純粋に「僕は悪くありません!」みたいな表情できるんだよきみ。
『ブモモォ……』
「ふんす」
『……✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕……✕✕✕✕、✕✕✕✕✕✕✕』
「んに?」
未だにうるうるして動きを止めている女の子を一時放置して猪とそんなやり取りをしていると、お姉さんが僕と猪を見ながら何事かを呟いていた。
と、何かに納得するように頷いたお姉さんは、先程からギィギィと鳴っていた音の発生源らしい安楽椅子から立ち上がると、しゃがみ込んで僕と目線を合わせてくれた。
パサリと肌触りの良さそうな黒いローブが床に触れ、衣擦れの音を立てる。
『カネレ。✕✕✕✕✕マスター✕。マスター✕✕✕✕✕✕』
「ましゅた?」
『マスター』
「ますた?」
『✕✕』
そのまま名前らしき言葉を教えてもらい、教えられた通りに発音すると頭を撫でられる。お兄さん達とは感触の違う、柔らかくて細い手。
髪を梳くように撫でられるその心地良さに目を細めながら、僕は彼女の名前を反芻する。
マスター、マスターさん。……ちょっと変わった名前だ。
とはいえこの世界ではありふれた名前かもしれないので僕がとやかく言える事ではない。そういえば、僕の名前である「カネレ」とはどんな意味が込められているのだろうか。ひょっとして語感?……ちょっとあり得そうだ。
なんて考えながらお姉さん改めマスターさんを見ていると、彼女の体から光の蝶が発生、もとい飛び立っているのに気が付いた。
「ちょちょ」
『✕?……✕✕、✕✕✕✕。✕✕✕✕✕、✕!』
『✕✕、✕✕!?』
「ほわわー」
思わず指差してその不思議現象を指摘すると、マスターさんは驚いた様に眉を一瞬持ち上げた後に面白がるような笑みを浮かべ、ローブの内側から何かを取り出した。
それは木の枝……と呼ぶには些か太く、また長く、そして綺麗に表面や持ち手が整えられていた。指揮棒のようなそれは、呼ぶのならばそう、「魔法使いの杖」とでも呼ぶべきもののような─────
そこまで考えが浮かんだ瞬間、マスターさんはまるで本当に指揮でもするかのようにその棒で空を切った。
すると次の瞬間、これまで無秩序に飛んでいた光の蝶達が弾かれたように統率された飛び方をし始めた。
のんびりとした飛び方から一転、忙しなく縦横無尽に部屋の中を飛び回る光の蝶達に驚いた僕は、僕と同じように✕✕✕✕✕ちゃんもこの光景に驚いているのに気が付いた。
『✕✕✕✕=✕✕=✕✕✕=✕✕✕✕』
驚いて声も出ない僕達を置いて、マスターさんの唇がこれまでに聞いた事のある異世界語とも全く異なる響きの言葉を紡ぐ。
やがて、光の蝶の飛ぶ軌跡が繋がりだし、空中に複雑な紋様を描き出す。
「……きれい」
『✕✕✕、✕✕✕✕✕……』
『─────✕✕✕✕✕✕✕』
そして、その言葉を合図に光が溢れ出し─────
「─────と、まあこんな感じで繋げてみた訳だけど。聞こえてるかい、カネレちゃん?」
「……はえ?」
マスターさんの言葉が理解出来た。
聞こえる言葉はいつもの異世界語。しかし彼女が何を言っているのか、その意味はしっかりと理解できる。
思わず目をぱちくりとさせてしまう僕に、悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべたマスターさんはどこか慇懃な礼をして僕にこう言った。
「改めて自己紹介。アタシは『マスター』。巫女の役目を捨てた後は、先程ご覧の通りに『魔法使い』なんてものをやらせてもらってるよ。後輩」
次回はいつも通りオッジ視点の予定です。




