私と魔法と愛しの妹
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「今日もありがとうございました、先生」
「うーい、気をつけてお帰りなー」
今日の授業が終わり、いつもの様に礼をして退室する。
少しお姉さんぶりたくて、旅の吟遊詩人の歌や物語に出てくるお貴族様がするような挨拶を真似してみるけれど、先生は特に反応を示すことなくひらひらと私に手を振った。
……まあ、数日前も急に授業を放り出して何処かへ行ってしまったように自由人極まる人だから、まともな反応を貰えるとは思っていなかったのだけれど。全くの無反応というのはそれはそれで繊細な乙女心が傷つくものだ。
扉を閉め、くすんと泣き真似を一つ。これみよがしに扉の向こうで資料をめくっているであろう先生に「弟子が悲しんでますよ」と示してみるものの、やはり反応は無い。
もういい、これ以上は時間の無駄だ。
ささやかな抵抗を諦めた私は子供らしからぬ溜め息を吐き、家に帰るためにくるりと踵を返した。
自分で自分の事を「子供らしからぬ」等と称するのは些か不満ではあるのだが、実際周りの大人達から「アリシアは大人しい子だねえ」とか「アリシアは子供っぽく無いよなあ」とか好き勝手に言われているのだ、今更だ。
アリシア・オーガスタ。
それが私の名前だ。
先祖代々この食糧都市グナーデに住まう住民であり、魔獣に汚染されていないこの土地で麦を育てている農民の娘でもある。
小さな時からその気質から何かと大変な目にあっている夢見がちな兄の背中を見て育った事もあり、自分がしっかりしなくては、と我が事ながら可愛げのないチビッ子に育ってしまった自覚はある。
しかしながら成長の早かった精神面とは裏腹に肉体面はてんで成長の兆しを見せず、あと数年で半成人を迎えようと言う年頃であるのに未だに幼子に間違えられるのだ。
周囲の同年代の子供達からは妹扱いされ、果ては年下からも初対面であれば下に見られる始末。
私は激怒した。
必ずなにか凄い技術を身に着けて、かの邪智暴虐のチビッ子達に目にもの見せてやると奮起したのだ。
という訳で、その頃には『狩人』として収穫を行っていた兄の伝手を最大限利用し、マスターもとい先生の下で魔法について学ぶ日々を送っている。
「とはいえ、先生はちっとも私に魔法を教えてくれないしなあ……」
コツコツ、と艶のある板張りの床をブーツの底で叩きながら、私は少しの不満を呟いた。
魔法について学び始めた頃はまだ良かった。先生が見本としていくつかの魔法を実践して見せてくれたり、魔力とは何か、魔法とは何かといった「いかにも」な基礎知識を学ぶことが出来たからだ。
けれど、段々と授業が進むにつれて方向性が怪しくなっていった。
なんというかこう、哲学的思考というのだろうか。今ではそういった感じの高尚な物事を考えるような授業内容になっている。
「魔力の流れは分かるようになったけど、これだけじゃ魔法は使えないし……」
グッと目に力を込めると、視界が徐々に色付いていく。本来私達が見ている世界とは異なる、鮮やかな色で彩られた世界。私達の体にも存在する魔力を目に集中させ、流れとして存在する魔力の「圧力差」を可視化している……らしい。
先生が細かい仕組みを説明してくれてはいたのだが、初等学校しか終えていない私ではその仕組みとやらを理解する事はできなかった。
まあ、感覚的に「この色がこうでこの色はこう」という見方は掴んでいるので問題は無いのだ。しかしながら、魔力の流れを読み取れるだけでは魔法は使えない。
私は魔法が使えるようになりたいのだ。そうすれば、あのチビッ子達も私の事をお姉さんとして敬うようになるに違いない。
ついでに魔法が使えるようになったら私も兄と同じように狩人を目指すのもアリかも、と考えているのはここだけの秘密だ。
「……あれ?なんだろう、この色」
と、考え事をしながら歩いていると、私は視界に不自然な魔力の流れが存在することに気が付いた。
空中に漂う黄色の軌跡。
いや、これは黄色というより……金色?
金色の魔力痕なんて初めて見た私は、ついその軌跡を追いかけてしまう。そもそも、魔力痕とは結晶化する程に圧縮された魔力や魔法を行使する際に捧げた魔力が空気中に漏れ出る事で発生するものだ。
つまり、この魔力痕の主は魔力を垂れ流している可能性が高い。
別に私達人間は魔力が無くなったからと言ってどうということはないのだが、それでも多少の倦怠感や眠気は感じるはずなのだ。
誰かは分からないけど、魔力漏れてますよと教えてあげよう。うん、これちょっとお姉さんぽくないか!?
そんな事を考え、ウキウキ気分で金色の魔力痕を辿り始める私。トトト、と小走りで廊下の角を曲がり─────
『ブモモ?』
「……ひっ」
なんか変な生き物に遭遇した。
体中からなんか滅茶苦茶光ってる結晶を生やした……猪?猪なのだろうか、この生き物。光が強すぎて逆光で見えにくい。
慌てて魔力の可視化を切ると、そこにいたのは淡く光る結晶を全身から生やした猪のような生き物……うん、さっき見たものまんまだね、これ。
「おっ、いたいた。アリシア」
「ひゃあ!お、お兄ちゃん?」
と、謎の猪もどきにびっくりしていると、その猪もどきの後ろから私のお兄ちゃ……実の兄であるケヴィン・オーガスタがひょっこりと顔を出した。
この時期は『食糧庫』へ収穫に行っていていないはずだけど……とそこまで考えた私は、今日が彼らが帰ってくる予定の日だったということを思い出した。授業についていくのに精一杯ですっかり忘れていた。
まあ、兄と一緒にいるという事で、どうやら敵では無いらしいと猪もどきに対して警戒を緩める私に、何も考えてなさそうな笑顔を浮かべた兄は猪の背中からなにかを下ろした。
「よーし、カネレ、この子に遊んでもらいなさい。アリシア、作業終わったら迎えに行くから、その間この子をよろしく。なるべく拠点からは出さないようにしてね」
「……えっ!?あっ、ちょっと、お兄ちゃん!?」
「んー?おにちゃ?けびん✕✕✕✕✕✕✕?」
その「なにか」を見て一瞬息を呑んだ私の隙をついて、兄はすたこらさっさと何処かへ行ってしまった。恐らくは地下倉庫でいつもの作業を行っているオッジさん達の手伝いだろう。
さて、猪もどきの背中から下ろされたなにかの正体は、綺麗な金色の髪を伸ばした白ワンピースの小さな女の子だった。兄の後ろ姿を見送りながら舌足らずな口調で何事かを呟いている彼女は、見たところ私よりもかなりの年下。
長い耳は紛れもない耳長族の証だけれど、あの種族は成人までは普通の人と同じように成長するから年齢の読みは当たっているはずだ。
……えっと、この子の面倒を見ろって言ってたっけ。
ブモブモと手持ち無沙汰な様子で鳴く猪もどきにちょっと引き気味になりながらも、取り敢えず女の子と会話を試みる私。
「えっと……こ、こんにちはー」
「こんちゃ!」
なんか妙にドヤ顔だけど、挨拶を返してくれた。
舌足らずな口調で自信満々に手を上げて挨拶を返す様子はとっても可愛い。猪もどきとの関係性がとても気になるけれど、人見知りもせず私を興味津々といった様子で見つめるその姿は可愛がりたい欲をそそられる。
「あなたのお名前は?」
「んー?あーたの、おなま?」
「えっと……なまえ、なにかな。なまえ」
「なま?……なまえ……あっ、✕✕✕!カネレ!」
「カネレちゃん?」
「カネレ!」
「カネレ?」
「ん!」
私の返答に満足した様子で頷くカネレちゃん。か、可愛い。まるで妹が出来たようだ……
「……ハッ!」
その時、私の脳裏に稲妻走る。
いけないと思いつつも、早速その計画を実行に移そうと私は恐る恐る口を開いた。
「私は、貴方のお姉ちゃんですよ」
「うん?」
「お姉ちゃん」
「おねちゃ?」
「ヴッ」
こてん、と小首を傾げながらそう聞き返してきたカネレちゃんに私の心臓は撃ち抜かれた。即座に胸を抑え、この衝動を押さえつけるために床に倒れ込む。
「お、おねちゃ!?✕✕✕✕✕✕✕✕、✕✕✕✕✕✕✕!?」
「うふ、何言ってるか分かんないけど、うふふ、わ、私がお姉ちゃん……うふふ、ぐふふふふ……」
ぺちぺちと心配そうに私の頬を叩いて確認してくれるカネレちゃん。いや、愛しの妹。
この日、この時。カネレちゃんの事を一切知らないながらも、私の人生の目標は一つに定まったのであった。
私は、この愛しの妹を幸せにしてみせます!!
保護者(姉名乗る者)が増えたよ!やったね!!!
次回はカネレ視点の予定です。




