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俺と食事と食糧庫

続きです。


 食事は生命にとって欠かせない大事な行動だ。少なくとも、俺は飯無しの生活なんざやってられない。

 長生きをしたければバランスの取れた飯を食え。心を癒やしたければとびっきり美味い飯を食え。それが俺の座右の銘だ。

 病は気から、なんて言うが、俺に言わせてみればその気を左右するのは飯の美味さだし、気が少し滅入った所で普段からバランスの取れた食事をしてれば体の方だって少しは保つ。

 だからだろうか。

 俺がこの都市に根を下ろしたのはある意味で必然とも言えた。


「おやっさん!薬品類の確認終わりました!」

「携帯食料と装備の最終確認も終わりです!」

「おーう、そんじゃそのまま待機だ」


 元気よく俺のところに報告に来た若造達にそう返答し、俺は自分の準備を終わらせる。機動性を重視した革鎧は使い込んだ年月を示すように深みのある艶を宿し、所々に刻まれた傷が俺の潜り抜けてきた戦場の数を物語っていた。

 手甲や脛当て、腰に巻いたサポーター代わりの太いベルトに傷薬などの薬品を詰め込んだポーチ。それらの留め具や残量を再度確認しながら身に着けていく。

 最後に愛用のショートソードを腰に佩くと、いつもの装備となった俺の完成だ。

 頭部の保護用であるプロテクターを被り、最後に鏡でもう一度確認してから与えられた部屋を出ると、廊下に不機嫌そうな表情で突っ立っていた女に声を掛けられた。


「おい、オッジ」

「……へいへい、なんだよマスター?俺たちそろそろ出発するんだから、追加の依頼とかは止して欲しいんだがな」

「馬鹿か、いつアタシがそんなギリギリの真似をした事があったよ」

「結構やられてるんだけどな」


 黒いとんがり帽に黒いローブ。身に纏う衣服すらも黒で統一されているその女は、その若く整った見た目も相まって「魔女」と呼びたくなる。

 そして、実際その呼び名は《《当たり》》だ。

 皆がマスターと呼ぶ目の前の女の本名は俺を含め誰も知らない。知っているとすれば、彼女と夫婦の関係であった前団長くらいか。


「……ったく、しつこい男は嫌われるぞ」

「お前に嫌われようがどうでもいいが。で?何のようだ」

「ほんッとに可愛げのない坊やだなお前……」


 あーくそ、とボヤきながら後頭部をカリカリと掻く女の髪から覗くのは、俺たち人間よりも遥かに長い《《耳》》。

 そう、目の前の女はあの魔法技術に長けていることで有名な耳長族(エルフ)なのだ。それもとびっきりに性格の悪い。

 女を捨てているとしか思えない言動の彼女だが、その格好は意外に女らしいのだから質が悪い。現に黙ってれば深窓の令嬢にしか見えないという事で、街での彼女の評判はそれなりに高いのだ。

 女を見る目が無いなとコイツの見た目だけで口々に美辞麗句を口ずさむ街の男どもを見て思うのだが、それを口にしたが最後、俺の首は物理的に胴体と泣き別れになるだろう。下手人は言うまでもない。


「最近『食糧庫』の方で結晶猪(クリスタルボア)の目撃情報が相次いでる。お前の事だからうっかり遭遇しても大丈夫なように準備してると思うが、いちおう知らせとこうと思ってな」

「……マジか、ああ、もう春だもんな……」


 そんな彼女の言葉に俺は思わずうんざりとした表情を浮かべてしまった。

 結晶猪。

 その名の通りに体中から結晶を生やした奇怪な猪だ。その結晶はどうやら体内に溜め込んだ魔力が圧縮された結果らしく、目の前の女を含めた魔法使いからすれば垂涎ものらしいのだが、何分入手難易度が桁外れに高い。

 そもそもが結晶化する程に魔力を溜め込んでいるのだ、そんな生物の戦闘力が弱い訳がない。実際冬眠から目覚めたばかりで気性の荒くなっている結晶猪の被害は毎年出ており、俺も一度殺されかけた。

 時に下級の竜すら殺す事もある厄介者がこれから向かう『食糧庫』に出現していると聞いて苦い顔を浮かべる俺に、女はさもありなんとしたり顔で頷いてみせる。


「ま、なるようになるだろうさ。出来ることなら牙を取ってきて欲しいところだが……無理だろう?」

「当たり前だ。今回は新入りの教育も兼ねてるんだぞ、そんな無茶が出来る構成じゃない。……まあ、情報には感謝するよ。じゃあな」

「ああ、今回も収穫に期待している」

「任せろ」


 彼女の言葉に手を振りながら返し、結晶猪の情報には礼を述べながら建物を出る。

 裏庭へと続くドアを潜ると、その先には多くの武器を携えた男たちが集まっていた。

 総勢35名。全員、俺と似たような装備を身に纏い、真剣な表情で己が命を預ける道具や装備の再確認、再々確認を行っていた。


「おっ、団長!やっと来ましたね、皆待ちくたびれてますよ!」

「おう、ケヴィン。お疲れさん、ちょっと行きがけにマスターから絡まれてな」

「ああ……それは災難でしたね」

「まあ収穫はあったから大丈夫さ」


 俺に代わってソイツらを纏めてくれていた副団長のケヴィンを労い、男たちの前に立つ。側に寄ってきた槍持ちから俺たちの象徴である三叉の槍(トライデント)を受け取ると、その石突を勢いよく地面に打ち付けた。


「注目ッ!!」


 俺が声を張り上げると、男たちは一斉に姿勢を正して整列する。ここまでの練度に仕上げるために膨大な時間と労力を割いてきたのだ。

 彼らをみすみす死なせる訳にはいかない。

 彼らがここに入団してから抱き続けてきた覚悟を再確認し、出発前の口上を述べる。


「今から俺たちは『食糧庫』へと出発する!新入り達はまだその恐ろしさを知らないだろうが、たとえ我が国の中で最も気性の穏やかな大穴(ダンジョン)だからと言って気を抜けば待っているのは凄惨な死だ!それを肝に銘じて今回の遠征に臨め!!」

『応ッ!!!』

「よし!お前達を育てた苦労が無駄にならない事を祈っている!!行くぞォ!!!」

『オオオォォォォォ!!!!』


 細かい注意などはいらない。それは既に嫌というほど叩き込んでいる。

 だから俺から言うのは、最後の忠告。これを忘れたらもう死ぬしかないぞ、という境界線(ボーダーライン)を示してやるだけだ。

 突き立てていた槍を嫌に晴れた青空に突き上げると、それに追従して男たちも剣を抜き、空へと掲げ鬨の声をあげた。

 ちらと後ろを見ると、二階の窓から女が─────マスターがこちらの様子を眺めているのが見えた。その形の整った眉は少し歪んでおり、不安が見え隠れしている。

 不器用な優しさを見せる彼女にニヤリと笑いかけると、もう後ろを振り返ることなく歩き出す。


「『食料庫』の本隊だ!先頭にいるのは『竜殺し』!」

「おお、そういえばそんな季節だったなあ」

「今回の遠征はどんな美味いもんを獲ってきてくれるのかな?」

「楽しみねぇ」


 俺達の拠点を出発し、街の中を歩けば、住民達の間からは期待の声が聞こえてくる。老若男女、人間も獣人も問わず、皆が俺達に希望の眼差しを向けている。

 その期待の重さと責任を感じながらも槍を掲げて見せれば、住民たちは大きな歓声を上げる。

 その声に触発されたのか、後ろについて来る団員達の士気も上がっているのを感じた。


「……団長、先遣隊からの信号が来ました」

「何、救難信号か?」

「いえ、詳細はまだ報告されていませんが、なんでも『食糧庫に何らかの異変が生じている』との事で」

「ちっ……厄介だな……」


 そうして出立を終え、俺たちが都市を出終わった時。ケヴィンが携帯している通信用の魔法陣(スクロール)に先遣隊からの知らせが入ったようだ。

 誰にでも使える魔法の道具である魔法陣は汎用性が高い代わりに基本高価であり、稼ぎの大きい俺達であっても緊急時以外には徒に使わない事を厳命している。

 その魔法陣を用いての知らせ、その内容に俺は背後に付き従う団員達に聞こえないように小さく舌打ちを漏らした。

 どうやら、今回の遠征は楽に終わらせてはもらえないらしい。


「取り敢えず『食糧庫』への到着が最優先だ。要請が来るまで急ぐ必要は無い、予定通りに進むぞ」

「了解」


 幸いな事に今回の先遣隊には手練を揃えている。都市から食糧庫への道のりが短い事もあって、そうそう辿り着くまでに壊滅的な被害を受けることは無いと予想した俺は予定通りに進軍することに決める。


 進む先に待ち受けるのは、どこまでも続く巨大な竪穴。


 所々蟻の巣のように数多の分かれ道を有するその穴の名前は『大穴(ダンジョン)』といい、この地上に点々と存在し人類の脅威となることもあれば恩恵を授けることもある不思議な存在。

 そして、俺達が目指す迷宮は『食糧庫』と呼ばれ、多くの植物や動物、そして僅かに生息する強大な魔物が独特の生態系を作り上げている小さな「世界」だ。


 そして、俺達の名前は『グナーデの食料庫』。


 遥か昔「血ではなく毒」をその身に流す魔獣達に汚染され、地上からその姿の大半を消した動物たち。

 その残された命を食いつなぐ為に穴へと潜る、狩人だ。




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[一言] これは…次のお話で出会う感じかな? 続きが楽しみ~!(素振りしなくて大丈夫!評価しましたよぉ~!)
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