俺と決着と新たな謎
セーフ!(アウト)
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戦闘は熾烈を極めた。
竜の咆哮は極光を伴って大地を焼き、その鉤爪は致死の鋭さを以て俺達の命を引き裂こうとする。
相手の放つ一撃、その全てが必殺。
それが絶え間なくこちらに襲いかかるのだ。戦闘開始から体感では数時間。しかし周囲の明るさからまだ一時間も経っていないだろう。
『おのれ、脆弱なる分際でちょこまかと……!』
『ヴルルルァ……!』
「頼むぞ、結晶猪!」
額を流れる汗が高速移動について行けずに宙へと飛び散る。相手が振り抜いた風を切り裂く爪牙を打つその軌跡を顧みることなく、俺は体に掛かる負荷に耐えようと結晶に突き込んだ短杭を握り締めた。
今の俺達は、竜に負けじと奮戦する結晶猪のお陰で戦線が維持出来ていると言っても過言ではなかった。竜が放った初撃により、既に部隊は半壊。
俺とジーク、そして結晶猪の影に上手く入ることの出来たあと数人は一時的な視界の喪失と全身に負った軽度の火傷で済んだものの、それ以外の団員はもはや生きているかも怪しい重傷だ。
幸いにして治療する手段は持っていた為、むざむざと死なせる気は無い。しかし、俺が結晶猪に騎乗し交戦、ジークが弩や罠で援護射撃を行う事でどうにか奴の注意を治療する団員達から逸しているが、それもいつまで保つか分からない。
正直、ジリ貧だ。
「……ッ!弾切れか……!」
『ヴルル……』
「ジークッ!!」
ガゴン、と歯車の噛み合う音と共に射出型突撃槍の機構が動作を止める。装填されていた炸薬を使い切ったのだ。
金食い虫である弍式装備は基本的に使い捨てだ。竜の鱗を割り貫く射出型突撃槍も、衝撃を生み出す炸薬を全て使い切れば連続する衝撃によって刀身のガタついたただの鈍らへと変わる。
もはや重しにしかならないそれをせめてもの抵抗として竜に投げつけながらジークに叫ぶ。
「人遣いの荒い団長だなァ……オラッ!!」
「頼む、ボアッ!!」
『ヴルァ!』
『させん……!!』
すると、結晶猪の成体と共に壁を駆け巡っていた俺の視界を一筋の光が横切った。ジークによって放たれた発光の魔法陣が仕込んである曳光弾だ。
その軌道を瞬時に記憶、敵との距離から最適な軌道を選択した俺は成体に声をかけ阿吽の呼吸で壁を蹴る。俺が投げ飛ばした射出型突撃槍を恨めしい程に強靭な鱗で弾いた竜がこちらに鉤爪を振り抜いてくるが、右の手甲に残っていた追加装甲で弾いた。
決して小さくない爆発音と衝撃が手甲から発生し、限りなく指向性を持たされた爆風が竜の爪に叩きつけられる。相手に比べれば矮小ながらも、確かな力で押された致死の刃は手甲を掠め、装甲に大きな傷跡を残しながらも俺の身体は引き裂くことなく空を切った。
『チィッ!!貴様ァァァアア!!!』
「お返しだ、蜥蜴野郎!!」
憎悪に燃える瞳でこちらを鋭く睨みつける竜に、お返しとばかりに左手を伸ばす。短杭に足を引っ掛け伸ばした先は、先程曳光弾が空を裂いた軌道上。
そこに飛んできたのは─────先程投げ飛ばしたものと同じ、射出型突撃槍。
無理矢理に弩へと装填したものをジークがこちらへと撃ち出したのだ。超高速で飛んでくるそれを、反射神経と腕の筋肉を総動員させて掴み取る。
グローブ越しとはいえ、否応無しに発生する摩擦熱が手を焼き、既に鈍化して久しい痛覚を貫くような痛みを与える。歯を食いしばり悲鳴を上げる腕の骨格ごとその痛みを噛み殺すと、受け取った槍を右手に持ち替える。
ついでとばかりに槍の引き金を引きつつ竜の顎をかち上げれば、衝突と炸薬の衝撃に屈した竜が呻きながらも顔を跳ね上げ、鱗の生えていない柔らかな喉笛を晒した。
『ヴルァァァアアアアアアッ!!!』
『あぁぁあぁあああぁああ!?ぎ、ざま……ァ!!』
千載一遇の好機。
竜が晒したその隙を見逃すことなく、結晶猪は竜の喉笛に爪牙を突き立てた。空に留まる力すらも失った竜はとうとう悲鳴を上げながら地に墜ち、大穴の底に強かに全身を打ち付けていた。
蒼く美しく輝くそれが返り血に汚れ、竜の苦悶に呻く声が大穴に響く。上手く動脈を裂いたのか、噴水の様に噴き出す返り血を浴びながら俺達は地面に降り立った。
「……ッ!クソッ、こりゃ2回目とはいえキツい、な」
「オッジ!大丈夫か!?」
「ぐッ……」
だが、結晶の隙間に打ち込んでいた短杭を抜き、結晶猪の背から降りた俺の視界はぐにゃりと歪んだ。思わず地面に膝を付くものの視界の歪みは止まる事なく、むしろ酷くなっていく有様だ。
魔力中毒。
低位のものでさえ強大な魔力をその身に宿す魔物、その最上位である竜の血を浴びたのだ。人の身では耐えようが無い魔力量に体が悲鳴を上げているのだ。
こちらを心配しつつも竜への警戒を止めていないジークに感謝の念を抱きながら、俺は自らの生命力とでも言うべき何かが体からごっそりと削られていく感覚に冷や汗をかいていた。
これは不味い。
このまま死ぬのかと覚悟しかけた時、スッと体から何かか抜けていくような感覚と共に、視界の歪みが綺麗に消えた。見ると、同じように返り血に濡れた結晶猪がその牙を俺に押し当てている。
「……お前……」
『ヴルゥ』
どうやら彼女が俺の浴びた竜の血に含まれている魔力を食ってくれているらしい。地脈のエネルギーや魔力溜まりの魔力を喰らい生活する彼女達ならではの解決方法だった。
しかたないわね、と言いたげな様子でフンと鼻息を一つ吐いた結晶猪は、即座にその目つきを鋭くすると竜へと視線を向けた。
『……ガッ……カハッ……ギ…ギ……ざまらァ……!』
「まだ生きてるのか……!グッ、カハッ」
ジュッと水が熱い鉄に落ちた時のような音がする。よく見ると、先程結晶猪が引き裂いていた喉笛の傷跡が既に塞がりかけているのが見えた。魔物特有の再生能力だ。
鱗までは再生する余力がないのか、射出型突撃槍を用いてこれまでの戦闘で割った鱗は生えていないものの、このままでは傾けた天秤を元に戻される……いや、最悪の場合あちら側に傾けられる可能性だってある。
すぐに槍を構え吶喊しようとするものの、槍を握った右の腕にうまく力が入らない。どうやら先の一撃で腕を壊してしまったらしい。かと言って槍を受け取る際に無茶をした左腕が使えるというわけでも無く、俺の体は既に限界を迎えているようだった。
『ヴルルルァッ!!!』
「待て、結晶猪!」
『ゆるざぬ……許ざぬぞ貴様らァ!!!』
俺が動けない事を察してか、即座に見切りをつけ竜へと単身襲いかかる結晶猪。ジークが彼女を援護するように弩を撃つものの、竜に有効打を与えられる弾薬は既に使い切り相手にとっては目晦ましにもならない。
それでもなんとか目や口内などの柔らかい場所を狙って援護射撃を続けるジークに、竜は嫌気が差した様だった。
『貴様か……!』
「逃げろ!ジーク!!」
「分かってる……グッ!?」
その巨体からは考えられない程の速度でジークの方へと突進した竜は、傷付きながらも未だその鋭さは健在である鉤爪を振り上げた。
ジークを庇う様に結晶猪が割込もうとするものの、間に合わない。
ジークの首筋に、竜の爪が迫り─────
「させる訳が無いだろう、蜥蜴」
─────不可視の刃がその一撃を阻んだ。
キン、と硬質な金属音が鳴り、その音の軽さとは裏腹に凄まじい衝撃を受けたように竜の爪が中程から折れた。
竜が瞬時にその場から飛び退くと、一瞬前まで竜がいた場所に巨大な杭が数本突き立つ。その隙にジークを回収した結晶猪は、岩陰に隠れ治療を進めていた団員たちの所に彼を放ると即座に竜へと追撃した。
『貴様、あの時の……!』
「200年振りか?穴蔵の蜥蜴よ」
『小娘ェ……!!』
だが、その必要は無かった。
結晶猪が向かった時、既に決着はついていたからだ。
大地に膝を付き、肩で息をする俺の隣。そこに優雅に降り立った女は、伸ばした長い金髪を揺らめかせながら気怠そうな声で竜へと声をかける。
その女へと憎々しげな声で返答する竜は、端的に言えば詰んでいた。
その翼は何本もの杭に穿たれ。
その四肢は突如盛り上がった地面に絡め取られ。
まるで虫を標本にするかのようにあっさりと空の王者を大地に縫い付けてしまった女は、道端に落ちた虫けらを見るような冷たい視線で蹂躙される竜を見ていた。
「……ま、マスター……」
「遅くなったね。だがよく耐えた」
『貴様ァァアア!!役割を放棄し、我が住処を荒らすに飽き足らずこの大穴の主たる我を屠ると来たか、この痴れ者めがァ!!』
「痴れ者、ね。良くもまあ巫女が管理する龍脈に齧りつき生き長らえる寄生虫のようなお前がそれを言えた物だ」
『貴様、キサマァァァァァアアアアアッ!!!何も出来ない、あの男の影で震えるしか出来ない小娘風情がァァァアアアアッ!!!』
「その小娘風情にお前は負けた。ついでに虫けらだと侮っていた人類にもだ。……オッジ、殺れ」
頭に響く憎悪の声。いくつもの修羅場を乗り越えてきた自負がある俺でも思わず尻込みしてしまいそうになるその思念を、まるでそよ風のように受け流す女─────マスターの支持に従って、俺は槍を構えた。
『そこの男!貴様は知らないッ!!その女は─────』
「うるせえよ」
『ガッ』
喉さえも杭で貫かれ、完全に固定されてしまった竜に近付き、無理を押して槍を構える。頭を踏み、固定すれば、何かを告げようと目を見開いたままこちらに語りかける竜の惨めな姿があった。
……知った事か。俺はマスターに恩がある。彼女が何者であろうが知ったことではないし、今の俺たちには守らなきゃいけない存在がいる。
だから、お前はここで死ね。
その見開かれた目に向かって、槍を突き刺す。
ズブリと眼窩を貫通し、頭部へと突き刺さった事を確認した俺は、残りの炸薬を全て使い果たす為に引き金に指をかけた。
ズガン、ズガン、ズガン、ズガン。
引き金を引く度、強烈な衝撃が竜の頭部を揺らし、俺の腕に凶悪な反動を伝える。一発放つ度に俺の腕が千切れそうになるほどの痛みが襲うが、歯を食いしばって耐えきった。
直接脳をズタズタに破壊されればさすがの竜もなす術が無いのか、全ての炸薬を使い切り槍が弾切れで動かなくなった時、ついに竜は動きを止めた。
一個師団が壊滅する事を覚悟しなければならない程の強大な魔物である、竜。
それを、陸の王者である結晶猪の手助けがあったとはいえ、たった十数人で討伐した瞬間であった。
歓声はない。歓声を上げる程の気力も、今の俺たちには残されていなかった。そして、そんな俺の耳に聞き慣れた声と鳴き声、足音が聞こえてきた。
はは、なんだ。守れたのか、俺は。
『─────カネレ?』
「✕✕✕✕さ…………へ?」
実際は満身創痍そのものではあるものの、ここは一つ男の意地を見せるとしよう。痛みをぐっと堪え、結晶猪の幼体に跨ったカネレに笑いかける。
腕に血塗れの包帯を巻いているカネレの後ろにはケヴィンが乗っており、竜を屠った俺たちを見てカネレと共に驚いたような表情を浮かべていた。
『オッジ✕✕!?ジーク✕✕✕✕、✕✕✕……マスター!?』
『ヴルルァ……』
『ブモブモ!』
疲れ切った様子で地面に伏せた成体に、カネレ達を下ろした幼体が喜び勇んで駆け寄る。普段であれば少し邪険に扱いがちな成体も、この時ばかりは幼体にされるがままであった。
「……なるほど、アレが私の─────」
「マスター?」
「……いいや、何でもない。収穫物は無事かい、ケヴィン」
「は、はっ!途中獣達に襲われたものの、なんとか守り抜くことが出来ました!」
「よしよし、重畳重畳。それじゃあそこの蜥蜴も解体して収穫した後でとっとと帰還しな、みんなが待ってるよ」
ケヴィンからの報告を受けたマスターは、満足げに笑いながら空へと浮かび上がる。
嵐のように現れ、嵐のように去っていこうとする謎多き存在に俺は思わず声をかけようとして─────
「ああ、そうだオッジ」
「マス……は、はい?」
「その小童、連れて帰って来な。くれぐれも死なせないように。私の後釜……ようやく現れた巫女だからね」
「……はい?巫女?」
「それじゃ、色々と帰ったら話すわ〜。あー面倒くさ」
「ちょっ、おい!?」
何やら意味深なメッセージだけを残して去っていった。
「団長……」
「……取り敢えず、帰るか」
困惑するケヴィン達にそれだけを告げ、俺は色々あって疲れた心と体をカネレの純粋さに癒やされようと彼女の下へと向かう。
こうして、俺達の今年の収穫は、波乱の幕開けとなったのであった。
次回は登場人物紹介、次からは第二章に入ります!




