僕と覚悟と大穴の慟哭
次回で第一章が終わりだと思います。
ここまで読んで下さりありがとうございます、これからもよろしくお願いいたします!
泣いている。
誰かが泣いている。
「……なに、これ」
『✕✕✕!✕✕✕✕✕✕✕✕✕!!』
『✕✕✕、✕✕✕✕✕!✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕!?』
『✕✕✕✕、ガッ、ギィ、ァ……!?』
『アルカ!!✕✕✕✕、✕✕✕✕✕✕!!』
『✕✕、✕✕✕✕✕✕……!』
血が流れる。
悲鳴が響く。
突然広場に鐘の音が鳴り響き、僕はお兄さん達に連れられて荷台の中に放り込まれた。ゴロゴロとした芋らしき実の上に転がり、固く丸い実が僕の体にめり込んだ。
痛い、痛いと叫ぶものの、それ以上の必死さで叫んでいたお兄さん達の気迫に思わず黙り込む。そのままゴロゴロと車輪が転がる音が聞こえ、同時に芋と僕の体も激しく揺れた。
痛い。
全身が痛むけれど、それ以上に周囲を勢い良く流れていく景色、そしてその奥で何かを堪えるような表情をしていた✕✕✕✕さんが心に残った。
何が起こっているのか。
何故僕がここに連れて来られたのか。
分からない事だらけの中僕は何も出来ず、ただ森の中から勢い良く飛び出してくる獣達と交戦するお兄さん達を見ていることしか出来なかった。
『ブモモ!ブモブモ!』
「……あ、いの、しし」
『ブモ─────』
『ガルルルァ!!』
そうやって呆然としている間に、連れて来られた僕に追いついた猪が必死な様子でこちらに鳴きかけてくる。
いったいどうしたのだろうかと思い、震える喉をなんとか抑え猪に声を掛けようとした瞬間。傷付きながらも戦い続けるお兄さん達の隙間を潜り抜けた狼が、僕のいる荷車の方へと飛びかかってきた。
……いや、違う。僕に襲いかかってきたのではなくて、何かから逃げている?
鳴き声や動き、そして何よりも感情を宿す瞳を見てそう判断した僕のその一瞬が命取りになった。すり抜けた狼を追ってこちらに向かうケヴィンさん、その手に握られた槍が狼を貫くよりも早く、僕を巻き込みながら狼が荷車を飛び越える。
狼の脚から伸びた鋭い爪が、僕の肩を切り裂いた。
まず感じたのは、火傷するのではないかと思うほどの熱さ。次に感じたのは呆けていた意識が一瞬で覚醒する程の激痛だった。
更に狼の体に弾き飛ばされた僕の体は地面に強かに打ち付けられ、肺から漏れた息がヒュゥと嫌な音を立てた。
「……い゛っ!?」
『✕✕、カネレェ!!✕✕✕✕✕✕✕✕!!!』
『ブモォ!?─────ブルァアア!!!!』
視界が明滅する。
キィンと耳鳴りがする中で、激高した猪が狼の首に牙を突き込み地面に轢き倒すのが見えた。どうやら牙が喉を貫通したらしい狼は断末魔を上げることすら許されず、全身を擦り下ろされながら森の茂みへと投げ飛ばされた。
ケヴィンさんが僕の体を抱き上げ、くしゃくしゃに顔を歪ませる。痛みによる生理的な涙で歪む視界の中、彼は周囲で戦い続けるお兄さん達に何か指示を出すと腰のポーチから取り出した包帯で僕の腕を巻き始めた。
傷口に物が触れる痛みに思わず絶叫を上げる僕に、泣きそうな表情になりながらも手際良く包帯を巻いていくケヴィンさん。
そんな彼の横でフッ、フッ、と荒い鼻息を吐く猪はギリギリと歯を食いしばると未だに森の奥から絶えず湧き出続ける狼たちに飛びかかった。
『ブヴォォォアアアアアッ!!!』
『ギイァ!?』
『ガッ─────』
その突進は狼達を轢き殺し、肉体を無残な骸へと変えていく。それを受け止めようとした哀れな熊は、突き出した腕ごと心臓を結晶の牙に貫かれ、一度痙攣した後地面に倒れ伏した。
止まらない。
怒り狂った猪は正に弾丸と言うのが相応しい程の機動力で獣達を蹂躙していく。その姿はあの親猪さんの子供という事実を僕に思い出させるものであった。
猪の奮戦に後押しされ、お兄さん達も勢いづく。乱戦を考慮してか、槍から剣に武器を切り替えていたお兄さん達は見事な連携で猪が討ち漏らした獣達を屠っていく。
しかし、森から出てくる獣が収まりかけた頃。洞窟の奥へ奥へと進んでいた今、既に遠くとなっていた入り口の方から凄まじい爆発音が鳴り響き、その音が鳴るのと同時に洞窟全体が激しく鳴動した。
「─────ッ!?な、なに!?」
『カネレ、✕✕✕✕!?』
思わず耳を塞ぐほどの絶叫。
しかし、そんな僕の様子を心配そうに覗き込むケヴィンさんは何も感じていない様子だった。
眉を顰めながら周囲を見てみると、お兄さん達はおろか猪までもが何事もない様子で周囲を警戒している。……まさか、僕だけにしかこの声が聞こえていない?
いったいこの声は何なのかと怯えていると、僕の怯えを感じたのか猪がこちらに近付いてきた。フンフンと僕の匂いを嗅ぐと、傷口に巻かれ血の滲む包帯にチラと視線を向け近くにドスンと座り込んだ。
どうやら心配してくれているらしい。未だにズキズキと鋭い痛みが走るが、僕は強がって下手くそな笑みを浮かべると彼を労るために手を伸ばし猪の毛皮を撫でた。
……うん。分かってはいたけども、先の戦闘でべっとりと付着した返り血や脂で汚れている。
僕はしばらく撫でた後そっと猪の毛皮から手を離すと、ごしごしと下草の生えた地面に手の平を擦り付け少し距離をとった。よくよく注意すれば、猪からはいつもの獣臭さの他にうっすらと鉄臭い匂いがしているような気もする。
若干ショックを受けた様子の猪に結構な罪悪感が込み上げるけど、ごめん。僕、血の匂いはちょっと苦手かも。
『ブモォ』
「ごめんね……」
『……ブブブ』
「……うん、おちついた、かも」
『ブモモ……』
「だいじょぶだよ、いのしし。……けびんさんも」
『ブモン』
『カネレ……!』
悲しそうな瞳で近場の木にゴシゴシと体を擦り付けている猪。どうやら僕が気にした血や脂を落とそうとしてくれているらしい。ありがたいけど、体から生えた結晶で木がボロボロになってるよ……?あ、倒れた。
未だ止まぬ慟哭。その悲しい声に時折背筋が寒くなるものの、どこか気の抜ける行動するを猪に今も必死に僕を心配してくれるケヴィンさん、それに他のお兄さん達の存在を強く感じた僕はもう怯えなかった。
ぐっと顔を上げケヴィンさんに目を合わせると、彼は僕の傷口に触らぬよう気を付けながらぎゅっと抱き締めてくれた。震える手でぽんと撫でられ、それがきっかけとして緊張の糸が切れたのか意識がふっと遠のこうとする。
でも、駄目だ。
「……いかなきゃ」
呼んでいる。
頭の中を穿つ慟哭が僕を呼んでいる。理屈じゃない、感情でもない。正に本能とでも呼ぶべき場所で僕はこの声の主の正体を理解していた。
この洞窟だ。
僕を呼び、「アレ」を消してくれ、斃してくれと泣き叫んでいるのは外でもないこの洞窟だ。
状況を今ひとつ掴めない中で、僕が唯一分かること。この先に何が待つのか分からない。なぜこの世界に於いては一介の幼女でしかない僕を呼んでいるのか、その理由も分からない。
けれども、行かなくては。
『……ブモ』
「いのしし」
『フンス』
「……つれてってくれるの?」
『ブモッブ』
僕の声に、当たり前だろうと言わんばかりの態度で背中を指し示す猪。あらかた汚れの取れた毛皮に手を掛けるけれど、登ろうとして力を入れるとズキリと鋭い痛みが走って上手く登れない。
そんな僕を見かねたのか、何かを決意した顔付きのケヴィンさんが僕を抱き上げて軽やかな身のこなしで猪の背中に飛び乗った。
なんだお前とでも言いたげな視線をケヴィンさんに向けた猪だけど、彼が何事かを猪に言うと不満そうではあるものの僕とケヴィンさんの相乗りを許したようだった。一体何を言ったのだろうか、以前猪に乗ろうとして股間に牙を振るわれのたうち回る羽目になっていたのに。
『✕✕✕✕!✕、✕✕✕✕✕✕✕✕!』
『ケヴィン!?』
『✕✕✕✕✕!✕✕✕✕✕✕、カネレ✕✕✕✕✕✕✕✕✕!!』
『✕✕✕✕✕✕、ジーク✕✕✕オッジ✕✕✕……!』
『✕✕✕!!✕✕✕✕✕✕✕✕!』
『……✕✕✕✕、✕✕✕✕!』
『✕✕✕✕✕』
気になりながらケヴィンさんを見ていると、彼は他のお兄さん達に何かを指示すると猪の腹を軽く蹴って指示を出した。あ、猪が滅茶苦茶苛ついてる。あとが怖いなあ……。
そんなやり取りを挟みながらも猪は走り出す。ケヴィンさんに抱き締められがっちりと固定された僕は酷く体を揺らすことなく、今回の猪ライドは過去最高速でありながらこれまでの猪ライドの中でも一、二を争うとても快適なものとなった。
ズドドドド、と土煙を上げながら洞窟を突っ切る猪。
徐々に弱まっていく慟哭に嫌なものを感じながらも、僕はあのキャンプ地に残ったであろう皆─────✕✕✕✕さんやジークさん、親猪さん達が無事である事を必死に祈っていた。
『✕✕✕カネレ、✕✕!』
『ブモォォォ!!』
「✕✕✕✕さん!じーくさぁん!!」
やがて洞窟の出口が見え、夕焼けの色か炎の色か、はたまた別のナニカの色なのか紅く染まりきった大穴へと飛び出した。
『─────カネレ?』
「✕✕✕✕さ…………へ?」
『オッジ✕✕!?ジーク✕✕✕✕、✕✕✕……マスター!?』
『ヴルルァ……』
『ブモブモ!』
……全員無事でした。
というか、✕✕✕✕さんが踏み付けているの、明らかに竜じゃない!?というか隣にいる女性はどちら様で!?
えっ、一体何がどうなってるの!?
ほのぼのだから人死にはあんまり出ません(宣言)




