俺と知らせと嵐の竜
微妙にシリアス入ります。
感想ありがとうございました!更新頑張ります!
うちの娘が可愛い。
カネレを保護してから度々この言葉が脳裏を過るようになった。
そしてどうやらそれは他の団員達も同じらしく、露骨に彼女に張り付く者はいないものの、カネレが近くにいる時などは作業をしつつもチラチラと彼女の様子をうかがう者がほとんどだ。
『✕✕✕✕✕〜、✕✕✕✕〜』
『ブモモ』
周囲の団員達がにこやかな雰囲気である事を察してか、カネレは定位置らしき結晶猪の幼体の背中に乗り、その背の上でひときわ大きな結晶に身を預けながら何やら鼻歌のようなものを歌っている。
俺達の都市では聞いたことのない音程や拍子。異国情緒に溢れた複雑な構成のその旋律は、カネレの幼い声と合わさってどこか気の抜けた印象を与える。
合いの手らしき鳴き声を上げる猪と幼子の合唱は遠目からでも微笑ましい光景であり、俺達はようやく都市に帰還できる喜びの他にも自然と笑顔になっていくのだった。
大陸の半分以上の大地が汚染され、食べる物すら自分達で作る事が困難になってしまった現在。
我らが国の民を飢えから救うため、食料を求めて『食糧庫』へと潜っていた俺達「グナーデの食料庫」は、無事に出発時に定めていた目標値までの収穫を終えていた。
それにより、我々は今日で今年一回目となる『食糧庫』での収穫を終え、明日から都市への撤収作業へと入る。約一ヶ月間の長い収穫を終えた俺達の間には、大きな達成感と連帯感が生まれていた。
久し振りの故郷への帰還。家庭を持つ者にとっては久々の家族との再会でもある。ここから撤収するとなると全員が帰還するのはだいたい一週間後なのだが、既に団員達の間からは帰還後の過ごし方について話す声が聞こえる。
無理もない。生存権奪還最後の砦とされる戦線都市よりは遥かにマシだが、それでも大穴の中というものは否応なく心労が溜まるものだ。
今回は幸いな事に死人こそ出なかったものの、収穫の最中に狼や熊に襲われて怪我を負う者も少なくはなかった。
今でこそ笑い話に出来るが、結晶猪の成体がこちらと友好的な関係を結んでくれなかったらと思うと寒気がする。運良く手持ちの武装を全て使って倒せたとしても「グナーデの食料庫」はもちろん大穴にも甚大な被害が出たであろう事は想像に難くない。
洞窟から姿を現した全身を蒼い結晶に包んだ大地の王者を見ながら、俺は改めてこの状況が限りない幸運の上に成り立っている事を自覚する。
「─────おい、オッジ!」
「ジーク」
明日の撤収作業を楽にするため今日のうちに片付けられる物は片付けておこうと手を動かしていた俺は、自分のテントから出て来ながら俺に声を掛けてきたジークを見つけ作業の手を止めた。
どうした、と聞く前に勢い良く腕を掴まれた俺は、そのまま彼に広場横の大テントの中に連れ込まれる。
幹部陣の話し合いや会議などで使う場所へ何事かと思いつつも大人しくジークに従うと、テントの中では既に数名の古参の団員達が厳しい表情でテント内に設置された円卓を囲んでいる所だった。
これは、何かがあったな。
雰囲気からそう察した俺は即座にスイッチを切り替え、他の幹部たちと何事かを話していたジークに今の状況を訪ねた。
「何があった」
「さっきおふくろ……マスターから魔法陣経由で伝書が届いた。なんでも、こっちに天蓋峰の方角から竜が近付いているらしい」
「はぁ!?こっちにって……まさか『食糧庫』にか!?」
「そうだ」
あのものぐさなマスターが高価な魔法陣を経由してまで伝える事項というのは、一刻を争う緊急事態だ。その時点で嫌な予感がしていたのだが、告げられた事態は俺の想像を遥かに超えていた。
竜。
空の王者と呼ばれ、結晶猪と対を成す蜥蜴の魔物。
魔法の炎を吐き、ただでさえ強靭な肉体を鉄よりも硬い鱗で覆ったその巨体は全てを薙ぎ払い、剣よりも鋭い爪は獲物の体を容易く引き裂いては肉塊へと変えてしまう。
魔獣侵攻の際に唯一影響を受けることの無かったその最強の種族が、こちらへと向かっているというのだ。
一体何故!?
突然の自体に混乱する俺だが、即座に自分で自分の頬を叩き気を引き締める。
慌てるな、落ち着け。
今一番の上である俺が動揺してしまったら、全員の士気に関わるだけでなく都市、ひいては国全体に影響が出かねない。
なぜ竜がこちらに来ているのか、その原因は最早関係ない。今俺たちが取るべき行動は、ここに来るという竜に備える事、ただそれだけ……!
「よし、原因究明は後だ。今からは竜伐戦闘の準備をおこなう。ジーク、弍式装備の残りは?」
「俺達の分も含めてざっと十人分。射出型突撃槍は残弾で言えば二十回ってところか。いざという時の為に設置していた大型弩一基以外に新しく用意してる暇は無い。正直厳しいと言わざるを得ないぞ、これは」
「それは分かってる。部隊から精鋭を選んで弍式装備の準備をしてくれ。俺も出る。ケヴィン、貴重な収穫物は既に都市に収めているか?」
「はい。既にマスターの手によって転移用の魔法陣が起動。重要度の高い納品物は転送済みです」
「よし、なら残りの収穫物は全て洞窟の中に運べ。弍式装備を使わない人員と拠点防衛の班でそれを死守するんだ」
「了解です」
目まぐるしく与えられる情報を脳内で整理し、噛み砕き、即座に指示を出す。
竜は一晩にこの大陸を横断できるとも言われる程の機動力を持つ。ならば一瞬でも止まる時間は無い……!!
けたたましく鐘が鳴り、拠点にいる全員に緊急事態を知らせる。外がにわかに騒がしくなるものの、日頃の鍛錬の成果か即座にケヴィン達の支持に従って動き出す物音がし始めた。
「……ッ!そうだ、カネレ……!」
「団長!カネレと幼体は収穫物と一緒に連れていきます!!」
『う?✕✕✕✕─────ぴゃああ!?』
『ブモモッ!?』
「良くやった!!」
焦燥感に急かされる中、俺はあの幼子をどうするのかという事に思い至った。しかし、そこで団員の一人であるジェイドがテントの外から叫ぶ声が聞こえ、俺はあの子の事を即座に頭から追い出した。
収穫物の被害……対策良し。
非戦闘員の保護……対策良し。
戦闘準備……現在進行中。
「……よし!俺は迎撃準備に入る!!お前たちは洞窟に急げ!!」
着々と迎撃の為の準備が整っていくのを感じる中、俺はここで指示する段階は終わったと大テントから出た。そのまま大声で指示をしているジークの下へ行き、弍式装備の装着を始める。
射出型突撃槍を軽く点検し、誤爆を防ぐ為の安全装置をかける。ここから少し離れた場所では、収穫物が満載された荷車を押す団員達が一斉に洞窟へと駆け込む姿が見えた。
その中には混乱しているのだろう、周囲を怯えた様子できょろきょろと見渡しているカネレの姿もあり、その様子を目にするだけで胸が締め付けられるような痛みに襲われた。
……竜の討伐において、死者が出ない確率は零に等しい。
俺が『竜殺し』の名を戴いたかつての戦いでさえも部隊が壊滅状態に至ったのだ。今ここにいる者たちが数名、場合によっては全員死ぬ可能性だってある。
つまり、俺があの子を見る最期の機会なのかもしれないのだ。
「……おい、なに弱気な顔してやがる、オッジ」
「ッ、ジーク……」
「天下の『竜殺し』サマであるお前がどっしりと構えてないでどうする?そんな不景気な顔してちゃあ勝てるものも勝てねぇ。しゃんとしな」
「……悪い」
と、その考えが顔に出ていたのか、呆れたような表情を浮かべたジークに頭を叩かれる。
「それに、今回はなにも俺達だけで戦うわけじゃねぇ。そうだろう?」
『ヴルルルァ……!』
更に、彼の言葉に呼応するように唸り声をあげたのは全身を淡く発光させ、目に爛々と闘志の光を灯した結晶猪の成体だった。
どうやら利害の一致によって俺達と共同戦線を張ってくれるらしい。
……そうだ、何を弱気になっていた。
昔のトラウマが甦ろうとも、今の俺は一人じゃない。ここにいる仲間達は皆歴戦の戦士であり、狩人であり、そして頼もしい陸の王者だっている。
生きて帰る。
すまない、とジークに一言謝って、俺は装備の装着を終わらせにかかる。
革鎧の上から追加の装甲を装着し、防御力を底上げする。一回きりの使い捨てとして割り切られた一風変わったその装甲は、竜や結晶猪等の威力が高過ぎる致死の一撃を逸らす事によって防御するというものだ。
自分達の命を預けるその装甲に頼もしさを感じつつ、装備を終えた俺は改めて号令を下す。
「全員─────生きて帰るぞッ!!!」
『─────ほう、我を斃すと?』
そして、次の瞬間。
俺達の背筋に凍りつく様な悪寒が走った。
俺達が上を見るよりも疾く、成体が俺達を庇うように四肢を広げ立ち塞がった。
『あの憎き巫女が捨てた我が地脈が賦活しているのを感じ足を伸ばしてやって来たが……我の巣で家主を廃そうと意気込むなど何様だ、貴様ら』
極光。
『グルァァァァァアアアアアアアッ!!!!!』
「嘘だろッ!?ぐ、ぁぁああ!?」
音は無かった。
ただただ、光だけが視界を灼いた。
次に感じたのは、痛みを超えた「熱さ」。
『御託はいい。疾く死ね』
「グッ……く、そっ……!!」
『グ、ルァ……!』
白く灼けた視界の中、不思議と頭に響く声に込められているのは、傲慢かつ尊大な怒り。
先の一撃で何人死んだ。
いや、そもそも俺は戦える状態なのか?
不明。不明。不明。
状況が一気に覆された。
前提がたった一撃で崩れ去った。
空を悠々と飛び、気紛れに滅びを齎す古よりの厄災。
『─────さあ、消え去るがいい』
竜との絶望的な戦いが、始まった。
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