俺とカネレと猪親子
ストックが……無く、なった……!
すぐに書き溜めなければ……!
幼子改めカネレを保護して数日が経った。
カネレを名付けたあの日、団員達や意思疎通が可能だった結晶猪との話し合いで俺達は次の2つの事を定めた。
1つは、カネレの保護について。ボディーランゲージで返答ができるとはいえ、肯定と否定しか返す事のできない結晶猪に詳しく聴き込んだところ、どうやらカネレが何処からやって来たのかは彼女ら(驚くべき事にあの成体は雌だった)も知らないらしい。
異種族とはいえ庇護が必要な幼子を見殺しには出来ず、そのままなし崩し的に保護していたのが彼女たちのようだ。
いくら最初の保護者であるとはいえカネレが人間である以上、このまま『食糧庫』で結晶猪たちと暮らし続けるわけにもいかない。カネレの教育的にも安全的にも、ここは問題が多い。
そういう訳で、カネレの身柄は俺達「グナーデの食料庫」が預かる事となった。都市に帰還すれば孤児院も存在するし、彼女を引き取っても良いと言っている家族持ちの団員もいる。
最悪の場合俺かジークが引き取って拠点に住まわせれば良いだろう。年3回の収穫時期はどうしても団員達の家族に預かってもらう必要があるだろうが、そこは後で考える。
2つ目は外でもない結晶猪の扱いについて。
どうやら『食糧庫』に住んでいる結晶猪は彼女達だけであるらしく、それ以外は他の地脈や魔力溜まりを探して散らばっているという。
結晶猪としてはこちらを襲うつもりは無く、前回の戦闘も自衛の為の不可抗力だったという。自衛で殺されかけた身としてはなんとも言い難い事実なのだが、実際先に襲いかかったのはこちらなので何も言えない。
俺達としても不要な出費は抑えたいところであるし、何よりカネレの保護者として暫く行動をともにしていたという点からも彼女達とは敵対したくはない。
昔、結晶猪とやり合った経験のある団員達は微妙な表情をしていたものの、最終的には全員が納得ずくで彼女達とは友好関係を結ぶ事となった。
元々の巣穴があった洞窟が『修復』で埋まってしまい暫くは戻れないため、彼女達は俺達の仮拠点であるキャンプ地の隣で寝起きしている。
もっとも、結晶猪の幼体がカネレと仲が良くまるで本当の兄妹のように触れ合っているため、このまま彼女達がここに住み着く可能性も無い訳ではないが。
『ちゃーんちゃーんちゃちゃんちゃんちゃんちゃん』
『ブモモ、ブモモ』
『ヴルゥ……』
「相変わらずだな」
朝、太陽が上り始めるのと同時にベッドを抜け出したカネレは結晶猪と共に謎の踊りを踊る。
相変わらず変に気の抜けたメロディーの鼻歌を歌いながら腕を振り回すカネレと、湧水都市の土産店に売ってある首振り人形のように頭を揺らす結晶猪の幼体。
その後ろでは結晶猪の成体がよく分からないものを見た時のような困惑に満ちた目で一人と一匹の儀式を見守っていた。
そのままいつもの様にテントの陰から見守っていると、ちら、とこちらに視線を向けた成体と目があった。カネレ達にバレないよう無言で頭を下げると、あちらも何も言う事なく微かに頭を下げてくれる。
ここ数日の触れ合いの中で、俺達と成体の間にも確かに連帯感が生まれていた。
『ちゃんちゃんちゃんちゃちゃーん、ちゃららーん!』
『ブモモーン!』
『✕✕✕✕、✕✕✕✕ー』
『ブモブモ』
そうこうしているうちに、カネレと幼体の儀式は終わりを迎えていた。最後のフレーズを口ずさみ、妙な上がり調子でメロディを奏で終えたカネレと幼体は「今日もやりきった!」と言わんばかりの達成感に溢れた表情で拳と牙を空に突き上げる。
その真剣な様子とやっている事のギャップに俺が笑い声を漏らすと、カネレはこちらの存在に気が付いたらしくとことことこちらに向かって歩いてきた。
そっと物陰を覗き込みそこに隠れていた俺を見つけ、今までのやり取りを見られていた事を察したカネレの頬が若干の赤みを帯びる。
その可愛らしい仕草にククッと堪えきれず笑いを漏らすと、拗ねたように顔を反らしたカネレの姿にとうとう声を上げて笑いだしてしまう。
『✕✕✕〜!!✕✕!おとたん✕✕✕✕✕!!』
「いてっ、いてっ……悪かった、悪かったって」
『✕✕✕✕✕〜!!』
ぽすぽすと小さな拳を俺の腹に叩き込むカネレ。その仕草も愛らしく、心許ない衝撃は俺に痛痒すら与えない。
俺は笑いながらカネレに謝罪の言葉をかけるものの、理解しているのか理解しながらも許さないのか、白い顔を真っ赤にしたカネレはぽすぽすと俺の腹を叩き続けた。
やがて疲れたのか息を少し乱しながら叩くのをやめたカネレ。そんな彼女を遠くからやれやれと言わんばかりの妙に人間臭い表情で眺める結晶猪の幼体にも挨拶代わりに手を振り、俺はカネレに声をかける。
「おはよう、カネレ」
すると、カネレは少しむくれた表情のまま、しかしそれでもこちらを見ながらはっきりと返答してくれた。
「おとたん✕✕、おはおー」
舌足らずで少し発音も怪しい挨拶。けれども、それは彼女の大事な進歩の証。
あまりの可愛らしさに身悶えしそうになるけれども、緩む表情筋を精神力を振り絞って引き締めつつ俺は彼女の手を取り朝食の準備が始まった広場へと向かう。
さあ、新しい一日の始まりだ。
「─────じゃあ、それぞれ昨日の話し合いで決めた予定通りに行動すること。何度も言っているが、今の『食糧庫』では何が起こるか分からない。十分に警戒し、危険を感じたら躊躇うことなく信号笛を鳴らせ。以上」
「「「「了解」」」」
朝食を食べた後、装備を整えた後に全員で朝礼を行い解散する。これからそれぞれの班に分かれ、各洞窟へと潜り先日のように収穫作業に入るのだ。
『おとたん✕✕?✕✕✕✕✕、✕✕✕?』
「カネレはケヴィン達と一緒に留守番だ。良い子にして待ってるんだぞ」
『けびん✕✕?』
「ああ。それじゃあケヴィン、後は頼んだ」
「任されました」
結晶猪を警戒する必要が無くなったため、今回の装備は金食い虫の弐式装備では無く汎用的な壱式装備だ。
愛用のショートソードを鞘から少し引き出し、刀身の様子を確認してから金具を留め、しっかりとベルトに取り付ける。ポーチの中に入っている薬品類や採取道具までもう一度点検したら準備完了だ。
その様子を興味深そうに見つめるカネレの頭を撫で、目を合わせてから言付ける。まだ言葉を良く理解出来ていないだろうカネレは、しかし雰囲気からなんとなく察する事は出来るようで、今日も保護者役を買って出てくれたケヴィンの方を向きちょこんと頭を下げた。
その可愛らしい小動物じみた様子に男二人の頬が緩む。
「カネレ、『よろしくお願いします』だ。よろしくお願いします」
『……✕、✕✕✕✕✕……よーしく、おねがいしま、う?』
「「ヴッ」」
そして二人して胸を押さえ地面に膝をついた。
軽い気持ちで言葉を教えたら、こんな罠が仕掛けられていたとは……カネレ、恐るべし……!
発音が気になるらしく「よーしく、よろちく?う?」と小首を傾げながら教えられた言葉を繰り返し呟いているカネレ。その健気な様子もまた可愛らしく、俺もケヴィンもこの小さな生き物を絶対に護らねばならないと改めて決意した。
「オッジー、準備できたかー?」
「ああ、今行く。……それじゃあ、またな、カネレ」
「おねがち……おね……んに?……ん!」
ジークから呼ばれ、俺達の班が出発する時間が迫っている事を知らせる。
さよならの挨拶代わりにぽんぽんと頭を撫でると、キリッとした表情で発音の練習をしていたカネレは練習を一旦止めて、にっこりと笑い俺に手を伸ばしてくれた。
少しでも力を込めると壊してしまいそうな程に儚く小さな手が、それでも確かに存在している暖かさを俺に伝える。
……ああ、護らねばならない。
そう強く思う。出会ったばかりで血の繋がりも無い他人ではあるが、俺はこの幼子に対して確かにその想いを抱いていた。
「カネレ、ちょっとこっちに─────」
「ふにゃ?」
とても、とても名残惜しいが出発の時間だ。カネレの手を離し、ニヤニヤと腹の立つ笑みを浮かべるジークの下へと向かう。
何も言わずにただ笑顔を浮かべているジークの頭に抗議代わりの拳を落とす。痛いだの酷えだのと不平を言うヤツを無視して班員の掌握を行っていると、ケヴィンに何やら耳打ちされたカネレがこちらを向いて口を開くのが見えた。
なんだろうか、とカネレ達に視線を向けると、それとほぼ同じタイミングで彼女が声を上げた。
「おとたん、みんな、がんばてえ!!」
「─────」
お?なんだ、俺死ぬのか?
地に膝を付き胸を押さえ、昇天しかけ遠のく意識をどうにか下界に繋ぎ止める。まだ俺にはやる事があるだろうオッジ、だからここで死ぬんじゃない!!
そう自らを鼓舞し顔を上げると、何かをやり切った顔で俺に向かって親指を建てるケヴィンと嬉しそうなドヤ顔をこちらに向けるカネレがいた。
見事だケヴィン、最高の仕事だ。
次の団長はお前だよ。
「お前らァ!!今日の狩りは気合入れて行くぞォ!!!」
『オオオオオォォォォォ!!!!!』
『ブモモ!?』
俺達の鬨の声は『食糧庫』を揺るがし、結晶猪の幼体をビビらせ壁に生えた木々に止まっていた鳥達を羽ばたかせた。
三叉槍を携え驀進する俺を先頭に、やる気に火が付き燃え盛る団員達が続々とそれぞれの持ち場に吶喊していく。
そして今日の収穫高は品質と量、共に俺が団長になってから過去最高の数値を叩き出したのであった。
評価ブクマ感想等々色々とありがとうございます!




