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僕と名前と嵐の予感

総合評価700Pt超えました!ありがとうございます!

というわけで続きです。


 ✕✕✕✕(お父さん)さんと戦う親猪さん発見!

 という訳で、無事に生贄として猪を捧げて怒れる親猪さんと合流を果たした訳です。うん、猪はもうちょっと反省の意を示したほうが良いと思う。なんで親猪さんに踏まれたまま寝れるのさ君。

 傷だらけの✕✕✕✕さんやジークさん達は結構心配だったけれど、僕を見てにっこりと笑ってくれたのでたぶん大丈夫。頭撫でてくれたし。

 言葉が分からないから詳しくは理解できなかったけれど、どうやらあのまま洞窟の中に長居すると不味いことになるようで、✕✕✕✕さん達も親猪さんもみんな急いで洞窟から脱出した。

 僕も親猪さんから少し強引に猪の背中に乗せられて、折檻により罅の入った結晶(せもたれ)に少しビビりながら洞窟を抜けたのだった。


『✕✕!✕、✕✕✕……!』

『✕ー、✕✕✕✕、✕✕✕✕。✕✕✕✕✕✕』

『ヴルゥ……』

「おつかれー、いのしし」

『ブモッ』


 それから暫くして。

 突然現れた親猪さんに拠点にいたお兄さん達が怯えたりと色々あったけれど、僕と猪は広場から少し離れた場所でケヴィンさんに見守られながら大人達の話し合いが終わるのを待っていた。

 どうやら親猪さんは彼らの言葉を話せなくとも理解は出来ているらしく、先程からジークさんの言葉に頷いたり首を振ったりして意思疎通を図っているようなのだ。

 時々大きくどよめく声が聞こえる広場で何が起こっているのかはとても気になるけれど、言葉の分からない僕が行ったところでお邪魔虫以外の何者でもないので我慢して猪と戯れる。

 勝手に飛び出した僕達を心配してくれたのだろう、ケヴィンさんは戻ってきた僕達に何か言いたげだったものの、✕✕✕✕さん達が何かを彼に言うと渋々といった様子で引き下がってくれた。

 すまない、緊急を要する事態だったんだ。次からは善処します。


『ハァ……✕✕✕✕✕……✕✕、✕✕✕✕✕✕✕✕?』

「んふ?けびんさん?」


 と、僕と猪から少し離れた場所で疲れたように溜め息を吐くケヴィンさんに心の中で陳謝していると、彼は何かに気が付いた様子で僕に話しかけてきた。

 しかし、今の僕はこの世界の言葉を知らない非力かつ脆弱な幼女なのだ。ケヴィンさんの言っていることが分かる訳が無い。謎の上から目線で内心そう考えつつ、こてんと小首を傾げて何を言っているのか分かりませんアピールをしておく。

 すると察しの良いケヴィンさんは一つ頷き、スッと自分を指差すと「ケヴィン」と言い、今度は同じように僕を指差して「✕✕✕?」と言った。

 言葉のイントネーションからして、恐らくは質問。一回目の発言から察するに……聞きたいのは僕の名前だろうか。

 試しに「僕の名前?」と聞いてみるけれど、当然言葉が違うため伝わる筈もなく、双方が困った顔になるだけだった。

 一応理解してる事を伝えるためにケヴィンさんやジークさん、✕✕✕✕さん達の名前をそれぞれを指差しながら伝えて最後に自分を指差して小首を傾げておく。伝わっていると察したケヴィンさんがパァッと顔を明るくしたのがとても印象的だった。


「うーん、ぼくのなまえ……?」

『ブモモ?』

「そういえば、いのししのおなまえはー?」

『ブモモッモブモーモ』

「ぼ○ぼーぼ・○ぼーぼ?」

『ブモッ』


 嘘つけ。

 適当な答えを返す猪の牙をぺちんと叩き、僕は頭を捻って自分の名前を思い出そうとする。

 が、一向に名前が思い浮かばない。何というか、前世での自分に関する情報が綺麗に消されている感覚だ。

 それでいて「僕」という確固たる人格が形成されているのもおかしな話だし、こんな風に難しい事を考えられているのも謎だけれど、この際それは置いておく。

 とにかく、僕の名前は本人である僕も知らないのだ。これまでをずっと「僕」で過ごしてきた弊害とも言える。

 というか、✕✕✕✕さんやジークさん達も僕の名前を知らないのであれば、今まで僕はどんな感じで呼ばれていたのだろうか。普通に君とかそこの子とかだろうか。

 質問を理解していながらいつまでも名前を答えない僕に不思議そうな顔をしていたケヴィンさんだったが、やがて僕が自分の名前を知らないという可能性に思い当たったのか、僕と猪にここで待っているように身振りで伝えると深刻そうな表情で広場へと向かっていった。


『✕✕、✕✕✕✕✕✕✕✕✕……』

『✕✕✕?✕✕✕✕ケヴィン、✕✕✕✕✕✕✕✕✕?』

『✕✕✕✕✕✕、✕✕✕、✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕……』

『……✕✕?』


 ジークさんの言葉に赤べこのように頷く親猪さんになんとも言えない微妙な視線を向けていた✕✕✕✕さんは、ケヴィンさんからの言葉─────たぶん僕が自分の名前も知らないという情報─────を聞くと顔色を変え、親猪さんに話しかけていたジークさん達となにやら話し合いを始めた。


『ジーク、✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕?』

『✕✕✕✕✕✕✕……✕✕✕、✕✕✕✕✕✕✕✕?』

『ヴルルゥ……』

『……✕✕✕✕✕✕』

『✕✕✕✕✕……✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕……リーネ✕✕』

『『✕✕』』

『✕✕✕✕✕!?』

「なにはなしてるんだろうね?」

『ブモッ……ブモモ……』


 ケヴィンさんが来てから何やら話題が変わったようで、全員が僕をちらちらと見ながらボソボソと何かを話している。

 漏れ聞こえてきた言葉の雰囲気や流れから察するに僕の呼び名決めなのだろうけど、一人蚊帳の外に置かれているようでちょっと寂しくなった。

 同じく蚊帳の外仲間の猪に話しかけるけど、先程牙を叩いたのが良くなかったのか、心ここにあらずといったいかにも適当といった感じの挨拶しかしてくれない。ちょっと腹が立ったので追加で牙をぺちぺちと叩いておいた。

 ぺちぺち。ぺちぺちぺち。

 あ、避けられた。


「……どうだ、まいったか」

『ブモモブモ……』

「むっ、いまばかにしたな」

『ブブモモブモ』

「んにぃ……!」

『ブモモォ……』


 どちらが上に立つ者なのか、ここではっきりとさせておく必要があるみたいだな……!と相棒である猪と戦う決意を決めた僕は、ファイティングポーズを取りつつ猪の牙をぺちぺちと叩いていく。

 それに対する猪は「ああ、はいはいしょうがないな」とでも言うかのようなやけに余裕に満ちたいやらしい表情で僕の攻撃を受け止めたり捌いたりしていた。

 正直ムカつく。全身から結晶を生やしたびっくり生物のくせに……!

 しゃー!と猪を威嚇して喧嘩をする僕を、✕✕✕✕さん達がなんとも言えない目で見ている気配を感じる。ちら、とそちらに目を向けると、こちらを見つめていた男衆が一斉に顔を背けたのが見えた。


『ヴルル』

「んにゃ……」

『ブモブモ』

『ヴルァ』

『ブモァ……!』


 こら、と嗜めるように僕の頬に鼻を押し当ててきた親猪さんに宥められ、僕は渋々猪の牙をぺちぺちする手を止めた。……命拾いしたな、猪。

 そんな僕にしたり顔で何事かを呟いた猪は親猪の強烈な踏みつけ(ストンプ)を受けて地面にめり込んでいた。ざまあみろ!


『✕✕✕✕✕、✕✕✕✕✕✕✕✕✕』

『✕✕✕✕……✕✕✕✕✕』

「ふえ?じーくさん?」


 猪に向かってふんす、と仁王立ちしながらドヤ顔を向けていると、親猪さんと一緒にこちらに来ていたらしいジークさんから抱きかかえられ、広場へと連れてこられた。

 皆が車座になって座っているせいで外からは様子がよく見えなかった広場にはいくつかの木片が置かれており、それぞれにこの世界の文字らしき謎の記号が短く彫り込まれていた。

 その木片の中でも一番目立つように置かれていた一つを取ったジークさんは、僕にそれを手渡してこう言った。


『✕✕✕✕✕✕「カネレ」✕✕。カネレ、カネレ』


 なんと言ったのか、その正確な意味はわからない。けれども、その繰り返された音節が何を意味するのか、この木片に書いてある記号をどう読むのかは、自然と理解することができた。


 カネレ。


 それは、きっと僕の《《名前》》だ。


「……かねれ?」

『✕✕。カネレ』

「かねれ……かねれ」


 ジークさんを見上げ、その優しい瞳を見つめた後に周囲に座るお兄さん達を見つめる。

 彼らは皆一様に照れくさそうな笑みを浮かべており、そして皆優しい瞳を僕に向けてくれていた。

 ぎゅっ、と名前の書かれた木片を抱きしめる。

 僕は、今日からカネレだ。


 ─────きっとこの瞬間から、僕はこの世界の本当の住人になったのだと、そう思う。






「……食糧庫が、いや、地脈が活性化している……?」


 ポツリと女の呟く声が、彼女以外に人のいない執務室に響いた。

 胡乱げな表情をした彼女が見ているのは『食糧庫』へと向かったグナーデの食料庫の団員達から送られてきた報告書であった。

 大穴に到着後、周辺を軽く調べた後に伝書用の鳥に託され送られてきた報告書には、緑に覆われた大穴の底の様子が事細かに記されていた。

 常人よりも遥かに長い時を生き、魔法への理解を深め続けてきた彼女の名を知る者は、例外であるただ一人を除きもういない。

 現在はただ「(マスター)」とだけ呼ばれる彼女は続いて机の上に広げた表へと視線を向けた。

 この国の食料事情を司る「食糧都市グナーデ」、その収穫高を年毎にまとめ続けた物なのだが、その収穫高を示す折れ線は徐々にではあるが、確実に右肩下がりとなっていた。

 本来であれば早急に対処すべきその事態を、しかし彼女は長年放置し続けてきた。何故ならその原因に見当はついていた上に、彼女が望んでいた(・・・・・・・・)事態でもあったからだ。


「……ハァ……そうか、そう長くは保たないのか。そうだな……奴さんだって馬鹿じゃあない。代理を立てるくらいはやってのけるか……」


 ぶつくさと愚痴のような言葉をぼやきつつ、女は虚空に向かって杖を振るう。するとひとりでに宙に浮いた報告書が丸まり、突如炎に包まれた。

 ボッ、と音を立てて燃え上がった羊皮紙はそのまま小さくなっていき、灰へと姿を変える。その灰もふわふわと飛んでいき、窓枠の隙間から外へと飛び出した。

 機密情報となり得る報告書の後始末を終えた女は、気怠そうな欠伸をあげながらある方角を─────『食糧庫』のある方向を見る。


「……これは、結晶猪どころじゃない荒れ模様になりそうさねぇ……私も行くか?」




 その金色の視線が射抜く先には、一つの嵐が訪れようとしていた。



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