俺と親子と再認識
(´・ω・`)
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……なんだ、この状況は。
俺達の心情はその一言で一杯だった。
マスターから得ていた結晶猪の目撃情報、そして『食糧庫』に発生した謎の異変を調査する為に別働隊として動いていた俺達は、運悪くも成体の結晶猪と遭遇してしまう。
気が立った様子の結晶猪は、竜の鱗だって砕き貫くほどの威力を誇る射出型突撃槍の一撃さえも受け止め、何事も無かったかのように反撃に動くという絶望的なタフネスを俺達に見せつけた。
何かを感じ取ったのか大穴の入り口、俺達が設営した拠点へと向かおうとする奴をなんとか食い止めようと、拠点に撤退命令を出した後に全員で決死の時間稼ぎをしていた矢先。
拠点のある方角から突如現れたのは、先日保護した幼子と結晶猪の幼体だった。
どうしてここにと聞く暇も、逃げろと叫ぶ暇もないまま一人と一匹は成体の前に向かっていく。彼女たちを見た成体はヴルルと恐ろしい唸り声を上げ、それを見た幼体の結晶猪が恐怖で体を震わせる。
脳裏を過ぎる最悪の想像、それが現実となる予感に思わず顔を顰めると─────
『ブモモ!ブモブモ!ブモモォン!!』
『ヴルァァァ!!!』
『ブヒャ!!?』
─────スン、とキツネのような表情をしていた幼子が幼体の上から降りてこちらへトコトコ歩いてくるのと同時に、成体の豪腕が幼体を叩き潰すように振り下ろされた。
ぷちっ、と音が鳴るかのような潰され方をした幼体はしばらく藻掻いていたが、即座に放たれた成体の牙を用いた一撃に吹き飛ばされた。
まるで城壁を破壊するための大砲を撃ち込んだかのように壁に亀裂が入りその亀裂の中心には、体から生えた結晶に罅を入れピクピクと痙攣する幼体の姿があった。
『ブモモォン、ブモモォン……』
『ヴルルルルァ!!』
『ブヒャァァ……!!』
とても悲しげな鳴き声を上げる幼体に、成体の結晶猪はズンズンと近付いていき、容赦の無い追い打ちをかける。
本来であれば弱き者が強き者に淘汰されようとしている自然界の容赦の無い光景。しかし、ゴスッゴスッ、と強くも相手が死なない程度に幼体の頭部を蹴りつけるその姿は、どことなく悪ガキに説教をする母親のような印象を受けた。
そんな謎の光景を他所に俺達の方へとてとてと歩いてきた幼子は、俺達の様子を確認した後大きな溜め息を吐いてその場にへたり込んでいた。
ボロボロの俺達に、成体にどつかれる幼体。力尽きた様子でへなへなとへたり込む幼子とボロボロの俺達。
誰かがこの状況を見れば、余りの情報量の多さに真顔になること間違い無しの光景が広がっていた。
「だ、団長!ご無事でしたか!?」
「ああ、なんとかな……」
「いつつ……ひでぇ目にあったわ……」
それから暫くして。
一通り幼体をしばいて気が済んだのか、成体の結晶猪は先程までとは打って変わった様子でこちらをジッと見つめてきた。
思えば奴との戦闘中、襲いかかったこちらへの敵意は感じたものの、魔獣や竜と相対した時のような肌がひりつく程の殺意や憎悪を感じる事は無かった気がする。
もしかすると、奴が現在足の下に敷いている幼体を探していたのだろうか。結晶猪は珍しい魔物でもあるし、あの幼体と奴が親子の関係であってもなんらおかしくはない。
心底慌てた様子でこちらにやってきたケヴィンに疲れ切った声で返答しながら、俺は鈍る頭を何とか回転させて考えていた。
『おとたん✕✕、じーく✕✕。✕✕✕✕✕?』
「……ああ、心配するな」
「死ななかったし、欠損したりも無かったな!ハッハッ……ガハッ、ゴホッ」
「無理するな重傷者」
相変わらず心配そうな表情でこちらを見てくる幼子に癒やされ、疲れた体を押してどうにか笑みを浮かべるとポンポンとその頭を撫でる。
昨日湯で丸洗いしたその髪は少しキシキシとするものの男の俺達とは比べ物にならない程に柔らかく、気持ちの良い手触りだった。
言葉が分からずとも安心したのか、俺の手の下でふにゃふにゃと笑みを浮かべる幼子。それを見てきゅっと胸が締め付けられるような衝動に襲われた俺は、直感的に理解した。
そうか、これが父性か……!
自らの父性の覚醒を自覚しながらも、俺は今回の交戦で出た大まかな収支を把握しておく。団長としての仕事に励みながらも幼子を撫でる手は止まらず、むしろ撫でている間は思考に燃料が焚べられているかのような感覚がする。
まず、結晶猪とやりあったにしては最小限と言ってもよいほどの被害に抑えられた事は素直に喜ばしい。治療に使う薬代や使い捨てである射出型突撃槍の出費は痛いが、必要経費と割り切れば問題は無かった。
次に収入。無し。
強いて言えばこの結晶猪達が俺達を排除しようとはしていないらしい事が分かったという事だが、金銭的、また収穫的にも収入となったものはない。
戦闘前に狩っていた狼や熊の死骸も激しい戦闘の最中に跡形もなく吹き飛んでしまったか酷く傷つき、売り物としても食料としても使えそうにない。
そして何より、大穴が傷ついてしまった。
ジークを見ると、アイツもこの戦闘で得られたものはかなり少ない事に気が付いたのか、悩まし気な表情で溜め息を吐いていた。その事に気が付いた幼子が不安げな表情を浮かべているのを見て、撫でる手を心持ち早くする。
元々は今の状況よりももっと酷い事になっていた筈なのだ。それを止めてくれた彼女と幼体には感謝しないといけないな。
わしゃわしゃ、ふにゃふにゃ。
撫でられるのが好きなのか、目を細めて気持ち良さそうにふにゃふにゃと笑う幼子を見ているとこちらまで温かい気持ちになってくる。娘がいる奴の気持ちもこんな感じなのだろうか。
『ヴルルルル……』
「クッ……団長、下がって」
「落ち着け、お前ら。あちらに敵意は無い」
『✕、✕✕✕✕✕✕✕✕……』
『ヴルッ』
『✕、✕✕✕✕✕✕……』
『ヴルァ、ヴルヴルル』
『✕✕✕』
と、幼子の頭を撫でていると、成体がゆっくりと体を揺らしてこちらに近づいてきた。
即座に応戦態勢に入った部下たちを宥め、落ち着いた状態で彼の魔物の身体を間近で見てみると、その存在の異質さがよく分かる。
幼体の時は体から「生えていた」と言える結晶が全身を包み込む様に発達し、それが猪の短い脚を延長するように伸びて四肢の代わりを果たしている。
よくよく見れば、淡く発光する結晶の奥には肉体と思わしき黒い影が見え、それがこの魔物の本体なのであろう事が伺い知れた。
顔も幼体の頃と同じ猪の面影を残しつつも結晶の侵食を受けており、竜を思わせる禍々しい角のような結晶と口の横から生える巨大な牙が威圧感を滲ませている。
なるほど、これは竜でさえも屠る事のできる存在だ。
体を覆うように存在する結晶の正体を知る俺は、この魔物が地上の王とされ、天空の王である竜を屠る者として語られている事に改めて深い納得を抱いた。
近づいてきた成体に気付き俺から離れた幼子と何やら会話をしているらしい成体から目を離し、団員達に合図を出して撤収作業に入る。
大穴の損傷具合からしてまだ余裕はあるだろうが、それでも長居するのは出来れば避けたい。
「オッジ、あの結晶猪達はどうするんだ?大穴の底に連れていくなら早くしないといけないが……」
「……あー、そうか。不味いな……」
なにやらしょんぼりとしている幼子と仕方ないわね、と言いたげに溜め息らしき鼻息を漏らす成体の様子に会話の内容(?)が気になった俺だが、ジークから告げられた言葉に頭を抱えた。
だが、時間は迫っている。鈍く明滅を始めた天井の苔にタイムリミットが近付いている事を悟ると、俺は考えを一旦放棄して成体と幼子の下へと向かった。
「すまない、結晶猪よ」
『ヴルル……』
「この穴に住む貴方なら知っているだろう、もうすぐで我々の争いによって出来た傷の『修復』が始まる」
『ヴルァ』
「そこで提案なのだが、我々の拠点に来てほしい。残された時間も少ない。どうだろうか」
『……ルゥ……ヴルル。ヴルルァ!』
『ブモモギュゴ……ブヒュルル……ブモモッ!?』
『ヴルヴルゥ』
『✕✕✕✕、✕✕✕✕〜』
『ブモォ……?』
賭けのようなものであった。結晶猪の成体に話しかけた俺は、彼の魔物に一緒に来る事を提案した。緊張し、固唾を飲んで見守る俺を静かな瞳で一度見つめた成体は一鳴きすると、足蹴にしていた幼体を蹴り起こした。
寝起きのような凄まじい鳴き声を上げて起きた幼体は、成体の鳴き声に急かされるまま幼子を背中に乗せ、トコトコと拠点に向かって走り出した。
その様子を確認した成体は、俺にちらりと視線を向けると挨拶と思わしき唸り声を上げて、拠点へと向けて走り出した。
「……よし、俺達も急ぐぞ!」
『応ッ!』
その背中を見送った後、作業を終えた俺達も元来た道を引き返していく。既に洞窟の中は小さく振動を繰り返しており、大穴の『修復』が本格的に始まるまであと少しである事を俺達に知らせていた。
最短距離を突っ切り、全速力で森の中を駆け抜ける。道中に生き物の姿は無く、既に彼らも退避を終えた後なのだと理解した。
そして大穴の底、洞窟の入り口を全員が抜け出した瞬間に、大穴の神秘の一つ『修復』は始まった。
「ッ、ギリギリ間に合ったッ!!」
「危ねえ!!」
「し、死ぬかと思いました……」
「間に合ったぞぉ!!」
全員で喝采を上げながら下草の生えた地面に倒れ込むのとほぼ同時に、洞窟の入り口がばくんと音を立てて閉じた。
それこそ本物の生き物が口を閉じるようにぴったりと入り口を閉じた洞窟を引きつった顔で見つめる俺達。
無理もない。あと少しでも遅れていればあの洞窟の『修復』になす術もなく巻き込まれていたのだから。
『✕、おとたん✕✕✕✕、✕✕✕✕ー』
見慣れた光景とはいえ、やはり心臓に悪い事には変わりない『修復』の始まりを見た俺達に呑気に笑いかけ近寄ってくる幼子を抱き止めながら、やはり狩人の仕事は命懸けなのだと再認識した。
次回、主人公の名前が遂に登場!予定!




