俺と娘と蒼い絶望
そろそろ話数が2桁に届くか届かないかなのに主人公の名前が出て来ない作品があるらしいですね。
不思議ですね。どんな作品でしょうか。私はTSに詳しいのでたぶんTS転生した記憶喪失のロリエルフがおっさん達に拾われて美味しいものを食べたり猪とラジオ体操をしたりする話だと思うんですよ、はい。
感想、評価、ブックマークなどなどありがとうございます。励みになります。
装備を整え、大穴の壁面にぽっかりと空いた穴の入り口に立つ。
周囲では同じようにこれから「狩り」に向かうメンバー達が装備の最終点検を行っており、同時進行で入り口に仕掛けていた鳴子等のトラップを外していた。
入り口から覗く穴の中は暗いといった事はなく、むしろまだ日が昇り始めた時間帯である大穴の底よりも明るい位だ。大穴にしか生息していない特殊な苔が光源となり、穴の中を明るく照らしているのだ。
大穴。
数百年前、「血ではなく毒」をその身に宿す人類の天敵「魔獣」が地上に突如現れたのと同時に、世界各地に出現した巨大な穴。
俺たちが住んでいるフィルシオン王国にも、ここ『食糧庫』を含めて合計5つの大穴が存在している。
出現した当初は魔獣と同じく人類に仇なす存在なのではないかと警戒された大穴だが、暫くすると各国がこぞってそれらを管理しようとする始末となった。
何故か。
それは、俺たちが今から狩りへと向かう『食糧庫』がその最たる例となって教えてくれる。
ある穴からは無限の水が。
ある穴からは上質な木材となる木々が。
またある穴からは上質な鉱脈が湧き続け、ある穴からは美味かつ栄養満点の食糧の数々が採取できる。
時に人を襲う事もある危険な動物「魔物」を生み出す大穴が生まれる事もあれど、基本的に大穴がそこから生み出す存在は全て人間への恩恵となり得るものだったからだ。
血を流せば大地を殺し、死骸は海を腐らせる。そんな魔獣との戦いによって生存圏を着々と削られていた人類にとって、その存在は正に天からの恵みだった。
その恩恵を巡って人類は愚かな争いを繰り広げた事もあるのだが、それは置いておく。とにかく、生存圏を削られ続けた人類は、とうとう大穴が無くてはまともに生き抜く事は不可能な程に疲弊しきってしまった。
しかし、いくら人類に恩恵を授ける大穴とはいえ、無条件にそれを渡してくれる訳では無い。
例えば、水が湧き出る大穴には何匹もの巨大な肉食魚が獲物を待ち構えているし、食料を生み出す大穴には人類と同じくそれを狙う狼などの獣も住み着いている。
そこで、生存圏を増やす為に日夜魔獣と戦う精鋭部隊とは別に、大穴からその恵みを採取し民に還元する「狩人」の部隊が作られた。
それが俺たち「グナーデの食料庫」を始めとした「五大都市互助組織」の前身だ。
湧水都市ローパ、鉱脈都市ミリエル、森林都市ウェイバー、戦線都市ディクス、そして食糧都市グナーデ。
大穴を擁し、国王からその管理を任された5つの都市に存在する偉大なる狩人たちの後続、その一つが俺たちという訳だ。
各大穴はそれぞれが小さな世界として独立していると言っても過言ではなく、その人のものとはまた違う領域から恵みを持ち帰ってくる技術は、脈々と俺たちに受け継がれている。
「団長、準備出来ました」
「オッジ、俺たちもいつでも行けるぞ!」
「……よし」
団員たちからの報告、そして隣で弍式装備を装着していたジークの言葉を聞き、俺は三叉槍を握る手に力を込める。
人類の命を繋ぐ食料を得る。その役割を担い続けてきた食料庫の狩人達の象徴たるこの食器を模した槍は、その時の最高の素材と技術を用いて修繕・改造され続けながら食料庫の団長に代々受け継がれてきた。
これを持つという事は、民の命運をその方に背負う事とほぼ同義であり、同時に部下達の命を預かる責任をその重さと共に俺に伝えてくれる。
「ジーク、そして昨日伝達された選抜の団員は俺と共に穴の奥へと向かう。他の者たち……特に新入り!お前たちは先人の技術を受け継げるようにしっかりと学べ!俺達はお前達に技術を教える事を厭わない!そうだろう!?」
『応!!』
「ならば良し!万が一キャンプから救難信号が聞こえた際は即時撤退、俺達のことは気にせずに各自、己と仲間の命を最優先に動け!」
『応!!』
「行くぞォ!!」
三叉槍を掲げ、士気を高揚させる為の演説を〆る。期待通りに盛り上がってくれた団員達に笑顔を見せると、ジーク達選抜メンバーと共に穴の奥へと走り出す。
その前にふと後ろを振り返ると、拠点の入り口で結晶猪の背中に乗った幼子がこちらに手を振っているのが見えた。
「……ハハッ!」
全身にやる気が満ちる。これが子を持つ親の気持ちというものなのだろうか。
ジークが聞いたら真顔で「いや、違うから」と言いそうな事を考えながら、俺は三叉槍を構え吶喊する。
狼や普通の猪など様々な獣が、穴の中に現れる森の奥から襲いかかってくるが、槍を振るい全てを蹴散らした。
「今日はやけに調子がいいじゃねぇか!団長さんよ!」
「ああ!今なら竜だって殺せるさ!!」
「本物の『竜殺し』が言うと説得力が違うなぁ全く!!」
入り口付近の死骸は放置する。これが魔獣のものであれば細心の注意を払って処理しなければならないのだが、コイツらはただの獣。そして俺達の獲物でもある。
後からやってくる団員達が処理する手筈となっているため、俺達は気にせずに奥へ奥へと進んでいく。
大穴へと繋がる穴の入り口は全部で6つ。放射状に広がる洞窟の中で、最も最深部へ続いているとされているのがこの俺達が今走っている穴だ。
狼の爪牙を柄で弾き、上を向きがら空きとなった喉に突きを入れる。動脈を貫き、吹き出た返り血を浴びる前に前方に現れた熊に向けて蹴り飛ばせば、出会い頭に視界を塞ぐように狼をぶつけられた熊に致命的な隙が生まれた。
「ジーク!」
「─────ッ、セイッ!!」
『ガ、グァ……!?』
そこをジークの振るう槍が強襲する。
耳長族らしく弓と2本の短槍を操るジークはその体格には見合わない身軽な挙動で熊の喉笛を切り裂くと、止めとばかりにすれ違いざま後頭部を貫いた。
ビク、と一つ大きく体を痙攣させた熊は、そのまま崩れ落ちる。狼の死骸にも最低限の傷跡以外に損傷は見当たらない。手早く血抜きを済ませれば上質な毛皮と肉が取れるだろう。
それぞれの得物に付着した血を振るい落としながら、ジークは訝しむ様な表情で呟いた。
「オッジ、やはりこの先に何かいるぞ。ここまで連続して襲われるのは久し振りだ」
「奇遇だなジーク、俺も同じ事を思っていた」
他の団員たちが熊や狼の死骸を縄で吊り上げ、血抜きをしていく気配を背後に感じながら、俺とジークは周囲に視線を油断無く走らせる。
動物たちが慌てて逃げ出したのか、少し荒れた様子の獣道に、なぎ倒された木々や枝。地面に落ちて潰れてしまった果実を惜しむ様に見ると、そこに何かキラリと光るものを発見した。
「……これは……?」
「ッ、オイオイ、嘘だろ……」
砕けた翡翠の様な淡い緑色の結晶。それを見た俺とジークは、その結晶が何の物であるかを理解し、思わず顔を引つらせた。
「だ、団長!ジークさん!」
「ジェイド、どうした!?」
「この森に大型の結晶猪の捕食痕があります!!」
「ッ!!」
次いで団員の一人から告げられたその言葉に、俺とジークは自分たちが陥っているこの状況が最悪のものである事を完全に理解した。
結晶猪の成体。
武器を作り、万全の体制を整えて初めて竜殺しを成し得る人類とは違い、己の肉体と能力のみで竜殺しをやってのける、正真正銘の怪物。
魔獣が現れる前は竜の次点とされる程に格の高い準最強の魔物が、この奥にいる事が証明されてしまったからだ。
「なあ、拠点にいるアイツみたいな大人しい個体な可能性は……いや、ないな。これは無い」
自分で言っておきながら、自ら首を振って否定するジーク。そう言って諦めたような表情を一瞬浮かべた彼は、即座に表情を一変。普段の狩りでは見せることの無い修羅のような表情を浮かべ、背中に担いでいた兵器を構えた。
それに続き、俺と他の団員達も次々と装備を整え、迎撃体制をとる。
─────地響きは、もうすぐそこまで迫っていた。
「グ、オオオオォォォォッ!!!」
先に動いたのは、ジーク。
目にも止まらぬ速さで地面を蹴り砕くと、その踏み込みの力を全て変換した凄まじい速さで奥から姿を表した巨大な影に吶喊する。
その手に構えられているのは、漆黒の巨大な突撃槍。
成人男性二人分はあろうかと言うその長大な槍の重量を微塵も感じさせない素早さで突き出したジークと影は、その勢いを一切殺さぬまま高速で衝突した。
衝撃、爆発。
槍で突いた音とは到底思えない様な重量感のある爆発音が鳴り響き、洞窟内の空気を音の域を軽々と超える程の振幅で揺らす。
頬を叩くほどの衝撃波に枯れ草と砂が舞い上がり、一瞬視界を塞いだ。
そして即座にそれらを切払い、視界を確保した俺達の前に現れたのは、あまりにも絶望的な光景だった。
「ハッ……ハハッ、嘘だろオイ……」
『ヴルルァ……!!』
「ガッ、ギ、ィ!?」
「ジーク!!」
無傷。
槍に仕込まれた特殊機構によって衝撃を生み、突いた標的を「砕き貫く」という射出型突撃槍。
その過剰とも言える殺傷力から国家間で人体への使用が禁止された文字通り規格外兵装の一撃を、ヤツは痛痒にも感じない様子で耐えてみせた。
お返しとばかりに振るわれた結晶の腕がジークを強かに打ち据え、呻いた彼は砲弾のような勢いでこちらに吹き飛ばされてきた。
「クッ……不味い、不味いぞ……」
ガリガリと自分の中の冷静さが音を立てて削れていく。
『ル゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!!』
洞窟を揺るがす咆哮。
蒼い絶望に包まれた獣が、俺達の前に立ち塞がった。
親猪「(あの馬鹿息子どこ行ったァァァアアア!!!)」




