僕と猪と不思議な洞窟
人生初一次創作なので初投稿です。
よろしくお願いします。
眩しさを感じて目を覚ました。
瞼の裏でも感じる明るさに、むぐぐと呻きつつも目を開く。むず痒さを感じてゴシゴシと手の甲を使い目を擦るのは、僕の寝起きの悪い癖だ。
いい加減にどうにかしたいと思っているのだけれど、これが中々治らない。痒い所に手が届く快感を享受しながらあくびと共に目を開くと、ようやく見慣れ始めた光景が目の前に広がった。
「くぁ……はふ……」
まず目に入るのは、視界一面の緑。
光に照らされて艶を纏う木々や草が濃淡鮮やかな緑色のグラデーションを描いている。
その中にアクセントとして散りばめられているのは、赤や青、紫から黄色まで多種多様な色を身に纏っている花々や果実たち。
あくびと共にやって来た涙で滲む視界には、そんな自然豊かな景色が広がっていた。
僕が寝転がっていたのは、そんな森の中でも一番大きな木の下。暖かな木漏れ日が差し込む日陰にはふさふさの柔らかい草が生えていて、寝床代わりに寝転がるのに丁度よいのだ。
ごろんと寝返りを打つと、視界が動いて上を向く。視界の左端を占領しているのは、僕に寝床を提供してくれている大きな木。どんな種類の木なのかは分からなかったけれども、所々がステンドグラスの様に薄く透けている不思議な葉っぱが生い茂っている。
その透けている部分の向こう側から差し込むのは、薄く青白い色に染まった穏やかな光。光量は十分すぎるほどのそれは、実は太陽の光ではない。
『ブモ、ブモ』
「あ、おはよう」
僕の手元には人類の技術の結晶たるスマートフォンは無い。それどころか、文化の象徴である衣服すら僕は纏っていない。
正真正銘生まれたままの姿。もうちょっと幼い言い方をすればすっぽんぽんだ。
そんな訳で何をするでも無く、ぼーっと風にそよぐ葉っぱを見つめていると、僕の頭に生暖かい空気とくすぐったい感触がやって来た。
視線をそちらに向けると、思った通りの相手がそこに佇んでいた。
『ブモ』
「ありがとー」
よいしょ、と勢いを付けて立ち上がると、近づいて来た彼(彼女かも?)が口に咥えていた果実を差し出した。
お礼を言いながら鮮やかなオレンジ色のそれを受け取ると、手で剥けるほどに柔らかい皮をめりめりと剥いて、中に入っている果肉を取り出す。
柑橘類特有の甘酸っぱい香りを漂わせる房状の果肉を数個ほど取ると、手のひらに乗せて彼の口元に差し出した。
「はい、どうぞ」
『モブブモ』
喜んだ様子で数回ブモッと鳴いた彼は、僕の手のひらに口を押し付けてもぐもぐと果肉を食べ始めた。時折手のひらを掠める舌の感触とごわごわとした毛の擽ったさにくすくすと笑いながらも彼の体に視線を走らせる。
ゴツゴツとした筋肉に包まれた大きな体。
背中には透明な謎の結晶のような物が生えていて、薄ぼんやりと光が灯っているように見える。
四肢は少し短めで、強靭そうな筋肉を纏うそれらの先は背中の結晶にも似た透明な蹄が生えていた。
口の端から生える太い牙も同じく透明で、僕の手から果実を食べるその口にはすり鉢のような結晶の歯がちらちらと見え隠れしていた。
─────結晶を生やした猪。それが今僕の目の前にいる生き物の見た目であった。
『モブン』
「えへへ、くすぐったい」
最初はその威圧感溢れる顔や、地球の生物としてあり得ない特異な姿から泣き叫んで逃げ出した僕だけれども、こうしてご飯を分け合うようになった今ではすっかり仲良しさんだ。
食べ終わった後にペロンと僕の手を一舐めした猪に笑いかけながら、僕も残りの果肉に齧りつく。
房の中にある粒状の果肉のいくらのようなプチプチとした食感と、噛んだそばから溢れ出る果汁のほんのりとした甘味と程よい酸味がマッチしてとても美味しいのだ。
房を包む皮も、味こそしないもののしっかりと食べられるので美味しくいただく。ただ種は固くて食べられないので皮の上にぺっ、と吐き出した。
一個目の果実を食べ終わると、どこからか同じ実をもう一個持ってきた猪からそれを受け取り、一個目と同じように分け合って食べる。
それを何回か繰り返してお腹いっぱい食べ終わると、猪が掘ってくれた穴の中に皮と種を捨てて埋める。ポンポンと埋めた場所を手で叩いてから、なんとなく「また美味しい実がなりますように」と念を込めてみた。
もしかしたら埋めた種が芽吹いて木が育ち、実がなるかもしれない。そうなるまでに何年かかるのかは分からないが、後々役に立つ可能性があるのなら気休め程度とはいえやる価値はあるだろう。
─────僕が日本に、いや元の世界に戻れるのかどうかは、誰にも分からないのだから。
視線を上に向ける。
青白い光を僕たちに注いでいるのは太陽の浮かぶ青空では無い。
僕たちがいる場所は、果てもあれば壁もある、天井だって存在する洞窟の中であった。
それでいて草木が生えているのは、もちろん光が天井から降り注いでいるからだけれども、その光の正体だって当然天井の割れ目などから差し込む太陽の光ではない。
そもそもこの洞窟の入り口がどこにあるのか僕には分からないし、山の中か地下深くか、とにかくこの場所は空からはかなり遠い場所のはずだ。
そして光の正体は、かなりの高さを誇る天井を埋め尽くすように生い茂る苔と、その苔の海から突き出すように生えている結晶から漏れ出る光だ。
こんな景色、日本ではあり得ない。いや、地球上のどこであってもこんな景色お目にかかる事は出来ないだろう。
それに、と木の幹に凭れるように座った僕は、その隣に腰を降ろした猪を見た。体中から結晶を生やした猪など、生物学的におかしい存在だ。
僕のあげた果肉以外にも何か食べてきたのだろう猪は、僕の隣に陣取ると眠たげに目を閉じ、しばらくするとフガフガと寝息のようなものをたて始めていた。
「……ここはどこなんだろうね?」
『フガガ……グゴッ、フガッ……ブモモ……』
「……ふすっ」
猪に問いかけるけれど、彼は僕が少し心配になる音量のいびきをかき続けるばかりで答えてはくれない。その呑気な表情を見ていると、なんだか笑えてきた。
─────分からない。
気が付いたらこの森のような洞窟の中にいて、気が付いたらこの変な猪に食べ物を持ってきてもらう謎の関係になっていたのだ。
別に僕はこの猪となにかした訳でもないし、この猪に認められるような何かを成した訳でもない。
本当にいつの間にか、この不思議な世界に放り込まれていたのだ。
不安はある。
というよりも不安しかない。
幸いな事にこの洞窟の森には食べ物がいっぱいあるのか、僕と猪が不思議な共同生活を始めて一週間ほど経った今でも毎日三食十分な量を食べることが出来ている。
まあ、贅沢を言えばお米とかパンとか、取り敢えず果物以外の料理が食べたいところだけど、それが出来ないことは理解している。下手に火を扱って山火事みたいになったら大事だしね。
けれども、いつまでこの食べ物が食べられるのかは分からないし、そもそも猪が本当に僕の味方なのかはまだ分からない。
もしかしたらヘンゼルとグレーテルの魔女よろしく僕の事を太らせて食べる気なのかもしれないし。……まあ、これまでの僕に対する態度からすると猪はそんなことは考えていないだろうけど、もしかしたらという疑いは持っておいたほうが良い。
もしそうなった時、辛くないからね。
「……ちくちくする」
ぽすん、と猪の背中に体を預けると、そこそこ固い毛が肌を刺激して擽ったかった。擽ったさに堪えながら目を閉じると、感じるのは猪の体温とその体を巡っているのであろう血の流れる音。
それは、たとえ相手が敵か味方か分からない存在であっても僕が一人じゃない事を教えてくれた。
自分の名前も思い出も、「自分」という存在について何も思い出せない僕が、決して一人なのではないということを。
「おやすみ」
『……ブモモモ、ブヒュルルル……』
「……へんなねいき」
とりあえず、今はこの猪と同じように二度寝をしよう。
やることもあまり無いし、彼と離れて危ない目に遭うのも嫌だし。ただでさえこんな体なのだ。もし猪の他に僕に敵意を抱いている生き物がいたらひとたまりもない。
絶対に帰るのだ。
日本に、元の世界に。
そうすれば、きっと思い出せるはず。
暖かい光に包まれて、僕の意識もだんだんとあやふやになっていく。
やがて、僕の意識は深い眠りへと落ちていった。
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