とある男――さいごの記憶
家紋武範さま主催――『看板短編企画』に投稿した短編作品です。
今回初めての短編でありますが、つたないかもしれません。そして最初の短編ですが物語の都合上重苦しい展開でもあり、終始シリアスな展開となっています。ご了承ください。
これは……、今から何百年も前のお話。
この時代にとってその世界は今のような世界でもあり、とある一部からしてみればこれを見て過去のように聞こえるかもしれない。実際のところ――これは、過去の話だ。
この過去は語るに越したことがないものであり、この物語に出る登場人物はいずれ、風化してしまうという儚く、そして無慈悲にも聞こえてしまう悲しい存在。過去の存在であり、その偉業を成し得なかった哀れな男の記憶。
今から語るは――そんな男の……、哀れにも偉業を成し得ようとして成し得なかった男の……、さいごの記憶である。
※ ※
風が吹いている。
青い空、白い雲がちらちらと魚の鱗の如く浮遊している比較的快晴のような空。そしてさんさんと辺りを照らす大きくて温かい太陽。
その太陽の光を栄養にしてか、周り一体に拡散をするように広がっている緑色の草木達が、その太陽の光を浴びながら変則的に来る風に身を任せ、ゆらりゆらりと揺れながらその風の恩恵を受けている。
草木達の他にも、辺りに咲き乱れる赤や黄色、オレンジに白、赤と白の花達もその風に身を任せ、ゆらゆらと揺れながら温かく、かすかに涼しいその風の恩恵を受け、辺りに草特有の子守唄を奏でていた。
草木と共に水の流れる様な音が聞こえそうな空間。爽やかとも感じられそうな空間。一見して見ればこんな空間でピクニックをするのも悪くないかもしれない。
だが……、そのような余裕は、この国には現在備わっていない。
どころかそんなことをするよりも、今は目の前のことを優先にしないといけないくらい、この世界の者達は必死になっていた。
そう――この世界を覆う闇を、今すぐにでも打ち払いたい。一秒でも早くこの国に平和をもたらしたいから、この国の人々は今もなお戦い続けている。
戦い続け、傷つき、倒れ、志半ばに力尽きたとしても、その遺志を戦友達に引き継がせる。引き継ぎ、受け継いだと同時に彼等は戦う。
この世界を覆う闇を……、打ち払うために。
「………………………」
そんなことを思いながら、そんなことを考えても、もう遅い事なのにと思いながらも、その草原の近くにある岩を背にしてよりかかっている男は考えを巡らせていた。
ひゅーひゅーと途切れる様な荒い息使いと同時に込み上げてくる吐き気。体中から響き渡る鈍痛に脳からの危険信号。その危険信号の前触れなのか、視界がぼやけ、体中が熱いにも関わらず寒気を感じてしまう。
(なんだ……? これは……。なんで、こんなに熱く感じるのに、寒いんだ……? まるで、白の大地の亀裂にいる様な感覚だ……)
(こんな感覚……、久しぶりだな。あの時、そうだ。そう言えばバルタの奴……、図体がデカいわりにあの時ばかりは腰を抜かして、弱音を吐いていやがったな……。そのことに関して、ギーナがブチ切れて、俺も仲裁に入るたんびに大怪我をしていたっけ……)
(はは……、そんなこともあったな……。なぁ。バルタ。ギーナ)
「は……、はは…………。がふっ!」
男は思い出す。いつぞやか、この世界がまだ闇に染まってない時に旅をしていた楽しい記憶を思い返しながら、彼はくくっと喉を鳴らしてその時の思い出に浸る。
浸ろうとして、喉を鳴らしながら笑みを零す男。
笑みを作ろうとした瞬間、動かした唇の皮が渇いていたのか、音のない裂けるそれを『パキ……』と発し、その発しと同時に唇に微痛を生じさせる。それと同時に男は喉の奥からこみ上げてくる鉄の味のそれを口から零し、それと同時に己の体を丸めながらえづきを繰り返す。
咳込むと同時に零れる大量の生命の泉。
咳込みの衝動が収まると同時に男は荒い息遣いで無意識に口元に添えていた右掌を見ると、そこには大量の赤。
赤は彼の周りにも広がっており、草の先や草全体。そして白い花や黄色い花にもそれが付着し、辺り一面凄惨な現場が広がっていた。
なぜこんな状態になっているのかって?
当たり前だ。なにせ男は今現在――体中が傷まみれで、左手、そして両足が動けない状態でここまで這って来たのだ。すでに満身創痍と言っても過言ではない。体中も激痛で気が気でなくなる。傷だらけの体であれば、大の大人であろうとその痛みで叫んでしまうのが男はそんなことをしない。むしろ余裕のあるような雰囲気で喉を鳴らして笑っていた。
はたから見れば、まだ大丈夫に見えるかもしれない。
だが、男はそんな痛みを感じることができない。いいや――むしろ麻痺しているといえばいいのかもしれない。なにせ――男はもう……。
長くないのだから。
「………………………はぁ」
男はせき込みが収まると、落ち着きを取り戻すような息を零すと同時に、再度岩にもたれかかる。再度己の思い出を思い返しながら、彼は空の世界がどんどんと水色になるその世界を見上げて、こんなことを思っていた。
憎々しげに、こんな時に限っての苛立ちを剥き出しにしながら……。
(くそ……っ。あぁ、空がどんどんと白くなっていく。視界がどんどん見えなくなっていく……。こんなにも俺って呆気なかったのかな……? 戦う前まではあんなに意気込んでいたのに……、結果こんなことになって……。バルタやギーナの静止を振り払った結果……二人共……、あの野郎の一部になって……、それで、それで……っ)
「………………………っ!」
男は歯を食いしばり、唯一動ける右手を強く握り、そのまま彼は己の横を殴りつける。どすんっ! という音と共に、男は舌打ちを零し、岩を背にしながら項垂れ、そして悔やむ。
悔やむといっても、今悔やんだといって何もかもが元に戻る様な奇跡は起きない。悔やんだからと言って……、もう彼の隣にいたギーナも、バルタも――もう戻ってこないのだ。
悔やんでも、悔やんでも、悔やんでも悔やんでも悔やんでも、悔やみきれない後悔。
その後悔を、己の自己満と言う選択のせいでこうなってしまった現実を重く受け、男は嗚咽を吐きながら項垂れる。
どうせなら――自分が犠牲になればよかった……。そう思いながら……。
そんな時、彼の正面から草木が踏まれるような音が鼓膜を揺らした。
かさり。
という音が耳を通り、鼓膜を揺らすと同時に、脳内に情報として入ってくるフィルター越しの音。その音を聞いた男は後悔と言う名の自責の念から一瞬現実に引き戻され、すぐに音が聞こえた目の前を見る。
見た瞬間、男ははっと声を零し、その零しと同時に目の前にいるであろうそれを見つめた。
今まで見開くこともできなかったその目に、奇跡的に力が入ったかのような見開きと同時に、彼は朧げな視界の中でその光景を焼き付ける。
自分の目の前にいるそれは――人物であり、朧気で輪郭もぐにゃぐにゃしているが灰色に見える輪郭で、ところどころに見える紫のそれを見て、男は今自分の目の前にいる人物が鎧を着た人物であることを理解すると同時に、男は「………………………っは」っと、渇いた笑みのような吐息を零した。
その吐息を零した後で、男は上げた頭を再度下に向けて落とし、その後で男は言った。
今自分の目の前にいる――鎧の男に向けて。
「まさか、さいごの光景があんただとはな……。一度拝みたいって思っていたあんたに、こうして出会えるとは、思っても見なかった……。いやぁ……、さいごのさいごで、運がいいことだ……」
男は言う。自嘲気味にも聞こえる様な音色で、いいや……、男の言う通り、さいごのさいごで幸運のような出来事が起きたことに、男は心なしか、嬉しさを噛みしめ、真っ白い素肌を目の前にいる鎧の男に向けながら零した。
男の言葉を聞いていた鎧の男は、男の言葉に耳を傾けるように無言を徹し、立ったまま男のことを見降ろすと、鎧の男は男の言葉が終わると同時に声を掛けた。
ゆらゆらと動き、自分に向けて声を掛ける鎧の男。その行動から見ると、焦りを浮かべているようだ。
だが、男の耳にもとうとう異常をきたしたのか、フィルターの厚みが増し、それと同時に声も聞き取りずらくなる。微かにしか聞こえない鎧の男の声。しかし、それでも男は理解できた。
鎧の男は聞いているのだ。自分に向けて――何者なのかと。そして己の安否を聞いて来ている。
その言葉を聞きながら、男はなぜなのだろうか……、心から安堵のそれが零れる様な、安心感と心地よさを感じてしまう。己の命がもう長くないからか、もう尽きかけているのか。それとも人に出会えたという安心で緊張の糸が切れてしまったのか。それは分からない。
だが、男は思った。
それでもいいか。と――
もう自分は長くない。何をやったとしても、もうだめだろうと……。
そう思いながら男はどんどんとぼやけがひどくなる鎧の男のことを見上げ、抱えようとしてきた男の行動を制するように唯一動かせる手で静止の合図を掛ける。
すっ――と、流れる様に、そして重くなっていく体とは正反対に、緩やかに動かしながら……。
その行動を見てか、鎧の男は驚きのそれを浮かべているのか……、抱えようとしていたその手が一瞬止まる。
その光景を霞がかる視界の中で見ていた男は、静止のそれを掲げていた右手を、突然力を失ってしまった人形の手のように草木のクッションに向けて力なく落とし、手の甲に感じる草木の感触を体感しながら、男は言った。
鎧の男に向けて――男は言ったのだ。
「なぁ……。聞いてくれねえか? 俺の独り言を……、聞いてほしいんだ。まぁ、こんな男の独り言なんて、いずれ忘れちまうだろうけど……」
いいか?
その言葉を零す男。今にも死にそうなか細い音色で言う男の言葉に対し、目の前にいる鎧の男は一瞬だけ体をよろけさせたが、すぐに頭の場所でもあるその箇所を大きく動かす。
まるで、頷くようなそれで――だ。
その頷きを見て、男は小さな声で「ありがとうな……」と鎧の男に向けて礼を述べると、男はどんどんと視界も、聴覚も正常ではなくなるような感覚に陥りながら、どんどんと自分の体が自分の体ではなくなるようなそれを感じ、恐怖さえも覚える様な状況の中――男はそっと上を見上げ……、霞んでいく空を見上げながら男は言った。
彼にとって――さいごの独り言となるそれを。
※ ※
彼はこの国の出身ではないが、とある国では優秀な剣士だった。
男の出身国は魔法国家――ヌゥークルディレル帝国で、彼の他に二人の仲間がいた。
重魔導騎士バルタと、天才魔導士のギーナと共にこの国に――アズールに来て、自分達の願いを叶えるために受けたのが、『極』クエスト。
彼等はそこそこ名があるチームで蟻、腕に自信があった。だから倒せると思っていた。
アズールを脅かす闇を、倒せると思っていた。
どんな相手であろうとも自分達なら倒せる。三人手を取り合えば倒せる。そうすればこの国の勇者になれると思っていた。
そう……、全部うまくいくと思っていた。
だが、思い上がりだった。
彼らのチームはアズールの闇に呆気なくやられてしまった、
一瞬の内に、バルタとギーナもやられてしまった。彼も四肢の感覚がなくなってしまい、目も見えなくなり、体の寒暖の感覚も無くなってしまった。
一瞬の内にすべてが無くなった。奪われた。
こんな理不尽に対し、己の半生を思い出しながら、男は小さく呟いた。
畜生。と――
「ちくしょう…………。ま、まだ……、ばかさわぎしたかった……っ」
男は言う。
「バルタとギーナと一緒に、いっぱいいっぱいぼうけんしたかった」
口腔内に広がる何かを感じながら。
「さけ……、のみたかった……っ。ぎーなのはれぶたい、みたかった。ばるたのむすこさん……、あいたかった」
どんどん思い出していく記憶の数々を思い返しながら。
「もっと、かんがえてこうどうすれば、こうならなかった…………」
二人の最期の瞬間を思い出し――後悔しながら。
「もっと、もっと…………」
生きたかった。
そう男は零した。独り言の音色に水が含まれはじめ、もう思い残すことはないと思い始めたとしても、結局自分の中にどんどんと膨れ上がっていく未練。
その未練はどれも――仲間との思い出で積み重なってきた、やりたいこと、もう一度やりたいこと。
そして……、後悔と願い。
死にたくない。生きたい。
その願いを口にし、鎧の男に向けて零した男は、大粒の涙を流し、青い空を見上げながら嗚咽を吐き捨てていく。
もう戻れないであろうあの時の時間を思い返し、もう未練はないと思っていたその時に来る新しい未練を芽生えさせ、死にたくない。まだ生きたいと願った男であったが、現実はそう甘くはなく、男の視界がどんどんと白くなり、意識も持って行かれそうな感覚に陥る。
持って行かれる。
それがどこなのかなど……、言わなくてもいいだろう。
その幾先に関して、男は理解している。そしてそれは、揺るぎない現実になっていることにも。
「………………………さいごに……、あんたのきおくに、おれのなをきざんでくれ……。しにたくねぇけど……、どうやらおむかえがきそうだ……。だから、おれがたたかったけっかを………きざんで、くれ」
「………………………」
男は言う。かすれるような小さな小さな声で、男は鎧の男に向けて、己の名を記憶に刻んでほしいと願うと、その言葉を聞いて、鎧の男は一瞬黙ってしまったが、それでも鎧の男は、男に向けて言う。
肯定のその言葉を――
「ああ。覚える。言ってくれ。名乗ってほしい。貴様の名を――」
鎧の男は言った。凛としている音色で、男の耳にもはっきりと聞こえる様な音色で言うと、それを聞いた男は見えない視界であろうと、声を聞いて見開かれる驚いた顔を浮かべて鎧の男がいるであろうその方向を見つめると……、男は「は」とかすれるような渇いた笑みを浮かべ、その笑みのまま男は言った。
己の命が尽きるその瞬間、男は鎧の男に向けて名乗る。
「あ、あり、が、とう、な。お、れの……、な、は。あ、しゅる。い、ずれ………、この、く、にの……ゆ、う……し」
…………………………………………。
その言葉と同時に、男は空を見上げたまま言葉を切った。
穏やかな表情のまま、男はその言葉を――最期の言葉として、鎧の男に伝え、二人の元へと旅立つ。
「………………………アッシュル……。いずれ、この国の勇者になる男、か」
男――アッシュルの言葉を聞き、そのあと言うはずであったその言葉を想像で言った鎧の男は、アッシュルに歩み寄り、彼の目の前でそっとしゃがむと、アッシュルの体をゆっくりと、傷つけないように横にし、その場で鎧の男はアッシュルの目の前で祈りを捧げる。
どうか――彼が二人の元に行けることを、心の底から願いながら……。
◆ ◆
これは、この国――アズールの世界が混沌に満ち溢れていたころのお話。
それから数百年後に来るであろう浄化の力を持った少女が出会う前のお話。
男――アッシュルが出会った鎧の男は彼のことを弔い、そして墓を作りその場所から離れた後も、彼の名を忘れることはなかった。そして彼の仲間の名も、決して忘れることはない。
これからもずっと――彼等と言う存在を忘れない。自分達が負けてしまったせいで犠牲になってしまった。それでも勇敢に戦った彼等の雄姿を、決して忘れない。
そう心に誓い、彼等の名を刻んだ空っぽの記憶の中……、『地獄の武神』は歩む。
いずれ……、この世界を救えるその時まで、歩き続ける。
ご閲覧ありがとうございます!
この短編は『HELL KNIGHT Ж《最強騎士と回復チートの浄化冒険禄》Ж』の外伝となっています。読んでいただき光栄です。ありがとうございます!