-2-《 メチラリル 》
ロッセルは執務室で頭を抱えていた。
「調子は戻ったか?」
「いや……ああ、だいぶ良くなった。」
シドに嘘をついたところで何にもならない。より重要なのはミャーグの戦場に向けて作戦を考えることだ。
「それにしても呪術とはな。お前さんにはまだきつかったか。」
「そんなじゃねえよ。」
「自分に無理するな。メードさんの仇なんだ。俺だって辛い。」
「シドは親父の一番弟子だったもんな。」
「それに比べてお前さんは、な。」
「言うな。どうせ俺は問題児だ。」
ロッセルの親のメードは掃除屋の後継者を育成していた。その一人がロッセルであり、その一人がシドであった。シラやシェードも一時期メードから教えを乞うていた時があった。掃除屋はメードが一人から始め、最盛期には最強と言われ、メンバーも数百人を超えている。
そして最盛期の真っ只中、メードはメチラリルとは異なる呪術国家の戦場で命を落とした。『我々は神出鬼没であり、敗北を悟られてはならない』、これは掃除屋の使命の一つだ。『戦場を駆け、儚く散る命の数を減らせ』とは掃除屋の至上命令であるが、それに次ぐのが敗北を悟られてはならないという使命である。すぐに掃除屋はメードの遺体を回収し、戦場を荒らして去った。
後継者を決めていなかったため、メードの一人息子であったロッセルが後継者となった。当初はシドを後継者として擁立する者もいたが、シド本人がそれを断ったことで自然と終息した。
「親父の仇か。」
「無駄な事は考えるなよ。」
「それは当然だ。俺達にそれは許されない。考えているのはただ一つ戦場を傷つけずに抑え込む方法。」
「流石だな。俺は邪魔になるから去っておこう。それから一つ言わせてくれ。俺はお前さんを問題児とは思っていない。メードさんも気付いていたが、お前さんは何かを隠しているだろう?」
「……」
「言わなくても良い。多分言わなくても良い事なんだろう。お前さんが判断したことだ。話せる時が来たら話してくれ。それより良い作戦待ってるからな。」
シドは手を振りながら執務室を去っていった。それと入れ違いにレリルが入ってくる。
「お茶、どうぞ。」
「熱いやつなら飲まねえぞ。」
「熱くないですよ。」
ロッセルは湯呑を見る。確かに湯気は出ていない。安心して口を付けた。
「冷たっ!!!!! 何だ、これ!!!」
唇が凍りそうなほどに冷たいお茶。ロッセルは驚いて、湯呑を投げる。素早くレリルはキャッチする。
「はぁぁ……。お前は随一で機動力があるんだよなあ。……機動力?」
ロッセルは何か閃くものがあった。レリルや再び机に置かれた湯呑には目もくれずに執務室を出た。ホールを抜けて、掃除屋のメンバーがたむろしている中庭も抜けた。掃除屋のメンバーはロッセルを見て慌てるが、ロッセルは気付いた様子はない。そのまま速足で小屋に入った。
「ん……ここは飼育小屋じゃないか。そう言えば新しく竜の子供が生まれたって言ってたな。」
「ロッセル!」
誰かがロッセルの名前を呼ぶ。ロッセルは振り返った。飼育小屋の入り口に竜を連れて入ってくる男が居た。
「ああ、ゾイ! 竜の子供が生まれたって言ってたよな。見せてくれるか?」
「良いよー! こっち来て。」
竜を連れたままゾイは飼育小屋の奥へ進んでいった。飼育小屋は奥へ行くほど巨大な生き物、つまり竜などがいる所になる。ゾイが連れていたのは若くはないが、老年でもない竜。一番言う事を聞くのがこの世代なのである。その竜を戻し、ゾイは一番奥へと案内した。
「おお! これが子供か!」
最も奥、つまり掃除屋が所有する最も強い生き物。【炎竜】である。炎竜の子供は咳をするように炎を吐いていた。ロッセルはゾイに勧められて頭を撫でる。炎竜の子供はキャッキャッと笑った。無邪気である。
「そこまでにしてて。炎竜の子供は撫ですぎると甘えてきて、甘噛みするけど腕が噛み千切られるから。」
ロッセルは勢いよく腕を戻す。炎竜の子供は口を開けて鋭い牙を見せていた。炎竜の牙には毒がついている。触れただけでも腐食する。
「それより聞いてくれ。次回の戦場だが、炎竜に巨大なケージを持ってもらいたいんだが。」
「えっ……?? どういうこと?」
「とにかく今から作戦会議をする。ゾイも来てくれ。」
「えっ、ええっ? 僕が!?」
「良いから!」
ロッセルはゾイを連れて、ホールへと戻った。シドとすれ違う。
「おっ、ロッセル。何か浮かんだか? それにゾイもどうした?」
「やあ、シド。ロッセルが作戦会議に参加してくれって。」
「何か浮かんだんだな。」
「ああ。呼んできてくれるか?」
「分かった、すぐに集めよう。」
しばらくして再びホールに主要なメンバーが集まる。レリル、ゾイも居る。ゾイは良いが、レリルがここにいる理由がロッセルには分からなかった。それにレリルはロッセルにお茶を勧めてくる。そろそろ冬になる時期に凍ったお茶を飲む気力がロッセルには無かった。
「さっきは一度解散してしまい、すまない。気が立っていた。」
頭を下げる。ロッセルのいつもの生意気な態度は治らないものの、しっかりと謝罪する態度に主要メンバーは驚いたようだ。
「ロッセルが集まる必要はない。呪術は俺達全員にとって忌まわしいものなんだ。」
「そう言ってくれるとありがたい。だが、今回は俺が悪かった。それで改めて作戦を話していきたいと思う。」
ロッセルは皆の前にゾイを出す。
「皆知っていると思うが、飼育小屋を任せているゾイだ。今回の作戦には炎竜を使う。」
ホールに再び緊張が走る。
「それは使命に反する!」
「待ってくれ、ウェーズ。炎竜は攻撃に使うんじゃない。呪術の生贄になる奴隷を助けるためだ。」
ウェーズが殴り掛かりそうな剣幕で突っ掛かってくる。慌ててロッセルは付け加えた。そこまで言うと、納得した様子で下がっていった。一安心する。
「メチラリル側はそれで戦闘を止める。ケラスラは単純な兵の強い戦闘国家だ。弱毒で戦闘不能にする。」
作戦を伝え終わると同時に主要メンバーは行動を開始する。掃除屋はかなりの規模であるため、ここに集まる十数人の主要メンバーがそれぞれの集団を率いて、作戦を果たすように行動する。詳細な作戦はそれぞれで決めていく。これまでもそうしていて、これからもそうしていく。
「じゃあシド。俺達も準備するぞ。」
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