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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

青は命の初心者マーク 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 む、こーらくんか。なにか質問があるかい?


 ――どうして「青二才」という言葉があるのに、「青一才」という言葉がないのか? 一才の方が未熟な感が出ていいのに?


 ほう、そこか。口ではともかく、字で書いてみると余計に目立つかな。

 この言葉、実は由来がいくつか存在する。「青」と「二才」に分解して見てみようか。


 まず「青」は未熟、始まりを意味する言葉だ。

 果実も熟さないうちは、緑色のことが多い。この緑は「青」に分類される。

 そして数百年前、人々の髪は「まげ」を結うことが多かった。その時に髪を剃って整えるんだが、剃ったばかりだとその跡が青く見える。これが若さを表すわけ。


 次に「二才」の由来。これも複数ある。

 ひとつは若者という意味がある「新背にいせ」という語がなまったもの。

 もうひとつは、ボラの稚魚を「二才魚」ということだ。ボラは出世魚で、成長と共に名前がどんどん変わる。そいつの子供の呼び名だから、未熟の象徴ってわけだ。

 若い、熟していないの二段重ねが、青二才なんだね。


 この青さ。往々にして大人たちの関心を集める。

 一度失ったら、戻せない。だが誰でも一度は確実に手にできる、素晴らしい武器だ。大切にしろと、先生たち大人は口をすっぱくしていう。

 でもね、これらはいずれも、いつかは無くなるべきものなんだ。

 ふむ、いまから時間はとれるかい? 少し、先生が体験した昔話を聞かせようか。

 


 こーらくんは、蒙古斑もうこはんを知っているだろうか?

 主に子供のおしりと背骨のつなぎめあたりにできている、青黒い斑点のことだ。モンゴロイドには高い確率で現れ、ほとんどが10歳未満で姿を消す。

 だが数パーセントの人はその後も残るらしい。文字通りケツが青い奴というわけだな。

 先生は中学生の頃、学校の水泳の授業で着替える時、たまたま蒙古斑が残っている友達を見かけた。周りにいるみんなもそれに気がついて、ちょっとしたネタとなったが、直後の水泳の時間で先生は妙なことに気がつく。


 先生はふとプールに浮かぶばんそうこうを見つける。市販のものより横幅が少し長いが、それ以上に気になったのがパッド部分の色だ。

 患部にくっつくパッド部分は、たいていが白色。もしくはその傷からにじんでくるもので、赤なり黄色なりに染まっているはずだろ?


 だが、そのばんそうこうは真っ青だった。先生の学校のプールは、底や水面下にあたる内側の壁が水色に塗られているが、その上を行く濃さをパッドはたたえている。

 心なしか更衣室で見た、友達の蒙古斑の色にそっくりなような……。


「あ、返して、返して」



 水の中からぐわっと飛び出てきたのは、件の友達だった。先ほどまでプールの中央にいたのに、わざわざ潜ってきたらしい。

 さっと先生の手からばんそうこうを奪い、また水の中へ潜り込んだ。水面越しで見るに、わざわざ水着の中へ手を突っ込み、ばんそうこうを貼り付けているようだった。


 ――そんな濡れ濡れのヤツ、もはやくっつかんだろ。


 そう思うも、また更衣室で着替えるとき、彼の尻にはしっかりと蒙古斑が浮かんでいる。

 実際、手に取った上でよく見た先生には分かったよ。それが肌に溶け込むような色をした、ばんそうこう貼り付けの賜物なんだってさ。



 帰り際、先生は彼を捕まえて、事情を尋ねてみる。ケガか何かをしているのかってね。

 彼は少し困ったような顔をしたけど、やがて先生に告げる。こいつは自分自身にとって、おまじないのようなものだと。


「青は命の初心者マーク。こいつを貼り付けていると、自然が守ってくれるんだ。人間同士のいさかいとかだと、効果ないけどね。

 今度さ、自然が自分に牙向くようなことがあったら、試してごらんよ。油絵の具をたっぷり塗りつけてさ」


 やけに自信満々に語る友達。聞いた時こそまゆつばものだったが、この手のおまじないはひっそり試してみたいと思う年頃だった。

 家にあるものを使うと、バレかねない。先生は自前でばんそうこうを買って、準備を進めた。知る限りで一番強力な接着力を誇るヤツだ。シール部分を軽くめくり、できるかぎり接着部をはがさないようにしながら、パッド部分に絵の具を塗りつけていく。

 パッドもある程度は水分を吸い取るようにできている。向こう側まで湿らせるのはちょこっと時間がかかったねえ。でもどうにか、ひと箱十個分のばんそうこうを用意できたんだ。



 はじめて力を試したのは、不意の土砂降りにみまわれた時だった。

 学校の帰り途中、いきなり降られた先生は手近な軒先へ避難する。ちょうど家と学校の中間地点あたり。かばんの中に折り畳み傘はないが、例のばんそうこうは入っている。


 ――あいつのいうことが本当なら、この俺を守って見せろよ。


 先生は心の中で挑発しつつ、ばんそうこうを手に取る。

 さすがに公衆の面前で尻をさらすわけにはいかない。身体は前を向いたまま、シールはがしも貼り付けも全部手探りで行う。通行人がこちらを向くたび、気取られるんじゃないかとひやひやしたけどね。

 そしてようやく、貼り付け完了。最後に何度かぐっぐっと押しつけて具合を確かめると、思い切って雨中へ踏み出したんだ。



 濡れない。

 目の前を斜めに流れる無数の雨たちは、風に乗って、絶え間なく地上へ叩きつけられている証拠。そこへ身体をさらしたならば、たちまちバケツに浸した雑巾のように、水気と重さが取り付いてくるはず。

 ことによれば目を叩き、鼻へ入り、まともに前を見ることさえ許さないだろう勢いだった。

 それがみじんも感じない。よく見てみると、雨たちは先生の服や体に当たった端から、石像にぶつかったかのごとく、輪郭をなぞって滑り落ちていく。

 さすがにズボンを流れ落ちたものは、靴の底に溜まってしまうらしい。だが、それ以外では制服にも髪の毛の一本にも、水玉ひとつくっついていない。

「バリアだ」と先生は思った。極薄の幕を先生はまとい、雨粒をいなしていたんだ。

 これなら雨具いらずだぞと、先生は得意になって傘を差すみんなの間を縫って歩いて行く。

 常日頃、傘を邪魔くさく思っていたところだ。これからはこいつに頼るか、とも思いかけて、家まであと数百メートルまで近づいたときのこと。

 

 人通りがすっかり少なくなった背後で、ぱしゃんと一回だけ大きな音が立つ。ところどころ、すでに水たまりができている。それを踏むのは、別段おかしい話じゃないのだけど。

 先生は振り返った。軽くカーブを描く歩道。その百メートルほど先にぽつんと、ひとつだけたたずんでいる影がいる。

 先生とほぼ同じくらいの体格。視力には自信があった先生だが、顔や髪型はうかがいしれない。分かるのはそいつが黒ずくめであるということ。そして身体中から滝のような水を垂らしながら、微動だにしないということくらいだ。

 先生は少し見つめ返していたものの、「気味が悪いな」と踵を返す。


 ぱしゃん。


 数歩も歩かないうちに、また水音が立った。

 振り返る。道路には、あの影がひとつ。車や歩行者の姿はまたもなし。

 やはりあいつは動かない。だが先ほど見た時より、明らかにこちらとの距離を詰めていた。姿が大きくなっている。


 まさかと思い、振り返ってもう一歩。

 ぱしゃん。

 振り向いた。明らかにこちらの一歩以上に、距離を詰めているあいつがいた。

 すでに距離は30メートルを切っているだろう。なのに先生はまだ、あいつの姿を測りかねている。身体中から垂れ落ちる雨がなかったら、あいつの形に、ぽっかりと空へ穴が空いているようにしか思えない。


 ――追いつかれたら、まずい。


 先生は自分でも驚くほど、落ち着いていたよ。

 ちょうど怪異を求める年頃だったからね。いつかこんな日が来ると、待っていたからかもしれない。


 背を向けると、距離を詰めてくる類。

 ならばと、先生はそいつを見据えたまま、後ろ向きに歩き始めた。

 だるまさんが転んだのような手合いなら、これで動けなくなるはず。幸い、ここまでくれば前を見なくたって、家には戻れる自信があった。

 一歩、二歩と後ずさり、直立不動のあいつとの距離が空いていく。変わらず先生の身体は雨を拒み続け、そしてあいつは雨を受け入れ続ける。

「そのまま、じっとしていろよ」と身体の両側から、じょじょにせり出す景色たちへ願をかけちゃったよ。


 だが、そうは問屋が卸さない。

 最初に見た時と同じくらいの距離が開くや、あいつの姿がふっと消えた。先生が思わず足を止めたところで、すぐ後ろから「ぱしゃん」。

 次の瞬間、先生の尻に猛烈な痛みが走った。臀部を中心に上下左右、四方から無数の針が突き立てられ、一気に暖かいものが広がる。

 噛みつかれた! と思った時には、ごりっと音を立てて咀嚼が一回。肉がぐじゅりと鳴って、思わず前へ飛び上がってしまう。


 どうにか振り返った時、あいつは四つん這いになっていた。

 いまははっきりと見える、頭の部分。その白い歯が並ぶ部分には、血に染まった先生の制服の一部。そこにはあの、細工をしたばんそうこうも貼り付いていたんだ。

 急に、先生の身体へ雨が降り注ぎ出す。腰を抜かしかけたその醜態に遠慮せず、上から下まで無遠慮に降り注ぎ、瞬く間に先生は濡れ雑巾と化す。

 そいつはというと、先生が濡れる様を見るや、ついと四つん這いのまま背を向ける。ぴょんぴょんと、大きなカエルを思わせる跳びはね方で、あっという間に土砂降りの中へ消えていってしまった。



 翌日。先生に初心者マークを教えてくれた友達は、学校へ来なかった。うわさでは彼の通学路の途中に、雨で流れ落ち切れないほどの、大きな血だまりができていたとも聞いたよ。そしてついに、卒業まで帰ってくることはなかった。

 彼は、青が命の初心者マークといっていたが、それは何も自然が守ってくれるだけじゃなかったんだろう。

 私たちが青りんごを食べるように、あの「青さ」は一部の食通たちを引き寄せるんじゃなかろうかね。

 


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