くま 第3話
「さくら、ごめんね、ちょっとクマさんをみせてくれる?」
北斗七星は、88星座では大熊座の一部であり、尻尾の部分にあたる。「犯人のしっぽを捕まえる」というシャレをヒントにするために、わざわざクマにもコスプレをさせたものだろう。
クマの服を調べてみると、しっぽというか服の背中側から、白い洋風の封筒があらわれた。
中央で、ハートのシールを使って封をしてあるのだけれど、それが横向きに貼られている。
これは、横長の封筒の向きを縦長になおしたときに、ハートのエースに見立てているのだろう。
「これが、盗まれたハート?」
「うーん、とりあえず開けてみるね。」
おめでとう!
その言葉から始まるメッセージによれば、ロビーに預けてある荷物を、遠山さくらの名前で受け取ればゴールだという。
「はい、確かにお預かりしております。」
一度奥へと下がった仲居さんが、どうぞこちらですと言って持って来たのは、娘が抱きかかえているのと全く同じ”クマ”だった。ただし、今度のクマは、インバネスコートを身にまとい、鹿撃ち帽を頭にのせている。
見事、名探偵の誕生ということらしい。
クマが二つに増えるという、娘にとっては突然の僥倖にあい、うれしいやらびっくりするやらで、ああ、これが世にいう目を白黒させるというやつか、いいものを見たなあ、などと思いながら、ふと目を向ければ、これあるであろうことを予期していたと思われる、仲居さんのあたたかな視線と目が合う。
にっこりとほほ笑む仲居さんに、いいタイミングだと思い聞いてみる。
「このクマを預けたのは誰でしたか?」
仲居さんは、ちょっと困ったような笑みへと変えて。
「申し訳ありません。誰から預かったものかは、内密に、とのご要望をたまわっているものですから。」
それを受けて、あきちゃんが悪戯っぽく言う。
「どのみち犯人は締め上げてやるけどね。まあ、あっちは既に締め上げられているみたいだけど。」
二匹のクマを両手でぎゅっと抱きしめている娘を目にして、仲居さんも楽し気に微笑えんでいる。私は、娘のそばにかがんで耳打ちをした。娘は、コクンとうなずくと、仲居さんに向かって言う。
「おねえちゃん、ありがとう。」
この子のためにしてくれたことなのだから。
部屋に戻るとき、娘は振り返って、抱えていたクマをひとつ降ろすと、仲居さんに手を振る。
手を振り返してくれる仲居さんに、私は会釈を返し、あきちゃんはと見れば、かがんでクマを拾いあげると、その手をとって振っていた。
部屋に戻るなり、意気揚々と宣言するあきちゃん。
「さて、この神出鬼没のクマさんが、どうやって女湯の脱衣所に現れたのか、その謎を解くときが来たみたいね。」
「いくつか気になっていることはあるよ。」
「待って、みずほが気にしていることを当てて見せるから。」
「まず、部屋の名前と額縁の絵、それと、私たちが着ているこの浴衣、そして、あのうり双子のクマさん達、そうでしょ?」
「うん、後は、男性陣の部屋の絵を確認しないとね。」
「もしも皐月の間の絵が藤の花なら決まりってことね。」
次回は、『くま 第4話』です。
明日、更新です。




