扇風機男と牛丼女
年々と酷くなる異常気象の影響か、今年の夏も各地で猛暑日が続いていた。
気温38度、湿度72%、無風、クーラーなし、この世の地獄のような部屋にごろ寝する大学2年生の『牧野あきな』は、扇風機を抱き枕に惰眠を貪っていた。
午後2時、一日でもっとも暑い時間帯にさしかかり、寝苦しかったのだろう、うめき声とともにベッドをのた打ち回っている。
ついにはコードが足に絡まり、身動きがとれない状態。
重い瞼がひらき、起き上がろうとしたときだった。
ガシャーン!
「うぅー、私のかわいい、堕天使扇風機ちゃーーん、ごめんなさい、大丈夫?」
カバーが割れ、基盤部分はむき出しになっていた。そんな見るも無残な姿に潤んだ瞳で覗き込む。
ヨロヨロと立ち上がり、抜けたコードを挿し直しボタンを押してみる。
「え、そんな動かない、何でなの」
回転することに疲れ果て、無言になる家電。
「最悪だし……」
何度、動かそうと試みてもダメだった。買うしかないのか? うーん。
「扇風機ちゃんがいない夏なんて、やっぱり無理だわ」
扇風機を買うお金が果たしてあるだろうかと心配になったあきなは、ベッドの上に置いたであろう財布を探す。
しかし、見当たらない。
床にへばりついてベッドの下を捜索。すると、ベッドと壁の隙間にかろうじて見える財布を発見することが出来た。
「ごめんなさい、新しい子を連れて帰ってくるわ」
財布を両手で握り締め、動かなくなった扇風機に謝罪する。
中身を覗き込むと1000円札一枚と小銭が入っている。どうか、2000円以上あってくれと願いながら、小銭を数えだす。
小銭は1019円も入っており、何とか合計で2019円。
「バイトの給料が入るまで後5日かぁ」
5日間で必要お金がないか考えると、運の良いことに今月の支払いはすべて終わっていることに気づく。
「全財産2019円しかないとは、食べ物は? 何とか買わなくても持ちそうね」
冷蔵庫や食品棚を見つめながら、ギリギリ足りるのでは? という楽観的な考えに至った。
「よっし、買ってくるか!」
大学が隣接する地域ということもあり、格安で手に入る販売店が複数ある。
しかし、車どころか、自転車すら持ってない、いや、持っていても乗れもしない。徒歩でかつ、自力で持ち帰れるのは一店舗のみ。
『善は急げ』の言葉どおり、部屋から飛び出していった――。
「やっぱここ一択よね、イキナリ電気屋」
そう言うと、灼熱のアスファルト畑から地上の楽園へと足を踏み入れる。
(な、なんて涼しいのかしら!! 生き返るぅ~♪)
さっそく、扇風機売り場へ。
試供品がずらりと並ぶ一角で立ち止まり、汗でへばりついた服を乾かす。
「この堕天使ちゃんもなかなか良きかな良きかな♪」
扇風機の風を全身に浴び、リラックスした瞬間。
突然、扇風機が顔面に迫ってきたのだ。いや、私自身が突っ込んだと言っていいだろう。
体勢を崩したまま、後ろを振り向くとカートにたくさんの商品を積んだ青年がこちらを睨んでいた。
「あ、あんた、何してくれんの!」
「通路の真ん中で突っ立ってるからだろう、邪魔」
信じられない一言に、一瞬で眼孔がひらき怒り慄く。
「しましまのうさぎ」
あきなは、何を言っているのか一瞬分からなかったが、彼の視線の先には見えてはいけないものがお目見えしていた。
そう、パンツである。
「オ、まぁ、え、○×▽ZrえRe\ぐぅ」
「はははっ」
圭二は、大笑いであきなの前を通り過ぎていった。
「なんてヤツ、許せない……」
ワナワナと肩を震わせ、あまりの理不尽にすぐに思考が追いつかずいたが、少し経つと目的を思いだし、所持金で買えるものを探し始めた。
「最悪だし、2000円以内の扇風機あるわよね?」
売り場を一通り見て回ると、一番安い価格で1680円の製品を見つけることが出来た。
しかし、値札の横に書いてあるナンバーの箱が見当たらない。
通りかかった店員に在庫確認をしてもらう。
「申し訳ございません。こちらの商品は在庫を切らしておりまして一週間ほどで入荷しますよ」
「一週間……。さ、最悪だし」
目の前が真っ暗になったかのような感覚になり、通路の奥に自然と目を向ける。
すると、そこには、先ほどよりも多くの商品をカートに載せ歩く青年(ぶつかり男)。
カートの一番上には買おうとしていた1680円の扇風機の番号が貼られていた。
「さっきの男! その扇風機は、私の堕天使扇風機2号ちゃんなのよ!!」
「は? 頭大丈夫か?」
「私が買う運命なの。あんたが私にぶつかんなければ、先に私が」
あきなは、顔を真っ赤にして訴える。
「はははっ、そいつは残念でした」
さっきとまったく同じ満面の笑顔を披露し、軽快に去っていった。
結局その後3つの店を見て回ったが、2019円以内で買える扇風機は見つからず。
「はぁ、最悪だし、近くに売ってる店もないじゃない」
夕暮れが近づき、今日何も食べてないことに今更ながら気づいた。
暑いとはいえ、一日食べないとお腹が空く。
「まだ、何も食べてなかったわね」
見慣れた通学路で空腹、ついつい大好物の店に目が奪われても仕方のないことなのかもしれない。赤い看板に和風のフォント、早い、旨い、安いの三拍子が揃った若者の味方。そう、牛丼屋である。
ここまできたら食べる以外の選択肢はもうありませんでした。
グビっと水を一気飲みし、並盛を注文する。
牛丼が届くと一呼吸し、今日の災難を忘れるように心を落ち着かせた。
一口。
「うまい……わ」
並盛税込み380円。
残金1639円。
「扇風機ちゃんがいない家に帰りたくない……」
扇風機男と出会わなければ、あぁ、私の堕天使ちゃん2号。ご飯を食べ終えて冷静になるとあのときの怒りがこみ上げてきた。
「憎き扇風機男、次会ったら絶対許さない」
翌日の大学正門にて。
「あきな、おっはよ~ん、どうした? 顔色悪いなー、元気が取り柄じゃないの」
「眠れなかったの」
扇風機がない夜は眠れない。夏とは恐ろしいものである。いや、昼過ぎまで寝ていたからでは? という思いはさておき。
昨日の出来事を同じ学部のみどりに説明することにした。
カクカクシカジカ__〆
「そりゃ災難だったね、私は友達でもお金を貸さない主義だからダメよ」
「みどちゃーん」
「だめだめ」
本館前では、いつもより賑やかな喧騒に包まれていた。その中心、コスプレをした女学生Aとカメラを持った青年が言い争いになっているようだった。
「もう、あんたみたいなバカと付き合ってらんない、一人でがんばんなさい」
女はドギツい色のウィッグを地面に叩きつけると、中指を立て鋭い目つきで離れていった。
「困ったな」
あきなは、野次馬根性で近づくと、忘れるはずがないあの男がそこにいた。
「扇風機男!」
あきなの大声に周りの学生達が注目する。
「あんたの所為で眠れなかったじゃない」
「???」
「あぁ、昨日のしましまうさぎか」
「しましま?」
「こいつが、さっき話した最低痴漢男よ、みどり」
「扇風機がないと眠れないのよ、どうしても私に必要なの」
丁度良いところに現れたあきなに圭二は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「いいだろう、譲ってやらないことはない」
「え、ほんと?」
「一日、俺のサークルを手伝ってくれたらな」
少し考えたあきなだったが、譲れない思いがそこにはあった。扇風機ホシィ。
「始めてコスプレしたけど、結構恥ずかしいわね」
大学のマスコットキャラクター?ユルキャラのような、丸フォルムに顔はそのままウィッグをつけるという謎のスタイル。
「大学の構内を案内する感じでしましまが知ってる範囲でいいから、説明していって」
どんなサークルかも分かっていないが、どうやら大学紹介?の動画でも撮りたいようである。
「知らない施設も多いんだけどなぁ、堕天使のため」
講義中の教授を質問攻めにしたり、テニスサークルでは女王様気取りの生意気な女をコテンパンに、食堂の全メニューを完食したりとがんばりましたよ。エトセトラ……。
「なかなか面白かったぜ、約束どおり扇風機譲ってやるよ、1680円よこしな、家まで運んでやるよ」
「ちょっとまって、どういうこと? 一日手伝って金までとるっての?」
「あたり前だろ?」
「なんてガメツイ男なの……。信じられない。あんたと関わると面倒だから、払うわよ。え、あぁ!!!! 牛丼食べたんだった……」
「どうした?」
「足りないの。えーと41円、最悪だし」
「仕方ないなぁ、『貸し一つ』だぞ」
もう関わることもないだろうし、『貸しぐらいなんてことないわ』と開き直る。
そして、扇風機男に、約束どおり家に運んでもらい。快適な睡眠が約束されたのだった――。
良い子は寝る時間。時計の針が頂点から少しばかり傾き始めた頃。
ピンポーンピンポーン!
「堕天使ちゃーん、ふにゃふにゃ。ん?」
ドンドン!
「こんな時間に誰? こわ」
電気をつけ、まだ光に慣れていない目を手で覆い、酔拳の如き足さばきで玄関に到達するとドアスコープを覗き込む。
面倒な男(扇風機男)が満面の笑みでそこにいた。
「何? こんな時間にうちの堕天使はもう返さないわよ」
「言ったよな、貸し一つだって」
「お、おぅ」
「動画がバズッったんだよ、もう、すっごい勢いでさぁ、頼む次のもまた出てくれ!」
「バズ? うーん、最悪だし」
(間違いなく関わっちゃいけないヤツだけど、貸しは早めに返すとしましょう)
「しょうがないか、これでチャラだからね」
扇風機欲しさに釣れられしまった『牧野あきな』と、謎のサークル主催者『向居圭二』。
この出会いを『一生後悔』することになる日は、そう遠くなかった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!初投稿なんです(笑
1人でも読んでくれたら嬉しくて小躍りしちゃう作者です。
評価・コメントお待ちしております(≧▽≦)