第二十話 ニンゲン、参戦! 誰でもいいからボスオーガ戦にも加勢してほしいゴブゥ!
なんとなく、ボスオーガの「そろそろ本気出そうかな」みたいな気配を感じた。
何度も濃密な時間を過ごした仲だからね! もうツーカーでわかり合ってるゴブ! 必死で生き延びるための濃密な時間だけど! あと俺一回殺られたけど!
大きく息を吸い込んで、ゆっくりと息を吐くボスオーガ。
んん、また前回みたいに陽炎っぽいのが揺らめいてきたゴブ! 強者のオーラ的な? もうすぐアニキとオクデラが敵を倒してこっちに来るから待っててもらえませんかね? ダメ?
願いは虚しく、ボスオーガは俺を睨みつけてきた。
吠えるように叫ぶ。
「さあ、ここからは本気だ! 弱者でありながら強きゴブリンよ、我と死合え!」
やっぱりいままで手を抜いてたゴブな! 本気でいくってわざわざ宣言するとかほんと武人かな? ところでお断りしたいんですけど?
まあ、言っても断れないのはわかってる。
ほんと強者のワガママってズルいゴブ!
俺はここから逃げるわけにはいかない。
せめてオクデラとアニキとシニョンちゃんを逃がすまでは。
俺は死んでも復活できるけどみんなは死んじゃうゴブな! そんなの許せないゴブ!
だから俺は叫んだ。
ボスオーガに対抗するように、自分を奮い立たせるために。
『たとえ勝てなくても! ここから先へは通さないゴブ!』
ボスオーガがうれしそうにニヤッと笑う。
【人族語】で叫んだから通じてないはずなんだけど。
俺の意志を感じ取ったってことだろう。
戦いが、はじまった。
くっ、こんなんだったら雑魚ゴブや雑魚オークやオオカミを相手してた方がラクだったゴブ! アイツら相手なら無双できるのに! 神様はほんと俺に優しくないゴブなあ!
速い。
いままでとスピードが違う。
前回よりちょっと速くなってる気さえする。
でもゴブリオもいままでと違うゴブ! 雑魚ゴブリンじゃなくて前に戦ったゴブリンリーダーでもなくて、ゴブリンレンジャーだからね! ライフポイント換算でゴブリンの20倍、ゴブリンリーダーの2倍の強さ!
ボスオーガの蹴りを【回避】で潜り抜ける。
背後に回り込もうとしたら裏拳を喰らいそうになったけどしゃがむ。
……あっぶね、伸びても150センチで良かったゴブな! 身長差がなかったら死んでたゴブ! まあすぐ復活するんだけど!
逃げることを意識して【逃げ足】を発動して間合いを取る。
立ち位置が入れ替わっちゃったけど、ボスオーガはオクデラとアニキとシニョンちゃんの方に向かう素振りは見せない。
俺を倒す前に行く気はないんだろう。
さっすが戦闘狂の武人ゴブなあ! その強者の驕りがお前の命を奪うゴブ! たぶん!
いまの俺の位置からは、ゴブリンとオークを蹂躙するアニキとオクデラが見える。
あと俺とボスオーガの戦いを見物する大量の雑魚ゴブリン。
それに、川に浮かんだ小舟でひざまずくシニョンちゃんが。
シニョンちゃんなにしてるゴブ? と思ったら、声が聞こえてきた。
小さな、けれど凛とした声。
シニョンちゃんの祈り。
『神よ、私を愛してくださる運命神よ。どうかご照覧いただけますように。姿形は人と違えど、善良で勇敢なこの者たちの戦いを。そしてどうか、この者たちに祝福を』
…………。
……ゴブリオ、善良で勇敢だって! 照れちゃうゴブなあ! もっと褒めてくれてもいいゴブよ? 強敵相手に正々堂々と戦う俺の勇姿を見るゴブ!
ボスオーガに向かって【投擲術】で棒手裏剣を投げる。
あっさり手で叩き落とされたけど、それでいい。
オーガは強靭な皮膚で傷がつきづらくて、皮膚を破って傷をつけても【体力回復】のレベルが高くてすぐ治るらしい。
でも今のはどうゴブか? 【投擲術】スキル付きの棒手裏剣で傷はついた? たっぷり神経毒を塗った棒手裏剣だったけど手がしびれてこないゴブか? 善良? ゴブリオ鬼畜生だからなんのことかわからないゴブゥ! ゲギャギャッ!
残念ながら、ボスオーガの皮膚に傷はつかなかった。
『三番』の布袋に入れておいた、この〈神経毒付き棒手裏剣〉が通じれば話は早かったのに。
まあ強オークには通じたから役立ったゴブな! それにまだチャンスはあるかもしれないし!
またボスオーガの連撃がはじまって、俺とボスオーガはくるくる立ち位置を変える。
と、ボスオーガが止まった。
俺の背後を見て。
誘いかな、でもコイツそんな手は使わないはず、なんたって戦闘狂の武人だから、とか思って、気になった俺は半身になって振り返る。
奮闘するオクデラとアニキは変わらない。
ひざまずいて祈るシニョンちゃんも変わらない。
いや。
いつの間にか雲が切れて、光が差し込んでいた。
スポットライトみたいにシニョンちゃんを照らす。
コレあれゴブな、天使の梯子ってヤツ! ゴブリオ元人間だから知ってるゴブ! でもコレがくっきり出るのってもっと分厚い雲の時じゃない? いま曇ってるって言っても雲は薄くて、それに太陽にしては光の量が多いような……。
え、ひょっとしてシニョンちゃんマジで天使? そりゃ俺の天使だけどそういうことじゃなくてガチのヤツ? 【運命神の愛し子】って称号はあるけどシニョンちゃんは天使ではないゴブな?
動揺しちゃったけど、ボスオーガは攻撃してこない。
たぶんボスオーガも、なんとなくこの異常さがわかったんだろう。
『神よ、私を愛してくださる運命神よ。どうか私たちニンゲンに、勇気をくださいますように。敵に立ち向かう勇気を。姿形に惑わされず、ヒトを信じる勇気を。そして……弱い私の戦いを、見守ってくださいますように』
祈りを終えたシニョンちゃんは立ち上がって、オールを漕ぎ出した。
いやいやいや! 危ないからこっちに来ないでほしいゴブ! シニョンちゃん起点の〈聖域〉がズレちゃうけどそれはいいとして! たしかにオクデラは左腕が動いてないから治癒した方がいいけど!
『シニョン! 危ないゴブ!』
『いいんですゴブリオさん! 私、みんなと一緒に戦います! それに……』
オクデラとアニキのおかげで、水辺に生きてるモンスターの姿はない。
押し返したから、シニョンちゃんが上陸するスペースはできてる。
シニョンちゃんは、ためらうことなく舟から下りた。
「くくっ、ニンゲンの女さえ戦うか。おもしろい者たちよ」
シニョンちゃんの行動と決意を見たボスオーガはうれしそうだ。
自分より弱い者が立ち向かう。
ボスオーガは、そんな相手にぶつかったことがないんだろう。
俺だってオクデラとアニキとシニョンちゃんがいなくて、後ろにニンゲンの街がなかったらさっさと逃げ出してるゴブ! ほら俺【森の臆病者】だからね! チキンじゃなくてゴブリンだけど! ハハッ!
シニョンちゃんが後ろにいる。
守るためにはボスオーガと戦って、俺が盾にならないと。
文字通りの肉壁、いや復活するからゾンビ壁ゴブ!
そんなことを考えつつボスオーガに視線を戻そうとして、【聞き耳】が予想外の音を拾った。
ガラーンガラーンと鳴り響く鐘の音、ニンゲンの雄叫び。
ボスオーガが今度はそっちに視線を向ける。続けて俺も。
俺の後ろ、農地の先にある港町。
石壁に守られたニンゲンたちの街。
その門が、ゆっくり開いていく。
数で負けているから、篭城策を取るはずだったのに、門が開いていく。
港町に向けて進軍していた2000ちょっとのモンスターが止まる。
ボスオーガ、ゴブリンとオークの大群、俺たち〈ストレンジャーズ〉、全員の視線が門に集まる。
開いた門から、四頭引きの馬車が出てきた。
いや違う、馬車じゃない。
『戦車……にしても派手すぎゴブ!』
馬に引かれているのは、四輪のリヤカーっぽい乗り物だ。
古代ローマのコロッセオで剣闘士と戦ってたような戦車みたいなヤツ。
リヤカーは赤や黄色の派手な色で塗られていた。
遠くが見える【覗き見】で見ちゃって、ついつい俺が突っ込んじゃうのもしょうがないだろう。
リヤカーの上には、装飾過多な鎧を着たガマガエルがいた。
『デポールの男たちよ、我に続け! 倍する数など何するものぞ!』
剣を振りかざして叫ぶガマガエル。
戦車に続いて、騎馬兵が門から出てきた。
『領主様に続け!』
『ゴブリンとオークに守られるなど騎士の名折れ! 者ども、蹴散らせえええい!』
騎馬兵はたぶん50にも満たない。
先頭の派手なガマガエルが領主だったゴブ!? 領主が先陣切るって、というかあんな実用性ゼロのド派手な装備って! あ、でもどこにいるかすぐわかるゴブな。そういう意味じゃ乱戦向きかもしれないけどさあ!
戦車と騎馬兵に続いて出てきたのは、徒歩の男たちだ。
不揃いな装備の集団と、揃いの鎧姿の男たち。
冒険者と港町の兵士だろう。
『おらおら、〈ストレンジャーズ〉に負けんじゃねえぞ! ニンゲンの強さを思い知らせてやれ!』
聞き覚えのある声。
それに、俺たち〈ストレンジャーズ〉のことを知っている。
徒歩組の先頭は、冒険者ギルドのコワモテのおっさんだった。
おっさんやっぱり戦えるタイプのギルド職員なのね! そりゃそうか、あのコワモテで『俺弱いんすよ』って言われたらゴブリオ逆に引いちゃうゴブ!
……俺はニンゲンたちを守ろうとしたのに、ニンゲンたちが打って出るなんて。
あれゴブか? 俺たちががんばってるところを見てたとか、あとはシニョンちゃんの声が聞こえたとか?
俺だったら【覗き見】と【聞き耳】でどっちもできるわけで、ニンゲンの兵士たちの誰かができてもおかしくはない。
「巣穴に籠もらず出てくるか。だが何ほどの数でもない」
ボスオーガの言う通りだ。
もし低い知能と生存本能しかないモンスターなら、危険を冒して打って出るなんてしないだろう。
いくら俺たち〈ストレンジャーズ〉が奮戦してたって。
シニョンちゃんの声が届いてたとしても。
ニンゲンってバカゴブなあ。
でも。
だから、ニンゲンが好きだ。
ニンゲンになりたい。
シニョンちゃんとイチャイチャしてあんなことやこんなことがしたいからだけじゃないゴブ! ゴブリンの尊厳は理解できないけど、ニンゲンの誇りは理解できるゴブよ! 俺、元人間だから! いまはただの鬼畜生、おっとエリートゴブのゴブリンレンジャーだけど! ゲギャギャッ!
次話、9/1(金)18時投稿予定です!