第十九話 ゴブリンがニンゲンの街を守る。別におかしくもなんともないゴブな! オークだって一緒に守ってるし!
オクデラは強オークに勝った。
けっこうなダメージを受けて、シニョンちゃんの二回の〈領域治癒〉でもまだフラフラだけど。
俺もオクデラも【体力回復】スキル持ちだけど、ボスオーガと違って回復は遅い。
肩を砕かれたせいで左腕はだらんと下がってるし、いまも口から血を吐いてる。
でも。
『オデ、ニンゲン守ル! プティ守ル!』
オクデラは叫んで、アニキと戦ってるゴブリンの群れに突進した。
いくら【鈍感】スキルがあって、たぶん痛みを感じにくいからって。
「あれもまた、見上げた漢よ」
オクデラに目を向けたボスオーガが言う。
腹心っぽい部下が殺されたのに、オクデラを讃えて。
これが強者の余裕ゴブか! あとうすうすわかってたけど、こいつゴブリンやオークを仲間と思ってないゴブな! ついてくるから好きにさせてるだけで、君臨すれども統治せずみたいな! うん? ちょっと意味が違うゴブ?
そんなことを考えている間にも、俺はボスオーガの攻撃をかわしてる。
合間にボスオーガにナイフを投げてみたり、アニキのまわりにいるゴブリンに小石を投げて殺したり。
余裕を持って【回避】できてるのは、ボスオーガがまだ本気じゃないからだろう。
俺たち〈ストレンジャーズ〉の戦いっぷりを楽しむみたいに流してる。
強者の余裕というか驕りゴブ! いまにほえ面かかせてやる!
俺も余裕はあるけど、ボスオーガから離れようとすると追いかけてくる。
逃がす気はないらしい。
まだ本気出さないんだったら、オクデラとアニキの方を手伝いたいんだけど。
ほらオクデラが強オークを倒したからオークの統率がとれなくなったみたいで、敵討ちみたいな感じでオクデラとアニキの方に殺到してるし。って、え?
『アニキ、オクデラ!』
『ゴブリオ、こちらの心配は無用だ! 俺は弟を、弟たちが守りたいものを守る!』
『オデ、死ナナイ! オークヲ殺シテ、ミンナ、守ル!』
アニキの声が聞こえる。
オクデラの声も。
ボスオーガの蹴りをかいくぐって【覗き見】する。
アニキは鱗を逆立たせて、ゴブリンとオークの棍棒を体で受け止めながらなぎ倒していた。
スキル【鱗鎧化】と【打撃耐性】で弱い攻撃は効かないから、被弾覚悟で攻撃してる。
オクデラは右腕一本でハルバードを振りまわしてる。
内臓のダメージが抜けないのか、口から血を流して、ときどきフラフラしながら。
おたがいを守って、二人でシニョンちゃんを守って。
さっきこっちに来たオークの重装歩兵の残党の参戦で、二人はさらに押し込まれた。
いまでは川を背にして、というかアニキはヒザまで水につかってる。
まあアニキは【水中行動】を利用して、ゴブリンとオークが水辺では動きづらいのを狙ってるっぽいけど。
逃げるなら、いまかもしれない。
俺はボスオーガから逃げられないから、みんなを逃がすなら、だけど。
アニキが手助けすれば、オクデラは泳げなくても舟まで行けそうだし。
迷いながら、小舟の上にいるシニョンちゃんを見る。
目が合ったシニョンちゃんはひとつ頷いて、オールを手にした。
『何してるゴブ!? シニョン、いまの目線は合図じゃないゴブ!』
『わかってますゴブリオさん! でもオクデラさんが!』
ふらふらしてたオクデラは、だんだん顔色が悪くなってきてる。
二回も〈領域治癒〉の魔法をかけたのに。
シニョンちゃんが、んしょ、んしょ、とオールを漕いで舟を動かす。
せっかく安全な場所にいたのに。
『アニキ! シニョンのカバーを頼むゴブ!』
『任せろ、ゴブリオ!』
アニキはシニョンちゃんが近づいているのに気付いてたらしい。
バシャバシャと水しぶきを跳ね上げて、まわりのゴブリンを駆逐していく。
アニキはオクデラの背後を確保した。
『シニョン、弟のケガを治してほしい』
『はい、そのつもりです!』
シニョンちゃんを乗せた舟は岸に近づいた。
舟から下りて、川原にいたオクデラの背に触れるシニョンちゃん。
ニンゲンの女が近づいて興奮する敵ゴブリンと敵オークを、アニキとオクデラが倒す。
シニョンちゃんが岸にあがったのは、範囲型じゃない魔法を使うためだ。
シニョンちゃんの【光魔法】、おっと、【神聖魔法】がLV3になって覚えた魔法は三つ。
〈聖域〉、〈領域回復〉、そして。
『オクデラさん、もう大丈夫です! 神よ、癒しの奇跡を与え賜え。高位治癒!』
〈高位治癒〉。
オクデラの顔色がみるみるよくなっていく。
『シニョン、アリガトウ! オデ、戦エル!』
『あっ、待ってくださいオクデラさん! まだ左肩が!』
『離れろシニョン!』
ジャンプしてきたゴブリンを棍で撃ち落として、アニキがシニョンちゃんの背中を押す。
シニョンちゃんが舟に乗り込んだのを見て、アニキは舳先を足で蹴った。
さっすがアニキ、できる男ゴブ! 空間の確保も護衛も退避も完璧だったゴブな! まあ俺ならもっとうまくやったけど! なんたって俺エリートゴブゴブ!
シニョンちゃんを乗せた小舟は川岸から離れていった。
遠ざかる小舟を横目に、アニキは「女は犯せ!」ってテンション上がって殺到してくるゴブリンを蹂躙する。
水辺のアニキは水を得た魚のようゴブ! アニキ、ゴブリンじゃなくてリザードマンっぽさが強くない? ゴブリザードマンは水辺にて最強ゴブか?
シニョンちゃんの〈高位治癒〉を受けたオクデラは、重装歩兵の盾持ちオーク相手に奮戦してる。
左手はまだ使えないみたいだけど、突進の勢いのまま盾にぶつかったり、力任せにハルバードを振るって。
さすがオクデラ、やっぱり称号の【オーク the END】にはオーク特効がついてるゴブな! じゃなきゃいくら覚醒オクデラでも右手一本でオークの集団を相手できるわけないゴブ! オーク相手だと目が血走ってちょっと怖いのが見ててアレだけど!
オクデラとアニキは、敵ゴブリンと敵オークを殺して数を減らしていってる。
追加があれば別だけど、そのうちこっちに来てくれるだろう。
シニョンちゃん? シニョンちゃんは魔法を四回使って、とりあえずまた川に避難ゴブ! 回復役を守るのは大事だから! シニョンちゃんは魔法を使う時以外はぼーっとしてるわけじゃないゴブよ? 俺たちの無事を祈ってくれてるゴブ! 〈聖域〉なんだし祈りにはきっとなんか効果がね? あるといいゴブなあ……。
アニキとオクデラとシニョンちゃんの様子を見て、大丈夫そうだと安堵して。
俺は、ボスオーガに向き直った。
ボスオーガの、「そろそろ本気出そうかな」みたいな気配を感じて。
というか前みたいに陽炎っぽいのが揺らめいてるゴブ! 強者のオーラ的な? ちょっ、オクデラとアニキが来るまで待ってくれませんかね? ダメゴブか?
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
港町を囲う石壁の上。
そこに男たちが並んでいた。
兵士、冒険者、駆り出された住人たち。
みな一様に街の外を見つめている。
農地の先の草原を。
迫りくるゴブリンとオークの大群を。
たった四人で、5000の大群の前に立ちはだかったパーティを。
『すげえな〈ストレンジャーズ〉』
ポツリと呟いたのは、漁村の冒険者ギルド職員、コワモテのおっさんだ。
おっさんのまわりにいた冒険者たちが同意する。
ゴブリンのゴブリオが切り込み、オークのオクデラが蹴散らし、ゴブリンだかリザードマンだかわからない新種のアニキがフォローして、ニンゲンのシニョンが回復する。
オークの重装歩兵が揃って〈ストレンジャーズ〉に向かった時はどよめいたものだが、四人はそれさえ攻略した。
そして、いま。
『なあおっさん、さっきのアレはオークの上位種だろ?』
『ああ、そうだろうな』
『マジかよオクデラ! 一騎討ちで勝ちやがった!』
『いやそれよりゴブリオだって! オーガを抑えてやがる!』
『待て待てアニキの的確なサポートがあってこそだ。お前らの目はフシアナかよ』
『それを言うならシニョンちゃんだろ! ほらいまだって! ……おっさん、あれ〈領域治癒〉か?』
『だろうな、明らかにオクデラが回復してる。〈聖域〉と〈領域治癒〉の重ね掛けだと……?』
オクデラが、上位種と思われるオークを倒した。
冒険者たちは大騒ぎである。
ちなみに女性陣は海上に避難しているため不在だ。船を守るため、水棲種族の人魚も。
ゴブリオ、女性にも人魚にもいいところを見てもらえなかったらしい。
むさ苦しい男たちからは讃えられているが。
『あっ、シニョンちゃん!』
『それはヤベエって!』
小舟が動き出す。
シニョンがオールを漕いで、岸に近づけたのだ。
『おいおいどういうつもり、ああ、そうか!』
『オクデラの動きにキレが戻った。〈治癒〉、いや、〈高位治癒〉か?』
『よかったすぐに離れた! シニョンちゃんを戦場に近づけるなって!』
『でも回復させなきゃ厳しかっただろ? 敵はまだあんなにいるんだ。……こんなに』
ゴブリオたち〈ストレンジャーズ〉は善戦している。
5000という数にも怯まず、オークの上位種やオーガが出てきてもなんとか抑えている。
だが、多勢に無勢なことは間違いない。
オーガと戦うゴブリオ、オークとゴブリンを屠るオクデラとアニキ。
その周囲には、2000ちょっとのモンスターがいる。
大群のボスであるオーガの指示があれば、数の暴力で蹂躙されるだろう。
それだけではない。
およそ半数が〈ストレンジャーズ〉に引きつけられているが、港町には残りの2000ちょっとが向かってきているのだ。
太鼓を鳴らして、ゴブリンとオークとオオカミが整列して。
『おい、ビビってどうすんだ。オーガはゴブリオのところにいる。こっちに来てんのは雑魚ばっかりだって!』
『そうだそうだ。ほら、俺たちは1500いるって領主様が言ってたろ? んじゃ数でもたいして負けてねえんだし』
『1500、なあ』
『どうしたおっさん?』
もともと領主が保有していた兵力は1000ちょっと。
だが、すぐには援軍が届かないと知って逃げ出した者たちがいる。
そのうえでかき集めた冒険者と住人を足して、領主は1500だと言った。言い張ったとも言う。
内情を知るコワモテのおっさんが、離れた場所にいる領主に目を向ける。
領主の横には、長い髪を垂らした女性が立っていた。
『おいおいマジか、夫婦で参戦かよ……総力戦ってことか』
女性が持つ長弓を見て呟くコワモテのおっさん。
長い髪で顔の半分が隠れた女性は領主夫人らしい。
声はおっさんに届かないが、女性はブツブツ呟いていた。
『使うのか……エルフの、【精霊魔法】を』
おっさんは目を細めて女性を見る。
なにやら訳知り顔だが、突っ込む者はいない。
そして、女性が手をかざした。
農地の先、戦場へ。
〈ストレンジャーズ〉がいる方に向けて。
何かが起きた様子はない。
少なくとも、見た目には。
『オクデラ、アニキ、シニョン! 俺が殺られたら、わかってるゴブな?』
『オデ、ゴブリオ、信ジテル!』
『ああ。だが殺らせはしない。ゴブリオ、俺たちがここを片付けるまで耐えてくれ』
『ゴブリオさん……』
まるで女性がかざした手に導かれるように、石壁の上に声が届く。
遠くにいる〈ストレンジャーズ〉の声が。
『おっさん、これ……』
『領主夫人の【精霊魔法】だ。風で声を拾ってるんだろう』
『【精霊魔法】? じゃあまさか、領主夫人はエルフ!?』
『マジかよ! 俺、エルフ見たの初めてだ!』
『いや、純粋なエルフじゃない』
『えっ?』
コワモテのおっさんの周辺も、それ以外の場所も、石壁の上はざわついていた。
遠く離れた〈ストレンジャーズ〉の声が聞こえることに。
『どういうつもりだ? 我は避難しろと言ったはずだ。なぜここにいる? それに、この魔法は』
領主夫人に話しかけたのは、夫である領主だった。
領主に向けて微笑み、女性が口を開く。
『ゴブリン、オーク、リザードマン。この街のために、ニンゲンではない者たちが戦っているのです。ならばせめて私はこの目で見て、この耳で聞かなくては』
『おまえ……』
そっと髪をかきあげた領主夫人。
あらわになった耳は尖っていた。
エルフよりも短く、だがエルフのように尖った耳。
ハーフエルフ。
エルフからは血を汚した者として、ニンゲンからは自分たちと違う種族として、両者から迫害される〈混じり者〉である。
そして、領主が自らの領地の港町や漁村で『ニンゲンの言葉を理解して、害をなさなければ入れる』ようにした理由である。
他種族であっても、混じり者であっても、たがいに理解し合えるのだと。
普人族の貴族である領主が、ハーフエルフに求婚したように。
ゴブリンとオークが、ニンゲンのために戦うように。
「**、********! ***************!」
咆哮のようなオーガの叫びが聞こえてくる。
石壁にいた兵士や冒険者が身をすくめるような迫力。
だが、オーガの目前にいるゴブリオは動揺もなく立っていた。
いや。
『たとえ勝てなくても! ここから先へは通さないゴブ!』
堂々と宣言した。
ゴブリンが、ニンゲンのために。
兵士と冒険者と港町の住人と、領主夫妻は何を思ったのか。
石壁の上が静まり返る。
続けてまた、戦場から声が聞こえてくる。
オーガと対峙するゴブリオではない。
石壁にいるニンゲンたちでもない。
小さな、けれど凛とした声。
それは祈りだった。
『神よ、私を愛してくださる運命神よ。どうかご照覧いただけますように。姿形は人と違えど、善良で勇敢なこの者たちの戦いを。そしてどうか、この者たちに祝福を』
小舟にひざまずいて巡礼者が祈る。
空を覆う雲が割れ、光が差し込んだ。
『神よ、私を愛してくださる運命神よ。どうか私たちニンゲンに、勇気をくださいますように。敵に立ち向かう勇気を。姿形に惑わされず、ヒトを信じる勇気を。そして……弱い私の戦いを、見守ってくださいますように』
雲の切れ目から差し込んだ光が巡礼者を照らす。
天使の梯子。
それはまるで、神が〈愛し子〉の祈りに応えたかのようで。
巡礼者は立ち上がり、オールを漕ぎ出した。
敵が待つ戦場へ。
仲間が戦う場所へ。
シニョンの魔法を必要としている仲間の元へ。
石壁の上は、ただ静まり返っていた。
次話、8/25(金)18時投稿予定です!





