第十七話 ボスオーガはオーガでもしょせんモンスターゴブなあ! 元人間の俺の方が賢いゴブ!
敵ゴブリンの中をうろちょろして、ときどき小石やナイフ、棒手裏剣を投げる。
ボスオーガは自分の群れのはずなのに、敵ゴブリンごと俺を攻撃してくる。
ゲギャグギャ言いながら逃げ惑う敵ゴブリン。あと俺。
短く息を吐いて拳と蹴りで無双するボスオーガ。
俺の小物っぷりがヒドい! でも計算、これ計算だから! 実際一回も死なないで時間を稼げてるし!
ついでに遠くのゴブリンを【投擲術】で殺して、ライフポイントを稼いでます! ほら保険としてね? ボスオーガに殺されても、20匹倒しておけばまたゴブリンレンジャーで生き直せるから! 次に死んだらスキルも取りたいし! ボスオーガに勝てるスキルは思い浮かばないけどなァ!
ボスオーガを警戒しながら、チラッとまわりを【覗き見】する。
オクデラは強オークと一対一でやり合ってる。
相手の力任せの攻撃を盾で防いで、力任せに攻撃してる。おたがいに。
がんばれオクデラ! はやく倒して助けに来てほしい、でもオクデラは強オークやボスオーガに殺られたら復活できないからそれはそれで心配ゴブ!
ボスオーガの目を盗んで、オクデラを援護できたらいいんだけど。
敵ゴブに隠れながら【投擲術】はできそうだけど、強オークの巨体に小石や棒手裏剣や投げナイフが当たったところで効果が薄いゴブな! というかさっきからちょいちょい投げてます! 一対一でやり合ってる? 何のことゴブか? ゲギャギャッ!
アニキは、小舟に乗ったシニョンちゃんを狙うゴブリンども相手に奮戦してる。
新調した棍で突いて、払って、たまに器用にぽーんと飛ばして。
ちなみに飛ばしたゴブリンは、舟から離れた川に落下させてた。
泳げないゴブリンはゴボゴボと、おっと、ゴブゴブともがきながら沈んでく。
ボスオーガと強オークは雑魚たちに待機を命じてるのか、小舟に向かう雑魚ゴブは少ない。
それでも港町に向けて行軍してるのが2000ちょっとで、俺たちのまわりに2000ちょっといるにしては小舟に向かってるゴブが少ないってだけで、けっこうな数だ。
アニキは徐々に押され出していた。
オクデラもアニキも、最初は〈聖域〉の際で戦ってたんだけど、押されてすっかり内側に入ってる。
俺? 俺は〈聖域〉の外をちょろちょろしてるゴブ! どうせ弱体化しても強いんだし、ボスオーガをオクデラやアニキやシニョンちゃんに近づけたくないゴブな! みんなまともに一撃もらったら死んじゃうから! まあ俺も死んじゃうけどね! でもほら俺は復活できるから!
「裏切りゴブはここにゴブッ!」
「こっち来んなゴブゴブッ!」
すれ違いざまに敵ゴブを二匹、【短剣術】で斬り捨てる。
俺が手にしているのは普通の短剣だ。
コワモテのおっさんからもらったミスリルの短剣は、まだボスオーガに見せてない。
切り札は隠しておくものゴブ! 警戒されたらただでさえ低い勝率が下がっちゃうゴブな! おっと、もらったんじゃなくて借り物だったゴブ! 借りパクなんてしないゴブよ? 本当ゴブ!
ボスオーガを〈聖域〉に入れないようにしてるのも、手の内を隠したいからだ。
殺れると思ったときに一気にいきたいゴブな! ちょっとずつ見せて対処されたら打つ手がなくなるから!
「我と相対しながら他の敵を殺すとは」
ボスオーガの声が聞こえる。
喧噪の中でも聞き取れるのは【聞き耳】の効果か、それとも存在感が違うからか。
「やはり侮れぬゴブリンよ」
……いや侮ってくれていいですから! ほんとの獅子は兎を全力で狩ることはないゴブよ! たぶんだけど!
ボスオーガはやけに俺への評価が高い。
ゴブ陰に紛れて攻撃することを卑怯とも言わないし、むしろ感心してるフシさえある。
油断しない強敵とかほんとやりづらいんですけど! しかも前回の戦いでいろいろ見せちゃったし! まあ使える手は使うけどね! でもできれば逃がしてくれませんか? ダメゴブか?
俺を見つけて追ってくるボスオーガ。
俺が倒したのとボスオーガが倒したせいで、まわりのゴブ垣が薄くなってきた。
ちょっと離れた場所には敵ゴブがいるんだけど、バカなゴブリンたちでも近づいたら巻き込まれて死ぬって気付いたんだろう。
戦いはじめた時と比べたら、雑魚ゴブリンたちとの距離は遠くなった。
俺はボスオーガから離れながら、アニキが相手してるゴブリンの群れに【投擲術】で小石を投げつけてく。
ほらほら、こっちに敵がいるゴブよ! シニョンちゃんに夢中になってる場合じゃないゴブ! そりゃシニョンちゃんのおっぱい見たら目が離せないのはしょうがないけど! でも小舟は川に浮いてるわけで、泳げないのにどうやって行くつもりゴブか!
……あれ? アニキは【水中行動】あるんだし、川まで敵ゴブを引っ張れば問題ない?
あ、でもそうすると後ろがゴブリンで埋まって、俺とオクデラが囲まれちゃって大変ゴブな。
状況はよくない。
水路って逃げ道はいまも確保してるけど、アニキとオクデラは押されて、俺はボスオーガから逃げまわってるだけ。
シニョンちゃんはまだ〈聖域〉しか使ってないから、魔法は使えるけど。
いまなんとか戦えてるのは、ボスオーガが「俺たちと戦いたい」って理由でゴブリンとオークの大群をけしかけてきてないからだ。
もしなだれ込まれたら、オクデラは逃げられないかもしれない。
アニキ? アニキは泳げるから問題ないゴブ。
【鱗鎧化】と【打撃耐性】があるから雑魚ゴブの攻撃はほぼ効かないし。
俺? 俺は死んでも復活できるから、むしろ大群で来てくれた方がいいゴブな! ゴブ陰に紛れてボスオーガから逃げてやるゴブ! 【隠密】も【逃げ足LV2】もあるしなんとかなるって信じてる!
でもコイツは、この戦闘狂のボスオーガはそんなことをする気はないんだろう。
俺と戦い出してから口元歪みっぱなしゴブ! ねえそれ笑ってんの? 怖いんで止めてくれませんかね?
ボスオーガが近づいてくる。
まわりにゴブ垣はない。
「我に立ち向かう勇敢なゴブリンよ」
ボスオーガは構えを解いて、立ち止まった。
血走った目で話しかけられても怖いんですけど! え、なにこれどうしたの? 戦う気がないなら帰っていいゴブか? ダメ? ダメだろうなあ。
俺の目を見て、ボスオーガは言った。
「我の配下になれ。おぬしの仲間も歓迎しよう」
…………。
……世界の半分はもらえるゴブか?
ウソウソ、冗談ゴブ! コイツは竜じゃなくて鬼だしね! 俺は元人間で一緒に戦う仲間も守りたいニンゲンたちもいるゴブ! ところで雑魚モンスター100万匹殺させてくれないゴブか? そうすればニンゲンに、おっと冗談、冗談ゴブ!
「断るゴブ!」
言った。
言いきってやった。
だいたいメリットがまったく提示されてないゴブ! 交渉の基本もわかってないとかしょせんモンスターゴブなあ! あ、俺もか! ゴブリンな俺もモンスターか! ゲギャギャッ!
ボスオーガは俺の返事を予想していたかのように、軽く頷いた。
続けてボスオーガが聞いてくる。
「なぜおぬしらは戦うのだ? 我に勝てるわけでもあるまいに」
くっ、これが生まれついての強者の驕りゴブな! 驕れるゴブもひさしからずってことを思い知らせてやる、でもこいつゴブじゃないしムリかなあ。
ナチュラルボーン強者は、弱いくせに歯向かう俺たちが理解できないらしい。
なんでボスオーガ率いるゴブリンとオークの大群に立ち向かうのか。
そんなの、考えるまでもない。
「守りたいものがあるからゴブ」
勝てなくても、負けるとわかってても、やらなきゃいけない時がある。
だから俺たちは、大群に立ち向かった。
まあ負けそうになったら逃げるんだけど! 川に逃げて、泳げないゴブリンとオークを挑発しながら【投擲術】でダメージ与えるつもりでした! 卑怯? なんのことゴブか? ゲギャギャッ!
そんなことはボスオーガに教えない。
シニョンちゃん、見えてるゴブか! いまゴブリオ、キリッとした顔で言ってやったゴブ! 惚れ直してくれてもいいゴブよ?
「守りたいもの、か。仲間と、背後のニンゲンの巣か?」
俺の左側には川が流れ、右と正面は草原。
ボスオーガは、俺の背後に目をやった。
農地を越えて、その先にある石壁へ。
港町へ。
「そうゴブ! 俺たちは守るために戦う! 食欲と性欲しかないゴブリンとオークとは違うゴブ!」
ほんと違うゴブよ? 美味しいものを食べたいし、はやくニンゲンになってシニョンちゃんといちゃいちゃしたいけど違うゴブ。
「守るためか。ニンゲンは、おぬしを守る気もなさそうだが? ああ、一匹は仲間か」
港町に目を向けて、シニョンちゃんに目を向けて、また俺をじっと見る。
モンスターであるボスオーガには思いもしないことなのかもしれない。
見返りを求めず、弱者が強者に歯向かうことは。
「ハハッ、おまえにはわからないゴブ! 元人間の誇り。友達のため、仲間のため。俺を受け入れてくれたニンゲンのため。それに……惚れた女は心優しいニンゲンの女の子だから! 泣かせたくないゴブ!」
俺は元人間だ。
でも、それだけが理由じゃない。
もし俺が〈果ての森〉で里のゴブリンたちに受け入れられていたら、シニョンちゃんや漁村のニンゲンに認められなかったら。
ボスオーガの配下になってたかもしれない。
でも、若女将は、プティちゃんは、コワモテのおっさんは、漁村の人たちはこんな俺を受け入れてくれた。元人間の俺だけじゃなくて、オークのオクデラも。
だから、俺たち〈ストレンジャーズ〉は戦う。
勝ち目がなくても。
逃げる準備はできてるけどね! ってことで納得したら逃がしてくれないゴブか? 時間稼ぎもツラくなってきたゴブゥ!
決着まであと4〜5話かかりそうなもので、
まとめ読みがいいかもしれません……
次話、8/11(金)18時更新予定!