第六話 悪いことがさらに重なるってどうなってんの? あとゴブリオ雑魚過ぎて主人公でもなくなったゴブか? 後編
『老人、子供、女、戦えねえヤツらは船に乗れ!』
『さあプティ、行きましょう』
『おかーさん……村のみんな、大丈夫かなあ。デラっちとリオちゃんとシニョンおねーちゃん、大丈夫かなあ』
『大丈夫ですよプティちゃん。漁村のみんなは海の男で海の女ですから! ゴブリンさんたちもきっと大丈夫です! さっ、はやく乗って』
漁村の冒険者ギルドのコワモテ職員が領主と話をした翌日の午後。
港は人でごった返していた。
篭城に際し、領主は女性や子供、年配の人間を海上に逃がすことを決めた。
逃がすといっても遠洋に出るわけでも別の街を目指すわけでもない。
港に繋いだまま、沖合に船を浮かべるだけだ。
迫っているのはモンスターの大群で、ゴブリンとオークは泳げない。
船を繋いで海上に浮かべ、一時退避させておくらしい。
『……お父さん、本当に、大丈夫でしょうか』
『おい、冒険者ギルドの職員がそんな不安そうな顔みせるんじゃねえ。小声でも聞かれるかもしれねえだろ』
『でも、援軍が来るかわからないって、商家が逃げ出したって……』
『チッ、もう話がまわってんのか。なあに、これぐらいの状況は冒険者やってりゃ付きものだ。それにな』
愛娘である美人受付嬢と話すおっさん職員。
話を止めて向き直る。
非戦闘員が乗り込む船ではなく、その下の海へ。
『おう、船の護衛は任せたぞ!』
コワモテのおっさん職員の声に、威勢よく応える者たち。
人魚、サハギン、リザードマン。
漁村の避難民、その海路組を護衛してきた水棲種族の冒険者たちである。
リザードマンの数が増えているのは、港町を拠点にしているリザードマンも合流したからだろう。
水棲種族ではあるが、人間と馴染んできた者たち。
彼らは口々に『護衛は任せろ』などと言っている。
種族が違うのに協力する気なのは、人間とともに暮らしてきたからだろう。あと報酬も出る。
『コイツらが協力してくれんだ、水も創れるし、食べ物も心配ねえ。魚か貝しか食えねえけどな!』
『……もう』
ニヤリと笑って言うあたり、おっさん職員なりの冗談なのだろう。
『あとは領主様と俺たちが、ヤツらを街に入れなけりゃいいんだ。なんとかなるだろ』
『お父さん……』
『ほれ、お前も行った行った。村長と一緒に漁村の連中をまとめてくれや。水棲種族の冒険者の貢献度を記録しとかなきゃ、終わったあとに清算できねえしな』
美人受付嬢の背中を押すコワモテおっさん職員。
どうやら愛娘を戦地に残すつもりはないらしい。
それらしい仕事を押し付けているのは、残ると言い出させないためだろう。
『……わかったよ。こっちは任せてね!』
若女将もプティちゃんも美人受付嬢も、漁村の非戦闘員は船に乗った。
港近くに停泊して、護衛、水と食料の調達は水棲種族が担当する。
当面の心配事は片付いた。
『さて、俺は港町のならず者たちをまとめねえとな』
漁村の冒険者ギルドのコワモテ職員は、海の男たちに向き直るのだった。
『あ、いたいた! ギルド職員さーん!』
『ああん?』
港町の外壁付近に設けられた、冒険者ギルドの臨時受付。
石壁の強化や防衛施設の点検、偵察に出る冒険者たちの拠点となった場所に、一人の男が駆け込んできた。
『いま僕、ゴブリンさんに頼まれた物を仕入れてましてね! ギルド職員さんのことを捜してたんですよ!』
『ああ、〈ストレンジャーズ〉の。アイツらは無事にやってるか?』
『ええ、明日待ち合わせなんです! ただ一つ、どうしても見つからないものがありまして……』
『なにが足りねえんだ? 俺も協力するぞ?』
コワモテのおっさんに話しかけたのは、ゴブリオたち〈ストレンジャーズ〉の取引相手の駆け出し行商人だ。
ガチャガチャと背負子を鳴らしているあたり、頼まれた物はほとんど揃ったのだろう。
『あー、見てもらった方が早いかなあ。まずアニキさん?の棍は見つけた、というか作ってもらえたんです』
『棍っていうか金属の棒だなこりゃ。円じゃなくて八角になってるのは滑らねえようにか。それに、単なる鉄じゃねえな?』
『さすがです! ごく少量ですが、アダマンタイトが入ってるそうで。とある館の門に使う予定だったらしいんですけど、その家の持ち主が逃げちゃったからって加工して売ってもらえたんです!』
『ああ、あのクソ商家か。おう、使え使え。……余ってねえか?』
『これが最後の一本でした! 頑丈な金属っていろいろ使い道ありますからね!』
『チッ、しゃあねえか。それで?』
『アニキさんはこれでいいとして、オークさんは斧槍があるから問題なし。あとはゴブリンさんの短剣なんですよねー。いま使ってるドワーフ作の短剣以上となると見つからなくて』
『まあ短剣は引く手あまただからな。冒険者なら必ず持ってるし、漁師だって港の労働者だって必需品だろ』
コワモテのおっさんが言うように、港町の男たちも漁村の人間も、多くは短剣を腰に差している。
全員が全員、あらくれ者というわけではない。
綱や網が日用品で、魚、ときには魚型モンスターを処理する彼らにとって、短剣は便利な道具なのだ。
手軽で使える武器兼道具である短剣の需要は高い。
『そうなんですよ、おかげでアレ以上が見つからなくてですねー。でもゴブリンさんいわく、オーガには浅い傷しかつけられなかったって』
『ああなるほど、それでいい武器か。……アイツら、またオーガと殺り合う気なのか?』
『どうでしょうか、念のためって言ってましたけどね!』
『そうか……』
行商人の言葉に、アゴに手を当てて考え込むコワモテのおっさん職員。
おもむろに、腰に差していた一振りの短剣を外す。
そのまま鞘ごと行商人に手渡した。
『アイツに渡してやってくれ』
『え? ……え、いいんですか?』
『俺の武器は別にある。それに篭城が長引けば街が荒れるからな、俺はここを離れるわけにはいかねえんだ』
『そうは言っても……あの、おいくらで?』
『ふん、武器ごと帰ってくりゃそれでいい』
ニヤッと笑って、コワモテのおっさんは短剣から手を離す。
行商人は両手でうやうやしく受け取った。
『まあ外に出れたとしても、俺じゃオーガに勝てねえんだけどよ』
『ギルド職員さんでもですか……それじゃ、もしゴブリンさんたちがまたオーガに遭遇したら』
『死ぬだろうな。そもそも、前回もなんで逃げ切れたのかわからねえし』
ギルド職員は小さく首を振る。
前回、ゴブリオは殺されて、逃げ切れたわけではないのだが。
『じゃあこの短剣、戻ってこない可能性だって』
『そうかもしれねえが、俺がここで持ってたって意味ねえだろ? だったら、わずかでもアイツらの可能性に賭けてやるよ。それがありゃ帰ってこられるかもしれねえし』
行商人の肩をポンポンと叩いて、コワモテのおっさんは作業に戻る。気恥ずかしかったらしい。
『ありがとうございます! これ、必ずゴブリンさんにお届けします! よし、これで頼まれてた物は全部揃った……あ、預かった装飾品どうしよう』
おっさんに頭を下げて、行商人もまた歩き出す。
市街地に戻るのではなく、冒険者たちの喧噪を突っ切って、門から外へ。
『この短剣は借り物なわけですし、なくした時の保険ということで! ええ、これは保険です! 無事にギルド職員さんに短剣を返せたら、僕はゴブリンさんに装飾品をお返しするってことで! ……返しますよ? ええ、本当です』
ブツブツと不穏なことを口にしながら。ゲスか。さすがゴブリオと気が合うだけある。
ボスオーガ率いる、ゴブリンとオークの大氾濫。
港町は着々と篭城と迎撃の準備を整えているようだ。
同時に、ゴブリオたち〈ストレンジャーズ〉の準備も。
交戦の時は近い。
次話、6/9(金)18時更新予定です!
次話からゴブリオ視点に戻ります。
■ 現在好評発売中の『ゴブリンサバイバー 1』に続いて、
6/25には早くも『ゴブリンサバイバー 2』が発売予定です!
書影をいただきましたので、活動報告にて公開します!
6/25に同時発売の『10年ごしの引きニートを辞めて外出したら④』の書影も
活動報告にて公開予定!