第三話 港町から離れようとしたところで行商人と遭遇して、いい取引ができたゴブ!
丘の上から港町を眺める俺、ゴブリオ。
港町の門は開かれて、続々と避難民が中に入っていく。
門を守る兵のほかにも役人が来てて、簡単なチェックで通れるようになっているらしい。
あれなら潜り込めるかもと思ったのはナイショだ。
潜り込んでも意味ないからね! ただでさえ見つかったらリンチされそうなのに不法侵入とか! ゴブリオそんな命知らずじゃないゴブ! まあ俺死なないんだけど! ハハッ!
丘から港町を見下ろすゴブリンの俺、オークのオクデラ、新種っぽいアニキ、ニンゲンが怖いシニョンちゃん。
……あれなんかこれニンゲンの敵っぽくない? むしろいま『ニンゲンどもめ、ムダなあがきを』みたいな感じになってない? 俺敵じゃないからね! ニンゲンを守ってニンゲンになりたい元人間のゴブリンだから!
見た目はモンスターなんだし、シャレにならないから悪役ごっこは止めよう。
とにかく、若女将もプティちゃんも、陸路組の漁村の村人は無事に港町に入った。
そこまで見届けて、俺はみんなに声をかける。
『そろそろ行くゴブ』
『ゴブリオ、このあとはどうするつもりだ?』
『敵の規模と中身、いまの位置を知りたいゴブなあ。ボスオーガもいるし、無理するつもりはないけど』
これからのことをアニキと話しながら、港町の反対方向に歩き出す俺。
アニキは『なるほど』なんて言いながらついてきてる。
オクデラとシニョンちゃんは無言でついてきてる。
はいそこ二人ィ! 俺のこと信用しすぎゴブ! ゴブリオめっちゃ危ないことしようとしてるゴブよ? なんか言うことないゴブか?
俺と目が合うと、シニョンちゃんはニコッと笑った。
オクデラは首を傾げている。
くっ、二人が純粋すぎて信頼が重い! だ、大丈夫大丈夫、ゴブリオ無理はしないゴブ!
道を外れて草原に入る。
草原っていっても低い草で、背が低い俺のヒザまでの高さしかない。
あと何日かしたら、ここが戦場になるんだろう。
いやもうちょっと街の近くかもしれないけど。
この辺の地形がわかる地図がほしいゴブなあ。
避難の時におっさんに頼んで見せてもらったけど、大雑把すぎる地図で役に立たなかったし。
そんなことを考えていると。
『ゴブリンさーん! 巡礼者さーん!』
ニンゲンの声が聞こえてきた。
聞き覚えがある声。
『あっ、ちょっと無視しないでくださーい! 僕ですってー!』
立ち止まらないで歩いてたらさらに呼びかけてきた。
ちょっとウザい。
『おひさしぶりですゴブリンさん! 巡礼者さんも!』
『何か用ゴブ?』
『ゴブリンさんが冷たい! あれ、ひょっとして僕のことわかってない?』
ゴブリンに冷たくされて突っ込んでくるとか頭イッちゃってるゴブ!
ノリノリで俺に話しかけてくるニンゲンなんて忘れるわけないのに!
いやあ、反応がおもしろくてついつい。
『ちゃんと覚えてるゴブ! 漁村のこと、教えてくれてありがとう』
『ああよかった、忘れられたかと! 僕は例のブツも取り置きしてるんですからね?』
『まだ買えないゴブ』
ニヤッと笑う男、がっくり肩を落す俺。
そういえばこのやたらポジティブな行商人に出会ったのは、いまと同じ港町の近くだった。
取引をして漁村の情報を教えてもらって、そんで漁村に行くならって、とっておきの商品を見せられて……。
シニョンちゃんをチラ見する俺。
行商人のとっておきで俺が買えなくて、お金を貯めるまで待ってもらってるブツは、怪しいものじゃない。
水着だ。
シニョンちゃんのためのビキニだ。
いや海でビキニなシニョンちゃんが見たいとかそういうヨコシマな欲望じゃなくてね? ほら漁村で冒険者してたら海にかかわる依頼も多いし、巡礼者のローブで濡れたら動けなくなっちゃって大変だから! ほんとそんな弾むおっぱいが見たいとかそんな理由じゃないゴブ!
『それはお待ちしてますけど! それより聞きましたよ、モンスターの大群を削りに行くって!』
『ああ、漁村のニンゲンから聞いたゴブ?』
『そうです! それで、みなさんに必要な物があるんじゃないかって走ってきたんですよ!』
『駆け出しだけに?』
『そう、駆け出し行商人なだけに! ってこれ流行ってるんですか? 漁村のギルド職員さんにも言われたんですけど』
ノリツッコミのキレが悪いゴブ!
おっとそれどころじゃなかった。
『とりあえず食料は問題ないゴブ』
『何か必要な物はありませんか? 僕の手持ちになくても、港町で調達してお届けしますよ! 冒険者ギルドの職員さんも協力してくれるそうですし』
『なんでそこまでしてくれるゴブ?』
『そりゃ大群を少しでも減らす役に立つなら協力したいですし! それに商機ですからね!』
ゴブリン相手に喜んで商売に来るとかコイツやっぱり頭イッちゃってるゴブ! いい意味で、いい意味でね? ゴブリンな俺としてはありがたいし!
『でも配達は危なくないゴブか?』
『問題ありませんよ! 言ってませんでしたっけ? 僕、こう見えて【逃げ足】持ちなんです! むしろ【逃げ足】を活かすために行商人になったわけで』
あるのかよ【逃げ足】! ゴブリオとお揃いゴブ! すぐ駆け出す駆け出し行商人は【逃げ足】持ちゴブか! なるほど職業にピッタリ……あれ、じゃあ俺も冒険者より行商人の方がよかった?
……ダメダメ、それじゃお金は稼げてもライフポイントが溜まらないゴブ!
『必要なものかあ。欲しい物はあるけど、手に入るかどうか』
『港町で仕入れてきましょうか? なんでしょう?』
『武器が欲しいゴブ。アニキの棍と、俺の短剣』
『見せていただいても?』
俺は短剣を渡して、アニキと話して金属の棒も行商人に渡した。
若女将から預かってるオクデラのハルバードはいい武器らしいからそのままだ。
ゴブリンとオークを中心にした、ボスオーガ率いる5000の群れ。
各個撃破を狙うつもりだし、無理するつもりはないけど。
それでも武器は新調しておきたい。
もしボスオーガと遭遇したら大変だからね! いまのままじゃ攻撃が通用しなくて万に一つも勝ち目がないゴブ! 遭遇しなければ大丈夫って? シニョンちゃんは【受難LV2】で【運命神の愛し子】だよ? 最悪を想像しておくに越したことはないゴブ! さすがゴブリオ、【森の臆病者】!
『棒はただの鉄なので、もっといいものを探してきます。ただゴブリンさん、こちらの短剣はドワーフの作品ですね? この短剣より上となると……』
いま俺が使ってる短剣は、〈果ての森〉に面した街の、ドワーフの鍛冶工房で買ったものだ。
俺のはボスオーガの牙で砕かれたから、いまはオクデラの短剣を借りて俺の武器にしてた。
『群れのボスはオーガ。前に遭遇して逃げたけど、武器は歯が立たなかったゴブ』
歯は立てられて砕かれたけどね!
違う違う、そういうことじゃないゴブ!
『オーガに通用する武器……というかゴブリンさん、オーガに遭遇して生き残ったんですか!? すごすぎます!』
死んだけどね!
おっといまそれどころじゃなかった。
『おお、ファンタジー! 手に入るゴブ? お金はこれしかないけど』
腰の布袋を取り外してジャラジャラとお金を出す俺。
金貨が三枚であとは銀貨、銅貨も少々。
『オーガに通用する武器となるとオリハルコンやアダマンタイト、ミスリルといった魔法金属の武器になるでしょう。この金額では』
『あと、これも売り払うゴブ』
そう言われると思ってた。
元人間な俺でも知ってるファンタジー金属の武器はもっと高いだろうって。
俺はへそくりを取り出す。
初めて行商人に会った時に、ぼったくられるかもって売らなかったもの。
盗賊から死体漁り、おっと、盗賊がいた洞窟の宝箱から出てきた装飾品の数々だ。
『これでも足りなかったら、冒険者ギルドのコワモテのおっさんにお金を借りるか』
『……わかりました。僕も男です! ここはゴブリンさんを信じて、後払いでお売りしましょう!』
ゴブリンを信じるとかコイツほんと頭イッちゃってるゴブなあ! いつか騙されるんじゃない? ほんと大丈夫?
『あ、魔法金属の武器を見つけたらですけど』
ないのかよ! いま渡してくれる流れだったじゃん! 後払いに感動したゴブリオの気持ちはどうしたらいいゴブ!
がっくりと肩を落す俺。
行商人は申し訳なさそうな顔をしている。
『それ、手付けで受け取ってほしいゴブ。もし手に入らなかったら、せめてアニキの鉄の棒とオクデラのタワーシールドを新調するってことで』
『わかりました、全力を尽くします! 漁村のギルド職員さんも協力するって言ってましたからね、なんとかなるでしょう!』
そんな言葉を聞いても一度下がったテンションは上がらない。
オリハルコン、アダマンタイト、ミスリル……。
憧れのファンタジー武器が手に入るかと思ったのに! しかも後払いで! おっとゴブリオ踏み倒す気はなかったよ? 後払いでもちゃんと払うつもりだったけど! いつまでに払うとは言ってないけどね! ヒュー、鬼畜生! ゲギャギャッ!
『ところでゴブリオさん……』
話を続ける行商人を見る俺の目に力はない。自分でもわかる。
『【人族語】うまくなりましたね!』
いまかよ! そりゃ【人族語】がLV2になってから会うのは初めてだったけどさあ!
え、俺のまわり、ほんと変わり者だらけ? もうちょっとまともなニンゲンはいないゴブか? おっと俺ニンゲンじゃありませんでしたわ! そもそも〈ストレンジャーズ〉でニンゲンなのはシニョンちゃんだけでしたわ!
武器を発注して、俺は駆け出し行商人と別れた。
行商人は『手付けの預かり証の代わりにコレをお貸ししますね!』って最後に地図を渡してきて。
ありがとう行商人! この地図、港町周辺の地形もわかりやすいしめっちゃ使えそう! 頭イッちゃってるとか言って申し訳なかったゴブ! おっとそれは俺の頭の中で突っ込んだだけだったからセーフセーフ!
あと走るスピード速すぎィ! あれ、あの行商人ひょっとして俺よりも【逃げ足】のスキルレベル高い?
……あ。
また名前聞き忘れた。
まあいっか、待ち合わせ場所も決めてるしまた会えるゴブ!
さーて、それじゃ探索と各個撃破に向かいますか!
今度こそ待ってろ雑魚ゴブリンと雑魚オーク! ライフポイント稼いでやるゴブ! でもボスオーガは待ってないでください! ゴブリオまだ勝てる気がしないからね! フリじゃないゴブよ?
遅くなりました!
次話は明日5/27(土)18時投稿予定です!
明日は『ゴブリンサバイバー 1』発売から初めての週末です。
本屋をうろつくか、でも売ってなかったり減ってなかったら
ガラスのハートが砕けそうだしどうするか……