第十八話 強敵相手にゴブリオやっぱり死ん……でない?
週一更新ですので、最初の三行アキまでは前話のあらすじを入れています。
卑怯な奥の手を連発してボスオーガを追い込んだと思った俺。
さあ蹂躙だ! と思ったら、オクデラが盾ごと吹っ飛ばされた。
いま、俺の後ろでシニョンちゃんが治癒の魔法をかけてる。
そんで俺の前には。
ファイティングポーズをとるボスオーガの姿があった。
なんか陽炎みたいな、強者のオーラっぽいものを揺らめかせて。
……これひょっとして【棍術】より【格闘術】の方がレベル高いパターン?
ちょっ、ゴブリオそんなの聞いてないんですけど! 武器がない方が強いとか人類の叡智を舐めてるゴブな! おっと、ボスオーガも俺もニンゲンじゃなかったゴブ! 鬼畜生!
本気になったボスオーガを前に冷や汗が止まらない俺。
体の震えも止まらない俺。
もう油断しない、とでも思ってるのか、ボスオーガは動かない。
これあれゴブな? 後の先を狙うとかそんな感じのヤツゴブな?
えーっと、【逃げ足LV2】を活かして逃げていい? ダメ?
ダメだよね、後ろにシニョンちゃんと若女将とプティちゃんがいるもんね!
くっそ、こうなったらゾンビアタックでもなんでもしてやる! 一回死んで新しいスキル取って強くなって……勝てる気がしないんですけど! ライフポイントあと48あるけど一発逆転できるスキルとか思い浮かばないんですけど!
脳内では大騒ぎだけど、俺はボスオーガと見つめ合ったままピクリとも動かない。
動かないとどうしようもないのはわかってるんだけど。
ええい、気合いだ気合い!
いまやらなきゃオクデラもシニョンちゃんも若女将もプティちゃんも殺られちゃうから!
勇気を振り絞って足を動かす。
ボスオーガの動きを【覗き見】ながら走り寄る。
くる!
わかったのは偶然か、それとも元人間だった頃に格闘技を見たことがあったからか。
俺は姿勢を低くした。
頭の上を、ブオンッ!って轟音を立てて足が通り過ぎる。
ぶ、無事に【回避】できた! これちょっとシャレにならないゴブ! 一発直撃したらアウトっぽい!
あとボスオーガ、これだけカッコつけて下に何も履いてないのかよ! いろいろ丸見えでパンツぐらい履いといてくれませんかねえ! 鬼だけに!
時間がゆっくり流れてるように思えるのは、俺が集中してるからか。
おかげで見たくないものまでバッチリ見えたけど。
ボスオーガの右のハイキックをかわした俺は、左足を短剣で斬りつける。
そんですぐ後ろに逃げる。
いま【逃げ足】が役に立ったって信じてる!
さーて、俺がつけた傷はっと……は?
またおたがいにらみ合う感じに戻ったところで、俺はボスオーガの足をチラ見する。
うっすら血が出てたけど、あっという間に傷がふさがった。
……そういえばさっきオクデラが折った右腕も治ってたゴブな! 俺の命がけの、奇跡の一撃がすぐ回復するとかこれマジどうしょうもないんですけど! 俺の【体力回復】スキルはそんな風にならないんですけど!
「ふむ。やはりただのゴブリンではないか」
そうだよゴブリンリーダーで元人間だからね! ハハッ!
心の中で強がる俺。
じゃないと心折れそうですもの。
勝ち目が見えないんですもの。俺、覗き魔特化なのに。
弱気になった俺の横に、並んだヤツがいた。
オクデラだ。
『ゴブリオ、オデ、ヤル! ミンナ、守ル!』
『オクデラさん、もう一度治癒の魔法を! まだ左腕が折れて!』
盾が壊されて、腕が折れたはずのオクデラだ。
腕が折れてるのにオクデラが痛がってないのは、スキル【鈍感】の効果なのかもしれない。
純情弱気オークだったオクデラが、俺を、シニョンちゃんを、仲良くなったプティちゃんを、俺たちを受け入れてくれた若女将を守るために、俺の横に並ぶ。
そうだな、オクデラ。
俺たちはいま、逃げるわけにも負けるわけにはいかないもんな。
心折れてる場合じゃない。
『オクデラ、スキを見てデカいのを狙え。俺はかく乱するゴブ!』
そう言い残して、俺はもう一度ボスオーガに突っ込む。
ほらさっき避けられたんだし【回避】スキルがあればイケるイケる!
『ゴブリオ、待ッテ!』
止めるオクデラの声を無視して。
俺はまた、死地に飛び込む。
ボスオーガが嬉しそうに嗤い、今度は拳を繰り出してくる。
右ストレート、というより正拳突きかな?
まあ余裕で【回避】するんだけど! だって俺、まともに相手する気ないからね! 死地に飛び込む? 何のことゴブか?
地面にダイブする俺、ゴブリオことゴブリンリーダー。
ゴロゴロ転がって、ボスオーガがさっき手放した金属の棒を拾う。
短剣じゃ【格闘術】と同じようなリーチだからね! これなら離れたところから攻撃できるゴブ! 死体漁りどころか目の前で盗んでやったゴブな! ゲギャギャッ!
2メートル近い金属の棒は重い。
いくらゴブリンリーダーになって体が大きくなってても、俺には振り回せない。
だから俺は、嫌がらせのようにチクチク突つく。
スキル【棍術】はなくてもサッと突いてサッと引くぐらいできる。
俺の動きが予想外だったのか、ボスオーガは戸惑ってる。
そりゃそうだ、鉄の棒で突ついたってダメージにならないんだから。
でも目やみぞおちや金的を狙ったら、ボスオーガはちょっとイラッときたらしい。
俺がこりずに突き出した鉄の棒を掴んで、グイッと引っ張る。
ので、俺は手を離した。
はいバランス崩しました! それっぽく見えてもしょせん鬼畜生、【格闘術】持ちとは思えないゴブ! まだまだ精進が足りないゴブなあ! ああ、精進が足りないから鬼になったゴブか? ゲギャギャッ!
合図をするまでもない。
バランスを崩したボスオーガに、オクデラが右腕一本でメイスを振り下ろす。
「ふむ、良い連携だ」
余裕な声が聞こえる。
体勢を崩したのは、ボスオーガの、誘いだった。
オクデラの攻撃はサイドステップであっさりかわされた。
続けてミドルキック。
「グオッ」
折れた左腕に蹴りを受けて、またオクデラが後ろに吹っ飛んでく。
俺の挑発が効いてたみたいだったのに。
チャンスだと思ったのに。
俺は動揺してしまった。
そのスキに近づかれる。
速い。
「終わりだ」
ボスオーガの赤い拳が俺に向かってくる。
ゆっくり。
ああ、これが走馬灯ってヤツか。
何度も体験したからゴブリオ知ってるゴブ。
いや走馬灯って人生を思い出す感じだっけ。
まあ今さらどうでもいい。
頭粉砕コース、これなら即死で痛くないかなあ。
すぐ復活するのはいいとして、種族とスキルどうしよう。
どうやってもコイツに勝てる気しないゴブ。だめだめ、諦めたらそこで終わりだから! 俺の後ろにはオクデラとシニョンちゃんと若女将とプティちゃんがいるんだし!
ボスオーガの拳はもう目の前だ。
ゆっくり近づいてくる拳が。
俺の頭を。
それた。
「……え?」
確実に、俺の頭を粉砕するはずだった拳が、それた。
信じられなくて呆然と見つめる。
それたんじゃない。
そらされたんだ。
ボスオーガの腕が、押されて。
そんな、そんな。
俺は信じられなくて呆然と見つめる。
ボスオーガの腕を押した、腕を。
ウロコにおおわれた腕。
俺の前に立つ、その背中。
姿は変わってる。
でも、俺は知ってる。
俺とオクデラは、俺たちは、知っている。
腰の後ろ。
ベルトがわりの皮に差し込んだ、黒曜石のナイフの、ウサギのポンポンが揺れる。
「待たせたな、弟たちよ」
声は変わらない。
言い方も変わらない。
背中は、変わらない。
「アニキィ!!」
姿が変わっても、俺とオクデラが間違えるはずがない。
俺たちのアニキが、そこにいた。
ボスオーガの拳をそらして、俺を守って。
「ほう、仲間か? 我の一撃を防ぐとは。面白い」
「アニキ、アニキ! オデ、オデ! アニキ!」
『待ってくださいオクデラさん! 神よ、癒しの奇跡を与え賜え。治癒!』
後ろからオクデラとシニョンちゃんの声が聞こえてくる。
オクデラはなんか意味ない叫びになってるけど。
シニョンちゃんは三回目の魔法であと一回しか使えなくなってるけど。
それどころじゃない。
里で襲われそうになってたシニョンちゃんを助けた時から、ずっと行方がわからなかったアニキ。
俺たちのアニキが、そこにいた。
「なんで、なんでアニキが!」
「弟たちが、助けを呼んでいる。ならば、兄が守るのは当然だろう?」
…………。
……いやアニキちょっとズレてるんですけど! なんでここにって聞きたかったんですけど! というかアニキ姿変わりすぎじゃないすかねえ!
スキル【鱗化】のせいで、顔半分を残して皮膚がウロコっぽいゴブリンだったアニキ。
アニキの肌は、ウロコっぽいどころか明らかにウロコになってた。
というか尻尾も生えてる。
リザードマンっぽいけど、漁村で見かけたリザードマンとは違う。
顔はアニキのままだし。
えーっと、これ種族どうなってるゴブ? ゴブリン? リザードマン? ゴブリザードマン?
称号が【突然変異の革新者】だったからって突然変異しすぎじゃないすかねえ? これ革新どころじゃないゴブ!
「我も知らぬ種族だが……楽しませてほしいものだ」
というか目の前にボスオーガいて今そんなこと考えてる場合じゃなかったゴブ!
じっと待っててくれてありがとうございます!
空気読めるボスオーガとかよくわからないゴブな! でも待つ気はあるけど逃がしてくれる気はないゴブな! 大魔王からは逃げられないゴブか? 大魔王じゃなくてただの大鬼だけど!
「アニキ、俺たちいま戦ってて!」
「オデ、ゴブリオ、ニンゲン、守リタイ!」
アニキがどれだけ状況を理解してるかわからない。
俺と、左腕をだらんと下げたオクデラが言う。
「アニキ、俺今度はアニキを置いてく気はないからね!」
「オデ、オデモ!」
アニキは笑って、頷いた。
「では、共に戦おう」
そう言って。
よーしよしよし、アニキが来たらもう勝ったも同然ゴブ!
アニキは強くて物知りで頼りになって、あの森でデカネズミだって一角ウサギだって狩れて……。
あれ?
アニキは剣シカを狩れなくて、森の主の火を吹くクマは勝てないって言ってて……。
ゴブリンとたぶんゴブリンリーダーあたりの群れにボコられて……。
あれえ?
これ勝てなくね?
アニキあんまり強くなくね?
……いやでもこれで初めて《ストレンジャーズ》が四人揃ったから!
なんとか、なんとかなるってきっと!
アニキ、すげえ強くなってるってゴブリオ信じてるからね!