第十六話 ニンゲンが森に入ってきたんですけど価値観の違いを感じてなんだこれ!
あれから三日が経った。
俺とオクデラはバオバブの木の上じゃなくて、違う場所を拠点にしてる。
ここもアニキが狩りで使っていたポイントだ。
二番とは違って、見晴らしが良い監視場所として。
三番は、100メートル近い崖の中腹にある狭い岩棚だ。
ここからは森を流れる川と、木の間からちょっとだけニンゲンの道が見える。
崖はそれなりに急で、オクデラは縄がないと登れない場所がある。
ここを拠点にしなかったのはそのためだ。
モンスターに襲われにくいけど落ちたら死ぬからね! 足を滑らせたら死! 寝返りもヤバい! 結局ここも危険ゴブ!
バオバブの木と二番には、俺がこっそり印をつけに行った。
アニキと決めておいた、短い線を三本。
三番にいるって、アニキへの伝言。
アニキの行方はわからない。
でも俺は、俺とオクデラは、アニキが生きてるって信じてる。
ひょっこり帰ってくるって。
だから。
「ゴブリオ、オデ、虫トッテキタ」
「おお、さすがオクデラ! あ、手甲直しておいたゴブ」
「アリガトウ。オデ、コレデ、ゴブリオ守ル。今度コソ、仲間ヲ」
「ああ、そうだな。頼むゴブ!」
俺とオクデラは、いままでみたいに暮らしてる。
出っ歯ネズミとか一角ウサギは狩れるしね! それに木の実も虫もたくさん採れるし! 木の実と虫が同列って俺もずいぶんサバイバルライフに馴染んでるゴブ! さすがゴブリン! 鬼畜生!
俺はスキル【覗き見】と【逃げ足】を活かしてゴブリンの里を見に行ったけど、アイツらにも変化はない。
俺たちを捜しまわってるってこともない。
試しに姿を見せたら追いかけてきたけどね! やっぱりいままで通り無視で終わりってわけにはいかないゴブ! 完全に敵対したゴブよ!
とりあえず、アニキの敵討ちに行く気はない。
多勢に無勢だろうと、俺が釣り出して罠にはめればなんとでもなるんだけど。強がりじゃないゴブよ? 本当ゴブよ? そもそもアニキは死んでないゴブ!
それに。
たぶん、俺たちが殺る必要はない。
ちょっと考えればわかる。
ニンゲンの女の子が、たぶん護衛も連れてたのにゴブリンに襲われて、森にさらわれた。
変なゴブリンとオークに助けられたことは問題じゃない。
ゴブリンに捕まった恐怖のせいで見た幻覚とかだと思われるはずだ。そう思ってほしいゴブ! 俺たちは非実在なんちゃらゴブ! 探さないでください!
問題は人を襲うゴブリンの集団が、森にいると知られたことだ。
俺のゴブ生初日の時とは違って今回はゴブリンの里の場所も知られた。
うん、どう考えてもニンゲンが潰しに来るでしょ! 放置されたら逆にこの世界のニンゲンの常識を疑うゴブ! 里から離れておかないと俺たちまで危ないゴブな!
同族のゴブリンたちに警告?
そんなんしてやらないゴブ! もう安全な縄張りの中にも入れてくれないからメリットもないゴブなあ! 俺たちに敵対したことをあの世で後悔すればいいゴブ! 復讐ゴブ! 人任せだけど! うん、鬼畜ゴブ!
だから俺は、川も道も見えるこの場所をいまの拠点に選んだ。
落ちたら死ぬけど縄で命綱は作ってあるし。
森に下りるのは最小限にして、俺は崖の中腹から道を見張っていることが多い。
ここはゴブリンの里より街に近くて、ニンゲンが里を襲うなら通るはずだから。
ありがとうスキル【覗き見】! ゴブ生でずっと役立ちまくりゴブ! あと【逃げ足】も!
そして、ついにそれを見かけた。
「オクデラ、伏せるゴブ。あと静かに」
「ワカッタ。ゴブリオ、何ガアッタ?」
言う通りにしてから質問するってできすぎだぞオクデラ! さすがピュアオークゴブ! 俺を信じ切ったその目がたまにツラいゴブ!
「ニンゲンだ。それも群れで、みんな武器を持ってるゴブ」
木の間から見える道。
俺が【覗き見】したのは、道を歩く武装したニンゲンの集団だった。
数が多い。
「これは本気だな。たくさんニンゲンがいるゴブ」
「オデタチ、大丈夫カナ?」
「ああ、ここは問題ないと思うゴブ。目的は、ゴブリンの里だろうから」
ニンゲンの集団の中に、俺たちが助けた女の子の姿があった。
道案内なんだろう。
ちょっと浮かない顔に見えたのは、俺たちを心配してくれているんだろうか。
両横の護衛っぽい男たちはデレデレしておっぱい見てるけどなあ! 俺とアイツらどっちがケダモノかわかったもんじゃないゴブ! 俺ゴブリンだけど! 鬼畜生ゴブ!
「ゴブリオ、ドコニ行ク?」
「ああ、里がどうなるか見ておこうと思って。ニンゲンの後を追うゴブ」
「危ナイ。オデモ、一緒ニ」
アニキがいなくなって、オクデラはすっかり心配性になった。
自己評価が低くて、認めてくれた人に懐いて、少しでも離れるのをイヤがる。
あれえ? これちょっとヤンデレ化してませんかねえ? オークなのに! オクデラはオスのオークで俺はオスのゴブリンなのに! はやく独り立ちできるといいなオクデラ! そんで立つといいなオクデラ! あ、うん、いまのは関係なかったわ。すまん。
「オクデラ、じゃあ後ろからついて来るゴブ。もし見つかったら俺を置いて逃げるゴブ」
「デモ、デモ」
「大丈夫、逃げるなら俺が囮になって、一人の方が逃げやすいゴブ。その時はここで合流な」
「……ワカッタ」
うん、オクデラ、目で丸わかりだから! 俺を置いて逃げる気ないのバレバレだから!
まあ大丈夫だろ。離れたところから【覗き見】するだけだし。
ゴブ生初日に見た、めっちゃ強かったニンゲンたちは見かけなかったし。
大丈夫、大丈夫、あの時も逃げられたゴブ! 今回もきっと大丈夫!
だと、いいなあ。
拠点から、ニンゲンたちが通り過ぎたのを見届けて。
俺とオクデラは、崖の中腹から下りて森に入った。
いまニンゲンたちの集団の、かなり後ろを歩いている。
スキル【覗き見】がある俺でも姿が見えないけど、その必要もない。
ニンゲンたちは集団だからか、隠す気もなく森を進んでる。
アニキに教わった、逃げた獲物を追う狩人の知識もいらない。
草は倒れてるし枝は折れてるし、ニンゲンがどこを通ったかすぐわかる。
それに。
「ゴブリオ、マタ悲鳴」
「ああ。今回のは一角ウサギだと思うゴブ」
森にはモンスターがいる。
雑魚ゴブリンな俺でも倒せるスライム、出っ歯ネズミ、一角ウサギ。
俺じゃ倒せない剣シカ、戦闘イコール死な火を吹くクマ。
ニンゲンの集団は、あのクマさえ恐れてないのか、ガヤガヤと騒ぎながら森を進んでいる。
襲ってくるモンスターを倒して。
倒したモンスターを、そのままにして。
いまオクデラの荷物には、出っ歯ネズミと一角ウサギの死体が増えている。
『**********!』
『****、*********!』
ニンゲンたちの声が俺の耳に届く。
しばらく歩くと、またモンスターの死体が見えてきた。
今度も一角ウサギだった。
キレイな死体じゃない。
まるで試し切りみたいに、ボロボロになった、一角ウサギの死体。
俺が道具にした角も、アニキが干して皮袋にした胃も、俺たちの食料になった肉も、服や防具になった毛皮もそのままだ。
「ゴブリオ、コレモ持ッテ帰ルカ? 肉ハ食エソウ」
「そうだなオクデラ。俺たちが食べるゴブ。食べてやるゴブ」
オクデラはもったいない、とばかりに一角ウサギの死体を拾う。
うん、死んだヤツを食べないことが最大の侮辱だ! って言ってたボスゴブリンの言葉が、なんとなく理解できちゃったゴブ! いや同族殺して食うのはどうかと思うけどね! あれ、俺、心までゴブってない?
オクデラはニンゲンがわからないから疑問はないようだけど、俺はわかる。いまはゴブリンでも元人間だから。わかってしまう。
一角ウサギを倒すのに、こんなに傷をつける必要はない。
ニンゲンが、森に入ってゴブリンの里を潰しに行くようなニンゲンが、それを知らないはずはない。
コイツらはもてあそばれて殺されたんだってわかってしまう。
肉も皮も使われなくて、気まぐれに殺されたんだって。
せめて食べてやれって思うのは俺が心までゴブったからなのかなあ。
俺、元ニンゲンだけどニンゲンの価値観に馴染めない件!
『****、*********!』
『*********』
『***、**********!』
続けて聞こえたのは、またニンゲンたちが騒ぐ声と今まで聞いたことない動物の断末魔の鳴き声。
後ろにいるオクデラと顔を見合わせて、今までより警戒して進む。
ニンゲンたちが通った後に倒れていたのは、剣シカだった。
剣のような角は根元から折られて横に捨てられている。
剣シカはまだ息があるようで、わずかに腹が上下している。
俺とアニキとオクデラ、三人がかりでも倒せないとアニキに言われた、森でも中ぐらいの強さのモンスター。
俺たちには危険なモンスター。
それが力なく横たわっている。
コイツの自慢だっただろう角は折られて、価値はないとばかりに捨てられて。
剣シカが俺とオクデラに気づいて見つめてくる。
弱々しく。
俺は腰につけてた皮のベルトから、錆を落としたナイフを抜いた。
こんなちっぽけなナイフだけど、せめて俺たちの最高の武器で。
ナイフを振り上げてトドメをさした。
「オクデラ、この角は俺が持つゴブ。死体は持てるゴブか?」
「持テル。デモ、モットハ、運ベナイ」
オクデラはあっさり剣シカの後脚を肩に担いだ。
担げるのな! 気は優しくて力持ちってヤツか! さすがオーク! オクデラを連れてきて良かったわ!
「わかった。オクデラ、もし逃げることがあったら、それは置いていくゴブ」
「ウン」
素直に頷いて、オクデラは歩き出した俺の後ろをついてくる。
なあ。
なあアニキ。
ニンゲンって、何だろうなあ。
これが、俺がなりたかったニンゲンなのかなあ。
俺のワガママで、アニキが行方不明になって、それでも助けた、ニンゲンなのかなあ。
いつの間にか、歩くのが遅くなってたみたいだ。
視界がボヤけてたから、いまいちわからなかった。
うつむいて歩く俺の肩を、ポンと叩く大きな手。
オクデラァ! 純情弱気オークに気遣われちゃったよ! よくわからないけど俺が落ち込んでるっぽくて慰めたってか! いやそんなんされても惚れないからね! オクデラはオークだから! 俺チョロインじゃないし!
でも。
ありがとう、オクデラ。