第十四話 里のゴブリンたちがニンゲンを捕まえてきたらしくてヤバすぎるだろおい!
長めです(6,000字前後)
「なあアニキ、罠を使えば剣シカを殺れないかな? 俺たち三人で狩るゴブ」
「罠か。ゴブリオが考える罠は優れているからな。上手く嵌れば狩れるかもしれん」
森で木の実を採取しながら話す俺とアニキ。
オクデラは近くで、木に巣食った虫を採取してる。
出っ歯ネズミや一角ウサギは狩ってるけど、剣シカはまだ狩ったことがない。
アニキが言うには、剣のような角を振りかざして突進してくるらしい。
あと、頭をブンブン振り回して攻撃してくるとか。
うん、それだけなら何とでもなりそうな気がするゴブ。
ボーラを投げて足を止めたり、定番だけど落とし穴とか。
ここは元人間の悪知恵を働かせる時ゴブ! 汚い手段なら任せておくゴブ! なんたって俺、死体漁りもこなすからね! さすがゴブリン、鬼畜生!
おっと。
「急に立ち止まって、どうしたアニキ?」
「里が騒がしい。何かあったのかもしれん」
「おう? よく聞こえるなあ、さすがアニキ。オクデラはどう?」
「聞コエナイ。オデ、ミミモ、ヨクナイカナ」
しょげた感じで言うオクデラ。
自己評価が低いぞオクデラ! なんかすまん! 大丈夫、俺も聞こえなかったし! もっと自信持っていこうな!
「アニキ、それでどうするゴブ?」
「見に行こう。ここはゴブリンの縄張りだ。俺たちにも影響があるかもしれない」
「ああ、確かに。んじゃこっそり行くゴブ!」
俺たちはゴブリンの縄張りの中にある、バオバブの木を拠点にしている。
里のゴブリンたちからは無視されてるけど、攻撃はしてこない。
うまく利用してる感じゴブ! ハブられてるのを気にしなければだけど! さ、さびしくなんかないんだからね! いやマジで。アイツら臭いから。
ともかく、ゴブリンの里で何かあったら、俺たちにも影響する可能性がある。
アニキの言葉も当然だ。
俺とアニキが並んでオクデラを後方に。
俺たちは、コソコソとゴブリンの里に向かって行った。
スキル【覗き見】の出番ゴブ! 【逃げ足】も【覗き見】も役立ちまくってるゴブ! ありがとう覗き魔特化のスキル構成!
里に近づくに連れて、ゲギャグギャ騒いでる声が聞こえてくる。
いつもよりかなりテンションが高い。
「さすがに騒ぎすぎゴブ。ゲギャゲギャうるさくて聞き取れないゴブ。アニキ、なんて言ってるかわかる?」
「ああ。遠征に出ていたヤツらが帰ってきたらしい」
「あ、それでか。アニキ、今回の収穫は何だって言ってるゴブ?」
「ニンゲンのメスをさらってきたそうだ」
「は? え? パードン?」
「ニンゲンのメスを一匹さらってきた。今日は宴らしい」
「え、ちょっと待つゴブ! ニンゲンは襲わない方がいいって言ったゴブよ! ニンゲンが群れて襲いに来るって!」
「ゴブリオ、何を慌てる? 来たニンゲンを撃退すればいい」
「おうっふ、アニキもそういう考え方ゴブか! ああもう、くっそ!」
アニキはエリートゴブだけどゴブの呪縛からは逃れられないゴブみたいゴブ! ゴブリンの尊厳って何かねアニキィ!
アニキとオクデラを置いて、走り出す俺。
くっそ、アイツらやらかしやがったゴブ!
バカだバカだとは思っていた。
ゴブリンは本能で生きるバカで、目先のことしか考えてないって。
まあ俺もいまやそのゴブリンなんだけどね! ハハッ! 鬼畜生!
里に飛び込んだ俺が見たのは、手足を縛られて転がされているニンゲンの女の子だった。
手入れされた金髪、青い目にはうっすらと涙が溜まっている。
それはまだいい、いまは大事じゃない。
問題は服だ。
服を盛り上げるでっかい胸だ。
おっぱいすげえ。
あれ、俺このおっぱい見たことある気がする。
俺のゴブ生初日にゴブリンに襲われて助けられてたおっぱいじゃない? じゃなかった、女の子じゃない?
またゴブリンに襲われたのかよ! 二度目じゃん! 学習しようよ! ニンゲンってそこが優れてるんでしょーが! バカなゴブリンと違ってさ!
いや、突っ込んでる場合じゃない。
というか問題はおっぱいじゃない。
問題はおっぱいじゃなくて服だ。
あの時はビリビリに破られて気づかなかったけど。
それにこの世界のこともニンゲンのことも知らない俺だ、ただの想像だけど。
でもさ、頭からすっぽりかぶる服で、胸元に記号っぽい印があって……これ、法衣じゃない?
宗教的なアレで、この女の子は聖職者じゃない?
聖職者で巨乳ってヤバい、いやそうじゃなくて、聖職者を攫ってきたって、これヤバすぎるだろ。どう考えても捜しに来るでしょ! 小鬼を殺す者とか来ちゃったらどうすんの!
倒れた女の子を囲んで騒ぐゴブリンの群れに割って入る。
「臆病ゴブ、なんのつもりゴブ?」
「だから語尾がゴブってなんだよ! いや俺も語尾にゴブってついちゃうんだけど! いまそれどころじゃないゴブ。やめろ! 何もしないでニンゲンを解放して、里の場所を変えるゴブ!」
「はあ? 臆病ゴブは黙っとけ! ああそうか、おめえらはぐれ者はおこぼれに預かれねえからってひがんでるゴブな?」
「ゴブが語尾ですらなくなってる! 俺もそんな時あるけど! いやそうじゃない。いいから言うことを聞くゴブ! このニンゲンを捜してニンゲンが攻めてくるゴブよ!」
「なーに言ってんだ、来たら戦えばいいゴブ。男は殺せ! 女は犯せ!」
「男は殺せ! 女は犯せ!」
「唱和すんな! なんだその標語! 強いニンゲンは強いし、弱くてもニンゲンは賢いゴブ! 群れて来られたらどうするゴブか!」
「ああもう、臆病ゴブがうるさいゴブ。群れに迷惑かけないなら見逃してやってたのに……おい、おめえら」
「うっす。殺るゴブ?」
「小腹が減ったゴブ。このガキを殺して食らって、それから祭りゴブ!」
「ヒャッハー! お祭りゴブ!」
「え、おい、ちょっと待って、そうじゃなくて、え、同族喰いとかありゴブか? 祭りってガチのカーニバル? カーニバルってカニバリズムからきてるんじゃないゴブよ? え、待て、待って、話せばわかる、ゴブ?」
冷たい汗が出る。
女の子の前に立ってた俺を囲む輪が、ジリジリと縮まってくる。
目の前にはボスゴブリンと取り巻きたちが十匹ぐらい、さらにその後ろにも大量のゴブリンたち。
どう考えてもピンチ。
あれ、これ俺詰んだんじゃね?
チラッと足元に目を向けると、聖職者っぽい女は目を閉じてブツブツ言っていた。
『*****、**********』
あいかわらずなに言ってるかわかんねえし! 俺ゴブリンだからね! スキル【ゴブリン語】しかないからね! 【ニンゲン語】ほしい!
前には目が血走ったボスゴブリンと取り巻きたち、俺の横と後ろを囲むように広がる里のゴブリン。
殺る気満々で、逃げようにも足元にはニンゲンの女の子。
まだ真後ろは開いてるから、俺だけなら逃げられそうなんだけど。
チラッと足元に目を向ける。
ニンゲンの女の子は、目を閉じて祈っていた。震えながら。
……うん。これは逃げられないゴブ。
この女の子を見捨てて逃げたらカラダだけじゃなくて心までモンスターゴブ! 俺はそんな外道じゃないゴブよ! ゴブリンだけど! 鬼畜生だけど!
女の子をかばうように立って、持っていたブラックジャックを手にする。
できるだけ抵抗してやるゴブ! 死にたいヤツからかかってこいゴブ!
心の中で虚勢を張る。
短いゴブ生だったなあ……。
ああうん、でも。
チビでブサイクでハゲな雑魚ゴブリンが、美人おっぱいちゃんを守って死ぬなら、元人間としてはいい最期かもしれないゴブ。
ゴブリンにしちゃ上出来ゴブ。
俺が殺られたら、次はこの子の番か……。
助けられなくてごめんな、おっぱいちゃん。
はあ、せっかくファンタジー風な世界に来たのに、チートもなくてハードな人生だったなあ。あ、ゴブ生か。ハハッ!
そうだ、せめて最期におっぱいちゃんのおっぱいを……。
ダンッと音が聞こえた。
何かが地面に落ちたような、音。
「待ておまえら。ゴブリオを殺ると言うのなら、俺を殺ってからにしろ」
ゴブリンたちの輪の外から飛んできた男。
オクデラが組んだ手を踏み台にしてジャンプする、俺が教えたその技。
ゴブリンたちに囲まれても臆さずに、ピンと伸びたその背中。
「アニキ! なんで、アニキがここに!」
「ゴブリオ、ここは俺が引き受ける。オクデラと一緒に逃げろ。そのニンゲンを連れてな」
「アニキ、だってこんなに囲まれてたらいくらアニキだって、それにアニキはさっきニンゲンを捕まえることに反対してなくて、なのになんで、なんでこんなこと」
俺は動揺してるのかもしれない。
アニキは、平然と俺の前に立っているのに。
「俺の弟がニンゲンを助けようとしている。理由なんてそれで充分だ」
アニキは振り向きもしないで、俺に言った。
その背中は頼もしくて。
ベルトがわりの皮に差し込んだ、黒曜石のナイフの、ウサギのポンポンが揺れる。
「さあ、ここは俺に任せて先に行け!」
手に持った棍棒を振り回すアニキ。
アニキは強い。
スキル【鱗化】で打撃は効きづらくなってるし、スキル【棍術】もあるし、それに俺が人型の生き物の弱点を教えたから。
頭、人中、ノド、みぞおち、金的。
手首を狙って武器を落とさせたり、スネを打って痛がらせたり。
他のゴブリンと違って、アニキが振り回す棍棒は狙いがある。
雑魚ゴブリンなんて敵じゃない。
ボスゴブリンとデカめの取り巻きたちを牽制しつつ、雑魚ゴブを攻撃するアニキ。
アニキが暴れたことで、ゴブリンたちの包囲が緩んだ。
その隙間から、両腕につけた手甲で頭を、背負った木の盾で背中を守って、ゴリゴリとオクデラが進んでくる。
あのオクデラが、震えながらゴブリンたちを割ってくる。
スキル【鈍感】は痛みに鈍くなる。だから、そのカラダと力を活かして突進するといい。
アニキは余裕でかわせるって言ってたけど、密集してる敵には効果が高いから。
そう言って、俺が前に教えた通りの突進で。
「オデ、オデモ、イッショニ」
「ああ、ああ……頼むオクデラ、この子を抱えてくれ」
俺の頼みに、オクデラは何も言わずに女の子を肩に担いだ。
「さあ行け! 俺は後から追いかける!」
鬼神のごとくゴブリンたちと戦うアニキ。
あいかわらず背を向けたままで、こっちは見ない。
「アニキ……ありがとう。こんな俺を、変人、いや、変ゴブを……」
アニキの背中に頭を下げて、周りを見る。
オクデラが割って入った隙間は、いまも人垣、いやゴブ垣が薄かった。
「あそこだ! 行くぞオクデラ! 後ろは見ないで走り抜けるゴブ!」
「ワカッタ!」
俺を先頭に、女の子を担いだオークが走る。
おら今だ、俺の【逃げ足】スキル! ここで活躍するゴブよ!
攻撃はしないで体を守って、ゴブリンたちの包囲を抜ける。
人垣、じゃなくてゴブ垣を抜けて、立ち止まらずに里の外へ。
後ろは振り返らずに、アニキを振り返らずに、走り続ける。
里を出た時、アニキの叫びが聞こえてきた。
はぐれ者の俺とオクデラにいろいろ教えてくれた、俺たちのアニキ。
ニンゲンを逃がそうとした俺を助けてくれた、俺の理解者。いや理解ゴブ。
ゴブリンたちに囲まれたアニキの、もしかしたら最後の、言葉。
「行けゴブリオ! オクデラ! 俺の分まで頼む! 犯して孕ませて強い群れを作れ!」
…………。
いやアニキぜんぜんわかってねえし!
俺の言ったこと何も理解してねえし!
理解ゴブじゃなかったわ! というか理解ゴブってなにゴブ! エリートゴブでもゴブリンはゴブリンゴブな! ゴブリンの尊厳って何かねアニキィ!
もう、アニキに突っ込んでも届かない。
俺はゴブリンだけど、心までゴブリンになったつもりはない。
これまで、ゴブリンのことを仲間だと思ったことはなかった。
でもアニキだけは。
あ、うん、オクデラは別ね。オークだから。ゴブリンじゃないから。
ぐしぐしと、目から流れる汗を拭く。
「このまま行くぞオクデラ!」
「ドコヘ、コッチハ危ナイッテ」
「ああ、俺が言ったことを覚えてたゴブな。でもいいんだ、こっちゴブ!」
俺とオークは森を走る。
オークは肩に女の子を担いだまま。
息が切れても、走る。
アニキの意志をムダにしないように。
いや犯して孕ませる方じゃなくてね! 俺、紳士だから! ジェントルゴブだから! アニキも死んだわけじゃないし!
走って、走って、走って。
やがて、目的地が見えてきた。
森の切れ目。
ニンゲンが利用している、道に。
「オクデラ、そのニンゲンを下ろすゴブ」
「ワカッタ」
俺は、仰向けに置かれたニンゲンに近づいて、手を伸ばす。
横になったのに服を押し上げるおっぱい。すげえ。
思わず伸びそうになる手を止める。泣く泣く止める。ジェントルゴブ。
俺は錆びたナイフで、ニンゲンの手足を縛っていたツタを切った。
ニンゲンは、青い目に不思議そうな色を浮かべてキョトンとしている。
逃げもしないで、解放された手足を眺めて首を傾げるおっぱいちゃん。
鈍感すぎだろ! そんなんだからゴブリンに捕まるんだよ! これで二回目だぞ二回目! 学習しろよおい!
「人里がどっちかは知らないゴブ。でもこの道は、どこかに繋がってるはずだ。ほら、行くゴブ」
そう言ってカッコつける俺。
まあゴブリン語なんで伝わらないだろうけど! ゲギャゲギャ言ってるだけだし!
とりあえず、道を指さしたのはわかったのだろう。
驚いたのか、青い目が丸く開かれる。
そう、俺たちはわるいごぶりんとおーくじゃないんだよ、ぷるぷる。
やがて。
ニンゲンの女は道に出て、俺たちにペコリと頭を下げる。
『*****、**********』
俺たちに何か言って、ゆっくり歩き出すおっぱいちゃん。
「いやいや暢気かよ! 走るゴブ! 里に残ったアニキのために!」
たぶん、ゲギャグギャとしか聞こえてない。俺もそうだし。ゴブリンだから。
それでも、バタバタ地団駄踏んで、後ろから襲うポーズをしたのが通じたのだろう。
女の子が走り出す。
俺は、女の子が見えなくなるまで見守っていた。
ばいん、ばいんってヤバいなあれ、揺れすぎかよ、とか思ってたわけじゃない。
せっかく助けたのに、すぐ殺られたんじゃムダになるから。
でも、見守るのはそこまでだ。
「オクデラはここ……いや、俺たちの拠点の方がいいかな。あそこに戻るゴブ」
「ゴブリオ、ゴブリオハ、ドコヘ」
「拠点までは一緒に戻るゴブ。その後は……ゴブリンの里へ。アニキを助けに行くゴブ」
「オデ、オデモ一緒ニ」
走り出した俺を追いかけてくるオクデラ。
うん、そうだな、オクデラならそう言うか。
「オクデラ、行ったら死ぬかもしれないゴブよ?」
「イイ。オデ、アニキ、ゴブリオ、助ケル。オデ、助ケラレタ」
オクデラは、ためらうことなく言った。
そっか、そうだよな。
オクデラは健気で純情だもんな。
それに。
アニキは、俺たちのアニキだから。
「よし、わかった! オクデラ、一緒に行くゴブ!」
「ウン!」
俺たちは、森の中を走っていった。
ゴブリンの里へ。
アニキの元へ。





