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やがてアパートに着いた。僕の自宅はこのアパートの五階にある。五階は最上階である。僕は日頃の運動不足解消のため、こんな日でも欠かさずに階段を使った。コン、コンと無機質な革靴の音だけが響く。やがて四階に着き、五階に着いた。しかし僕は、ここで驚くべき事実を発見した。
まだ階段がある。ここに六階は無い筈なのに、六階へ続く階段があるのだ。僕は混乱した。外から見たとき、確かにこの建物は五階分の高さしかなかった。五階建てなのだから、当然のことだ。しかし、この先には確かに上へと続く階段がある。それに触れることも出来る。僕は恐る恐る一段目に足を掛けた。特に何も起こらなかった。それは至って普通のコンクリートの階段だった。僕は迷った。この先に行って良いものか迷った。本来なら、階段なんだから上っても下りれば問題ないだろう。しかし、これはいかにも不可解な未知の階段なのである。何かを失うかも知れない。もう永遠に戻れないかも知れない。しかし、僕の足は、気付けばもうその謎めいた階段を一段一段上り始めていた。久々に味わう好奇心だった。仕事に追われる毎日だが、まだ自分は少年の心を忘れてはいなかった。………いや、そうではない。そういう、「好奇心」などという安易な気持ちではない。もっと重大な、もっと大きなものに突き動かされるような衝動だった。それが希望を求めての行動か、あるいは死、すべての終わりを求めての行動かは解らない。そのどちらもなのかも知れない。僕は死を希望していて、僕にとっての希望とは死であり、それを実現するためにこれに上ってみようと思ったのかも知れない。しかし、そんなことは実に些細なことだ。僕はこの先に何があるのか知りたかった、ただそれだけのことなのだ。