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確率都市:ペルシル編  作者: 中崎実
はじまりの日
7/16

7.

「法律に条約に協定に規則に……マジ苦手なんだけど」

「茜、理系だもんね」


 講義終了後、げっそりと机に突っ伏してる娘たちを笑う気になれるものは、このクラスにはいなかった。


 なにしろ、機械知性体であるザクラスとシャラペシュの二名がげんなりしている有様である。もとより記憶力で劣る生体種、それもヒト原種のお気楽娘たちがこのボリュームにウンザリするのも無理はない。


「明日までに講義後レポート出せば終りだからさ、頑張りなよ」


 と言ったフィドラテルは生体種でもあまり苦痛を感じていないようだったが、これは彼の前職が法務系だったおかげだろう。フィドラテルと同じ智竜族のファキウィラはアキやアカネと同様にげっそりした様子で、尻尾と冠毛がうなだれていた。


「関連法ありすぎ」

「というかさあ、これ、絶対に監視局がやらかし過ぎたからだよね」

「やらかすたびに色々規制がかかってったんだよね、多分」


 げっそりしてる女性陣(ファキウィラ、アカネ、アキの三人だ)の言ってる事は、おそらく正鵠を射ているだろう。


「やらかしまくった先輩たちに、ハゲる呪いでもかけておきたい気分」


 問題を起こした連中の大半が男性個体だったから、狙う処は間違いではないだろうが、毛髪(智竜族なら羽毛だ)だけで済ませてやろうと言うあたりが実に平和な発想である。平和なエリアで育った娘たちらしい、可愛らしい呪いと言ったところだろう。

 いやまあ男性としては冗談事では済まないが。


「呪ってもいいけどさ、もうハゲちらかしてる年じゃないの?」

「ていうかほとんど死んでると思う」

「ハゲた幽霊になればいいと思うよ?」


 種族が違えど、実に息のあった三人だった。


──────────────────────────────


「いろいろ有り過ぎだよね、これ」


 書き上がったレポートを送信したアカネが、コーヒーの入ったマグカップを片手にぼやいた。


「レポート、どのくらいの分量になった?」

 深夜のカフェテリアらしくこちらはホットミルクを飲んでいるアキが、やはり同様に端末からレポートを送りながら言う。

「すんごいいっぱい」


 大雑把な表現だが誰も似たようなものだろうと、息抜きに来たアドルも思った。


 最終講義にも使われるネタだけあって、ラシュマー事件が内包している問題は実に多い。アドルが監視局入局の辞令を受けた際(いったん予備役編入の形はとるが、実質的にこれは軍からの出向だ)、事前の教育でも同じ事件を扱っているくらい、非原種にとっては看過できない事項が多かった。


「二人とも、お疲れさん」

「アドルさん、まだ起きてたんですか」

「レポート書いてたからね。チョコでも食べるか?」


 返事を聞く前に、チョコバーを3本買う。もちろん二人が断るはずもなく、わあ太る、などと言いながらもぱくついていた。


「アドルさんはレポートどのくらいになりました?」

「かなり多かったな」


 圧縮言語を使って書いたのだが、それでもずいぶんな量になった。


「入局前研修の時に作った物も一部流用して、ようやく書けた感じだったね」

「え、あたしらそういうの無かったんですけど」

「ああ、元いた職場での研修だよ。B二〇二二の一部の国がペルシル線の一部の国と戦争したから、基礎知識として必要だったんだ」


 軍から出向させるのだから、事前に自国の都合を教えておくのは当然の事だ。


「うわぁ、なにやってんの監視局……」

 額に手を当てて呟いたアカネに、アドルはにやりとした。

「監視局がふっかけたわけじゃないよ。監視局でも止めきれなかった戦争だね」


「止める気あったのかなあ?」


 ほややんと言ったアキの言葉が全てだろう。

「お察し、だろうねえ」

「それを事前に判ってて入局するんですか……」

 呆れたような口ぶりで言ったのは、アカネだった。

「君のお兄さんだって同じようなものじゃないのかな?」


 アカネの兄・マサユキは小文化圏連合の雄、トヨスの特殊部隊出身者だ。どう考えても、出身国の軍人として何らかの教育は受けているだろう。


「ん~、兄の場合はまあ、なんというか、豊洲の事情もあるんですよね。ほら、豊洲って160年近く前に、監視局に殲滅されそうになったじゃないですか」


 そういえばアカネの正式な出身国であるトヨスは、アーヴィングトン崩落地と呼ばれる時空災害地にある。ここの時間で162年前に自然転移してきたトヨスに対して、違法転移の疑いで強制捜査と言う名の戦争を吹っ掛けた事件も、講義で扱われたトピックスの一つだった。


「だから、牽制と情報収集のために内部に人を送り込んでるそうですよ」


 まあどこもやる事は変わらない、ということだろう。


「なにそれ、スパイってこと?」

 アキはむしろ呆れているような口ぶりだった。

「半ば公認だけど」

「秘密になってないって、それで仕事になるんだ?」

「なってるっぽいよ。普通に監視局員としても仕事してるし」

「なんか器用だね……全然似合って無いけど、マジ?」

「ボケてるけどあれでもスパイ」

「ハリウッドが助走付けて蹴倒しにきそう」

「うん、あたしもこないだ聞いて、同じ事思った」


 ハリウッドが何だか知らないが、とりあえずひどい悪口である事はアドルにも理解できた。


「茜も同じ事やれとか言われてる?」

 それは堂々と聞く事でもないし、チョコレートを口の端にくっつけたまま話すような軽い話題でもないはずだが、アキはまったく気にしていない。

「やんなくていい、て言われた」

「え、なにそれ」

「バイト先としてはお給料良いからやればいいけど、それ以上の事しなくていいって、伯父さんが言ってたんだよね。学生のバイトなんだから、大学に影響出ない程度にしなさいってさ」

「伯父さんて、豊洲の偉い人だっけ」

「一応、トップ?」


 あのトヨスの頂点に立つ人物(サムライ・チーフ)を評して、首をかしげながら言う言葉でもないと思うのだが。


「すっごい割り切ってるね、茜の伯父さん」

「中途半端に腹黒になる気が無いんだと思う」

「やるなら徹底的に、やらないならさっぱりとやらずに済ませる、かい?」

「そんなとこじゃないかと思います」


 つまり、『使う駒』と認識されている特殊部隊員には要注意というわけだ。


 ちらりとそう考えたところで、アカネの前にある端末から呼び出し音が響いた。

「あ、ちょっとごめん。……どしたの、兄貴?」

『夜分に済まん。急ぎの用でね』

 スピーカーモードにしているのは、アキもいることを考えての事だろう。

「亜紀もいっしょにいるけど、教えたほうが良い事?」

『ああ。横田さんが帰還した、中破している』


 聞こえた声は、内容に反して落ち着いていた。


「怪我した、てことであってる?」

『合ってるよ。中枢部は無事だが、ボディはかなり破損が激しい。今から全外装交換になるレベルだ』

「お見舞い、行ったほうが良い?」


『それもあるが、身の周りに注意しろ』


「え、そっち?監視局の中にいるから大丈夫だと思うよ?」

『私もそれを期待しているよ』


 まったく期待していない声の返事に、茜がうへぇ、と唸るような声を上げた。

小文化圏連合の工作員連中は、Intermezzo:厄介事(http://ncode.syosetu.com/n5616cx/)で一部登場しています。

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