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確率都市:ペルシル編  作者: 中崎実
はじまりの日
6/16

6.

 B二〇二二連合宇宙軍が誰を送り込んでこようが、監視局の訓練コースは粛々と進むし、座学とシミュレーション主体の観測官コースとはいえ訓練が楽なわけも無い。


「春休みなのにこんなに勉強するなんて、予想外」

「うう、大学入るまでは遊べると思ったのに~」


 夕食後に脳天気娘2人が真面目に勉強しているのも、明日は試験があるからだ。


「こういう試験ってさ、あたしら不利だよね」

 しみじみ言いながらも、茜の視線はテキストを追っていた。

「なんで?」

「だってさ、脳みそ生身じゃない」

「あ~うん、そうだね~……うう、覚えきれなそう」


 彼女たちにとって重要な種族の相違点は目下のところ、試験を楽に通過できるかどうかにあるようだった。


「補助装置使えるから、大学入試よりは良いけどね……」

 どうしても記憶の面で劣る生体種族に対しては、外部補助装置が貸し出されている。

 とはいえそれに頼りきりで通過できる試験でもなく、つまるところ試験勉強しているというわけだ。

「こういう時だけ機械化されたい……」


「機械人だって記憶する能力が高いだけで、それ以上のアドバンテージは無いよ」


 機械人のザクラスが茶々を入れていた。

「生体種の中では君らが一番若いんだし、頑張りなよ」

「でもこういう装置を使うの、まだ慣れてないし~」


 幼い頃ペルシルで過ごした事もあるアカネは機器の操作も慣れているようだが、アキはもう少し原始的な機器に慣れているのだろう。いささか機器の扱いがぎこちなかった。


「直感で答えたらテスト通んないかな……」

「諦めるの速いよ、亜紀」

「分量多すぎ~」

「慣れた問題を解くことについてなら、生体種の直感ってそれなりに有効なんだけどねえ」


 ザクラスが笑いながら二人の見ている画面に次の問題をポップアップさせた。


「ちょっとぉ、やること増やしてるし!?」

「次の課題もやらないと拙いでしょ」

「前のが終わって無い~、今見たくない~」

「え、本番くらいのペースで操作してくれって言ったの、君らじゃない」

「ザクラスって鬼だわ」

「はいはいはい、なんでも良いから早くやろうね」


 騒いでるヒマにとっとと片付ければ良いだろうに。


 とは思っても口に出さないのが無難だと、自分の姉妹で懲りているアドルは、賑やかに騒いでいる娘たちを横目で眺めるだけにしておいた。


───────────────────────────


 試験が終わってもコース中盤ともなれば座学は続くわけで、翌日のランチタイムはさすがに賑やかな娘たちもいささか、げんなりした表情だった。


「それなりに出来たんだろう?」

「それなり、ってだけです」

 海老とザシャ(コメに似てる、とアキが評していた穀物で、アドルにとっては両方ともあまりなじみがないが美味いのは確かだ)の炒め物をザクザクと無意味につつきながら、アカネが言った。


「追試は受けずに済みましたぁ~」

 げんなりしながらもどこか、安心した様子なのがアキ。


「午後からの予習レポートは?」

「なんとか作ったんですけどね……」

「すっごく短くなったんですよねぇ……」

「これで、この間みたいに講義範囲変更とかあったら軽く死ねるよね」

 一昨日の別の講義科目を思い出したのか、アカネはますますげんなりしていた。


 そしてあいにく、悪い予測ほど当たるものと言うのが、世の常というものだ。


「……うそ、マジ?」

「げ、そこってまだ、まともにテキスト読んでない」

 娘たちが茫然とつぶやいていたが、それは講義室にいる誰もが思った事だろう。


「というわけで今回はラシュマー事件までを説明する」


 教壇に立つ教官は、実にあっさりそう言った。


「ラシュマー事件は次回の講義で詳細を解説する予定だが、あいにくボリュームがありすぎるので、一回に収まらない。というわけで、今回の講義の後半を使って概要を説明する」

「……前半部分、超圧縮高濃度になってない?」

「理解が早くてなによりだ、アカネ。さて始めるぞ」


 ラシュマー事件そのものは割と新しい事件だが、新規発見の時間線の取り扱いとそこにおける時空犯罪、複数時空にまたがる時空犯罪者の取り扱い、種族差別問題、種族変更規定の課題などがいっぺんに噴出した複合問題として好まれるらしい。

 きっかけとなった時間線は既に消滅しているが、この時間線消滅も時折しか起こらない厄介な問題で、観測官としては知っておかねばならないとのことだった。


「時間線消滅ねえ……」

「あのぐっちゃぐちゃかあ……」


 アカネはとにかく、アキの発言はかなり実感が伴っていた。


「アキは見たことがあるのかな」

「あ、はい。もう消滅しちゃったところと時々交通するピボットがあるってことで、消しに行くのに同行させてもらいました」

「番号は覚えているか」

「ええと、聞いてません……そこから脱出した人がいるとは聞いてましたけど」

「その、君が見たピボットが繋がっていた場所が、ラシュマー事件と関わる時間線だ」


 たしかにこれでは、監視局もアキを放っておかないわけだ。


 アドルはひそかに感心しながら、自分のモニタに映るラシュマー事件の項目を眺めていた。


 ある国家が無茶な時空遷移実験を行った結果、当該時間線は崩壊。その時間線崩壊から救出されたのは、わずか4923名。その生存者グループの最後に脱出してきたサイボーグを、しかし時空監視局は証拠不十分なまま時空犯罪者として捕獲。損傷の激しい本体の治療を行わず、容疑者死体情報再構築の対象として脳内情報を全て奪い『コピー』を作成してしまった、というものだ。

 捕獲された戦闘サイボーグが本当に犯罪組織の人間であれば、作成過程に問題のある捜査資料として扱われたのだろう。しかし問題は、そのサイボーグが拉致された異なる時空の出身者であり、もう一つの時空犯罪の被害者だった、という点だった。


 サイボーグの脳幹部は機能を失っていたが、『捕獲』時点ではまだ大脳を救う事が可能だった以上、捜査資料を作成するために必要な条件を満たされたとは見なされない。

 監視局は本来なら保護すべき犯罪被害者を保護しなかったばかりか、オリジナルの生体部分を全て奪われ、しかし生体由来であるが故に情報知性体とも認められない、中途半端な知性体を生みだしてしまったわけだ。


 被害者の救済をしなかった事、容疑者死体情報再構築による人格コピーを作ってしまった事、ペルシルにおいて最大のタブーを二つ犯した監視局に対して大騒動が巻き起こったのもまあ、無理はない。

 当時局長だったラシュマーが辞任に追い込まれただけで済んだのは、監視局にとって幸運と言って良いだろう。ラシュマーを特に推していたペルシル政府、特にその中でも人類至上主義に近い者たちにとっては、面白くない結果にはなっているが。


「君達の仕事に潜む罠の見本市のような事件だからな。次回は詳細に説明する。関連法もちゃんと見なおしておくように、予習範囲はテキストの……」


 一通り説明を終えた教官が予習範囲を提示すると、アキとアカネを含む何人かがうめき声を上げた。

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