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確率都市:ペルシル編  作者: 中崎実
はじまりの日
5/16

5.

「まずは自己紹介した方が良いだろうね。B二〇二二から視察に来たレイ・イシグロ・グラエス少佐だ」


 種族名まで付ける名乗り方は正式な場でのみ用いられるもので、つまり公的記録に残すという意味だろう。正確にいえばイシグロはグラエスの原種で分類上はホモ・サピエンス・サピエンスだが、起源個体(オリジン)βである以上、名乗り方としては間違っていない。

 相手に意味が通じるかどうかは別だが。


「はじめまして、先ほどは失礼しました。C級観測官補候補生の御舘(おたて)茜です」

「はじめまして、同じくC級観測官補候補生の木村亜紀です」

 挨拶する様子はきわめて普通の若年女性だ。

「ちなみにイシグロは俺の軍隊時代の同期でね」


 アドルが説明してやると、ちょっと驚いたようではあった。


「……知り合いに、すごく良く似た人がいるんですけど?」

「まずはそこから説明した方が良いだろうね」


 そこで配膳機械が全員分の注文を持ってきたので、イシグロはいったん言葉を切った。


「もっともその知り合いの外見は幾らでも変えられる、合ってるかな?」

「ええ、まあ。変える気なさそうですけど」

「率直に伺いますけど、横田さんとはどういう御関係なんですか?」


 遠回しに聞くのは止めたらしく、亜紀が実に素直な質問を放った。


「私は彼の遺伝子コピー体だよ」

「遺伝子コピー体?」

「文字どおりの意味だよ。彼の生体部分と同じ遺伝子を持ってるんだ」

「ええと、私達のところで言うクローン、てことであってますよね?遺伝的には双子だったんですね」


 それじゃ似てて当然ですよね、横田さんのボディは元の姿の推定像だし。とあっさり納得したのが亜紀で、


「もしかして、横田さんロスト中にそっちに流れ着いて、情報とられたんですか?」


 と、すぐさま正解にたどりついたのが茜だった。


「彼が自分から情報提供した、とは思わないんだね」

「ロストした時の事故が事故ですから。時空遷移弾に巻き込まれて遭難した人が、普通に話ができる状態だったとは思えません。それに、横田さんの生体部分は脳だけのはずです。簡単に遺伝子情報が取れる部位じゃないですよね」


 説明した茜はかなり正確な情報を持っているようだ。どこまで話すかの線引きも考えているだろう。

 イシグロは軽くうなずいて、

「君達は話が早くて助かるよ」

 とだけ答えた。


 そこで

「Bクラス線に流れ着くって、凄いですよねえ」

 のほほんとした感想を述べたのはもちろん、亜紀である。

「感心するのはそこなのか」

「そこですよぉ、ちょうど習ったとこなんですもん。かなりのエネルギー使わないと移動できない先なんでしょう?」

「というか亜紀、そこはむしろ誰かが拾ってくれる場所に流れ着いた運の良さに感心するとこだと思う」


 普通、ロストしたら時空の迷子になるんだし、誰にも拾って貰えずに死んじゃうほうが確率高いよね。


 この茜の指摘も間違いではないが、関心を持つのがまずそこと言うのは、とうてい素人の発想では無かった。

 少なくとも研修開始から10日しか経たない、高校を出たばかりの新人の発想ではないだろう。

「……君達、本当に18歳なのかい」

「ひどいです、それ」


 苦笑したイシグロに、亜紀が即座にツッコミを返した。


「正真正銘、高校出たての18歳ですよ?」

「失礼、もう少し個人の事情に関心を持つんじゃないかと思ったのでね」

「興味ないわけじゃないですけど、あんまり立ち入ったこと聞くのも悪いですし」


「それに、わざわざグラエス少佐がいらっしゃった事に何か意味がありそうですし?」


 と、これは茜。

「他の人でも間に合う用事ですよね、あたしらとの面談なんて」


 亜紀ものほほんとしているが、言っている内容はあいかわらずの鋭さだった。


「グラエスというのは種族名にあたるから、階級つきで呼ぶならイシグロ少佐だね」

「あ、否定はしないんですねー」

「しないね」


 うっすらと口元だけで笑みを浮かべたイシグロに、娘二人が微妙な表情になった。


「……横田さんと同じ顔で笑うの、ものすごい違和感」

「……絶対に見るはずのないものを見るって、変な気分だよね」

 ひそひそ話をしているつもりなのだろうが、丸聞こえだった。



 そこか、そこなのか。



 アドルは内心でツッコミを入れ、こんどはイシグロが微妙な表情になるのを生暖かい気分で見守った。

「なんで『種族名がグラエス』なのかは聞いてもいいですか?」

 ひそひそ話などしていませんでした、と言わんばかりに向き直った亜紀が、何事もなかったかのように質問した。

「ん?」


「横田さんと同じ遺伝子持ってるなら、ヒトじゃないんですか?横田さん、自分はヒト由来だって言ってましたけど」


「彼にはどう聞いてるのかな」

「ヒト由来ハイブリッド知性体、て言ってましたよ?生体パーツがヒトに由来してる、機械と生体の良いとこどり種族でしたっけ。数が少ないって聞きました」


 単なるサイボーグではなく、別種として存在する個体。生体部分はヒト由来だが、生体はこの場合単なるパーツで交換可能と定義される。生体部分が『死んだ』らそこで死亡とされるサイボーグとは異なる存在が、ハイブリッド知性体だ。


「ハイブリッド化に耐える個体は案外少ないんだよ」

 ここは説明していいと判断したのだろう、イシグロもあっさりと回答していた。

「我々の時間線ではヒトの改造も長らく行われているが、素材となる遺伝子の持ち主はそれほど多くはなくてね。ところがある日、荒っぽい改造に耐えた個体を拾ったものだから、その遺伝子を元に新種が生まれたんだ。それがグラエス種だよ」


「……なんか異常な出現した人を拾って、死んでなかったから使ってみた、てとこかな?」

「……ひたすら頑丈そうだから使えるだろう、って理由かな?」

「そういうことだよね、これ」

「たしかに頑丈そうだよね」


 娘達のたどりついた回答、外れではない。外れではないが、しかし率直すぎだった。


「まあ、頑丈ではあるな……それだけしか評価されてないのか」

「最初は違法改造された上に、時空遷移弾に巻き込まれてロストしてるのを拾ったんですよね?それ、頑丈以外の特徴って何かあったんですか?」

「……ないね」

 イシグロもペースを乱されがちなのか、言葉少なく苦笑していた。

 グラエス種起源個体(オリジン)の最初の改造が違法だったとはアドルも初耳だが、とりあえずそこはスルーしよう。相当乱暴な改造に耐えた事に違いはないようだし。

 さらにそこで、

「運が悪い、て特徴もあると思う」

 カフェオレを飲みながら、のほほんと口にしたのは亜紀だった。

「普通さ、そこまでトラブルに巻き込まれる人生送らないんじゃない?」

「あーうん、そうだよね。どう考えても運悪すぎ」

 アイスコーヒーの氷をつっつきながら、どうでも良いことのように言ったのは茜。

「運の悪さは似てないと良いね、グラエスさんたち」

「改善されてるんじゃない、そこらへんは」

「出来るのかなあ」

「頑張れば、もしかしたら?」

 あくまでもマイペースな娘達に戸惑うイシグロを前に、アドルは明後日の方を見て笑いをこらえていた。


 イシグロのオリジナルでもある起源個体αは、ペルシル線においても前監視局長の退陣にまでつながった不祥事に関わっていた重要人物(くせもの)なのだが、この二人にかかってはそこらの変わり者のおじさんでしかない。何も知らない故の大胆な扱いかと思えば事情もある程度把握しており、つまるところ図太いのだろう。

 もしかすると二人とも、十年後には大物に化けているかもしれないな。いや、今すでにその片鱗は見せているか。


 20分ほど話をして娘達が席を立ったあと、大きくため息をついたイシグロに、アドルは遠慮なく噴き出した。

「いやあ、面白かった」

「見世物じゃないぞ、ウェイス」

 イシグロは疲れた表情を隠していなかった。

「いやいや、見世物以外の何物でもないだろう。あの二人は大物になりそうだ」

「小文化圏連合の影響もあるのか……?」

 娘達の情報をイシグロもある程度握っていたのだろう。思案顔でつぶやくのに、

「アカネはそうだろうね。アキはもともと、ああいう性格らしい」

「素であの性格か。特殊な教育でも受けてるのか」

「いいや?」


 本人いわく、ごく普通の学生である。実際に話を聞く限り、一般市民の家で育ち一般的な教育を受けた、普通の若年女性だ。


「……彼女達の時間線、かなり脅威なんじゃないのか」

「いやあ、それはない。あの二人が変わってるだけだろ」

「おい、それは願望でモノを言ってないか」


 ため息をつきつつ言ったイシグロの口調は、すっかり士官学校の頃のそれに戻っていた。


「あれが普通の世界があってたまるかっての」

 アドルも気安く応じる。

「まあある程度の根拠……というか、状況証拠はあるんだけどな。ここの研修に回されたって時点で、あの二人は特殊事例だ」

「出身時間線が特殊なだけ、と言う可能性は」

「おそらく無い。他にもC級観測官はいる時間線なのに、候補生としてここに来るのはあの二人が初だそうだ」


 普通に考えればあの二人の場合、採用現地での研修が適応になるレベルのはずだ。そして彼女たちの時間線でC級観測官はこれまで全て現地研修だった事を考えると、所属時間線の性質故に中央研修を命じられたとは考えにくい。


「いくらピボットファインダーとアクシスホッパーだからといっても、それだけでここには来ないだろうからな。その他に何かあるぞ」

 現に、アドルの同期採用者にもピボットファインダーが1名いるが、彼は現地研修組に入れられていた。

「能力の差、と言う可能性は」

「無いんじゃないか?アキもかなり鋭敏なピボットファインダーだけど、さすがにマイノス型ほどの性能は無いぞ」


「ああ、そうか。B二〇二二(うち)にもピボットファインダーがいたな」


 時間線を超えない転移、という意味において、B二〇二二で一般的な転移航法もアクシスホップに共通する部分はある。時空の揺らぎを検出し機器を動作させて初めて転移航法が可能になるわけだから当然、その亜型としてピボット検出能力を持った機械知性体も存在するし、中でも探査船に由来するマイノス型は極めて高い検出力を有している。

 原種に過ぎないアキと比較した場合、ピボット発見能力と精査能力においては、マイノス型の方がはるかに上だ。


「しかも、アクシスホッパーとのペアだからな」

「アキが検出し、アカネが移動を担うわけか……?」

「やろうと思えばできるんじゃないのか、あの二人。というより、推薦が出てることを考えると、すでに一度やってる可能性がある」


 たいした戦闘力もない若い女性二人だが、そこまで出来るなら十分に脅威となるポテンシャルがある。


「それなら、αも肩入れして保護するだけの理由になるか」

「保護ねえ、やっぱりそうなのか」

「有態に言えばそうだ。取り込むのが目的なら、もっと厳しい環境に放り込まれるだろう」


 ハイブリッド知性体の癖に妙に人間くさい起源個体(オリジン)αを思い出したのか、イシグロは仕方がないとでも言いたげに首を振った。


「いくらαがあの性格でも、取り込む相手には甘くないからな」


 保護すべき者ではなく、自分と同格と見なした相手を起源個体(オリジン)αがどう扱うか、のサンプルはもちろん、イシグロだ。


「今の状態だと、まだ甘いか」

「と、思う。まだ保護の段階だろう」

 保護すべき状態を卒業するとどうなるか、はアドルも良く知っている。

「おまえは酷い目にあってたもんな……」


 兄弟三人の種族が違うのをすっぱり無視し、『弟』が生身である事を簡単に忘れるのが起源個体αだ。αのもとになった人物(つまりイシグロのオリジナルのオリジナルだが)の情報コピー由来で、今は生身を持たない情報知性体の『長兄』のほうが、生身の『弟』の限界を良く弁えている。

 長兄は少なくとも、末弟がヒト科生命体である事は忘れていない。


「あれは半分、准将のせいだけどな」

 ヒト科生命体である事を忘れはしないが、限界に挑ませる勢いでしごかれているのだから、愚痴の一つも出るのは当然だろう。

「おまえんところの兄貴は厳しいからなあ、二人とも」

 現場の脳筋なだけ次兄(アルファ)のほうがマシかもしれない、とイシグロが昔ぼやいていた事を思い出しつつアドルが言うと、

「αはとにかく、准将まで兄と呼ぶ気はないぞ」

 イシグロはあからさまにしかめ面になる。それに

「准将はαの兄貴なんだから、βのお前にとっても兄貴だろ。准将はお前を身内と認めてるんだし?」

 と、アドルは現実を突き付けてやった。

「そういや、ここに来たのは誰の命令だ?」

「決まってるだろ、准将だよ」

「揺さぶりも兼ねてるんだろうな」


 言うまでも無く、圧力をかける相手は監視局である。α相手に大事件を引き起こし、ハイブリッド知性体を含む機械由来知性体に対していささか問題行動を取りがちな監視局を、B二〇二二のいくつかの政府はけして良く思っていない。


「あの根性曲がりが、それ以外で態々オレを指名すると思うか?」


 おまえだって長兄と同レベルの根性曲がりだろうが、というツッコミはしないでおいてやるのが、同期としての優しさだった。

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