4.
「あ~その、すまないが同行してくれないか」
レクチャー終了後、アドル・ウェイスに声をかけたのは、担当教官の一人であるジェス・ランドー観測官だった。
「かまいませんが、なにかありましたか」
「君のことではないんだが、その、君はタウンゼント型だったな。他の系統については詳しいか」
なるほど、そういうことか。
「視察の件ですか?」
アドルの出身時間線では、ヒト由来生体コンピュータ種族がいくつか成立している。
アドル自身はそのうちのファクトゥス・コスミカ種で、タウンゼント型と呼ばれる汎用型の系統だった。
「そうだ」
「一般常識レベルでは知っておりますが……相手が特殊型だったのですか」
特殊型と言われてまず頭をよぎったのはネルガル型だが、さすがにこんな案件に出てくるような代物ではないだろう。あれはB二〇二二で現状のところ最強の種で、軽改造だけで艦隊中枢体が務まってしまう特殊型だ。近縁のパルサー型を合わせても個体数が100に満たない稀少種でもあるし、視察ごときに引っ張り出されることもないだろう。
「プロファクトゥス・グラエス起源個体βが来た」
「……あ~、それは」
ご愁傷様です、と言いかけて言葉を飲み込んだ。
プロファクトゥス種そのものは珍しくない。ファクトゥス種に比べて原種ホモ・サピエンスにまだ近く、プロファクトゥスが使う脳・機械インタフェースも原始的なヒトサイボーグのそれに近い。原種からの遺伝子改造を受けた第一世代の種で、知られているだけでも十種以上が存在していた。
B二〇二二で現存しているのはそのうち3種。最も新しい種がプロファクトゥス・グラエスで、起源個体は別時間線の出身だった。
その後、起源個体の遺伝子コピー体が違法に作られる事件が起き、現在では起源個体α、βの二人が存在している。
「普通に扱っておけばいいはずですが」
誕生の経緯はどうあれ、相手は単なる生身のヒト科生命体だ。起源個体は未改造データを有する個体の事だから、アレはあくまでも、生物としては原種なのだし。
「君とは面識があると聞いたのでね」
「士官学校の同期です。しかし彼個人はごく普通の原種ですし、難しい事もないかと思いますが」
とりあえず、仕事が増えるのはありがたくない。
特に、あいつは笑顔で色々無茶をするので関わりたくない。
心底そう思いながら拒否したところで、教場のドアが開き、事務員と誰かもう一人の人間が入ってきた。
「こちらがレクチャールームですね、特に何かあるわけでもないですが」
なぜ、それを案内してここに来る。
アドルの心の中でのツッコミを読み取ったかのように、軍服姿の客人がこちらを向いた。
「やあ、ウェイス。元気そうでなによりだよ」
姓で呼ばれたから、一応は取り繕っているのだろう。
「おまえさんが事情聴取するのか……」
「聞き取り調査と言ってくれよ」
アドルの遠慮のない言い草に苦笑したのは、間違いなく同期だった。
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「面談は構わないですけど、私達の時間線って、渡航制限地帯ですよね?」
こてんと首をかしげた木村亜紀に、モニタの向こうで御舘雅之がうなずいた。
『そうだね。基本的に、君達は他の時間線の人たちとあまり関わらないかな。支局にいる人と犯罪者は別だけど』
「で、わざわざ視察の人と面談?」
眉を寄せたのは御舘の妹、茜だった。
「兄貴、さっさと吐いたら?裏になにかあるんでしょ」
実妹だけあって、実に率直な聞き方だった。
『人聞きの悪い。こっちの都合じゃなくて、あちらさんの都合なんだよ』
「B二〇二二って、番号からすると宇宙文明クラスじゃん。Cクラス線の見習いになんの用があるわけ?」
『とりあえず、相手に合えば判ると思うよ。時間の都合が合えばという申し出なんだが、どうする』
それは質問とは言わない、とは娘たちのどちらも口にしなかった。
「兄貴の腹黒に付き合わされるんだから、ここは報酬が必要だよね」
切り替えの早い茜は、実に実ににこやかな笑みを浮かべて要求し
「どうせ断れないんだろうし~、なにかおごってくれると嬉しいです」
亜紀もさすがに慣れているのか、あっさりと交渉に入る姿勢を見せた。
『二人とも通常運転だね』
図太い脳天気娘二人に、さすがの雅之も苦笑した。
『面談が終わったら連絡しなさい、どこか予約しておくから。訓練所の夕食はキャンセルしておくように』
「はーい」
娘二人は良い子のお返事をし、お互いにハイタッチしてから通信を切った。
「何おごってもらえるのかな」
「う~ん、こっちの料理ってどこが美味しいんだろ」
通信ブースを出ながら話す内容は、年齢相応である。
「ここの食堂よりは良いものだよね、たぶん」
「美味しくなかったら怒る」
「……君らはそっちの方が重要なのか」
あからさまに苦笑しながら声をかけたのは、外で待っていたアドル・ウェイスだった。
「え、もちろんですよ。兄貴の振ってくる用事なんて、どうせ碌なものじゃないですし」
としれっと返したのは茜で、
「ごはんの一つくらい、奢ってもらわないと割に合わないですよぉ」
と、身も蓋もない事を言ったのは亜紀だった。
アドルが二人の倍近い年齢とあって二人とも丁寧語で話しているが、自動翻訳がどこまで効いているかは謎だった。
「あ~、うん、君らにかかるとサムライも形無しだねえ……」
元軍人のアドルにとって、雅之はあくまでも特殊部隊出身の強制捜査課員だ。その戦闘能力だけ考えても軽く扱える相手ではないから、お気楽娘二人の言い草にわずかに口元をひきつらせた。
「そういえばアドルさん、用事ってなんですか?聞く前に通信入っちゃったから聞きそびれましたけど」
「面談希望者が着いたから、呼びに来たんだよ」
「あ、そうか、アドルさんB二〇二二出身でしたもんね」
「ついでに、あいつには君らになにか奢らせようかと思ってね」
「え、良いんですか?」
「その位やらせなきゃ、割に合わないよ」
つい本音で答えたアドルに二人揃って首をかしげていた娘達は、カフェテリアで待っていた相手を見て固まった。
「……え?」
「……うわ、ちょっとなにあれ」
アレ呼ばわりとは失礼だ、とはアドルは思わなかった。
ぎぎぎ、と擬音をつけたくなるような動きで娘二人がアドルを振り返る。
「……アドルさん、あの人ですか」
「言っておくけど、君らの知ってる人と違って性格はものすごく悪いから」
「笑顔が気持ち悪いです……」
「君の勘は大切にした方が良いと思うよ、アキ」
「アドル、おまえもたいがい酷い奴だな?」
立ちあがって出迎えた相手が、苦笑交じりに言った。




