3.
一方、本人たちの預かり知らぬところで教官の頭を悩ませていた娘達は、実にお気楽に研修生活を送っていた。
そして4週間の研修コースともなれば、当然だが休日というものがある。
さらに言うなら、時間線を越えたところでヒト若年女性の好みは変わらない。
「というわけで、スイーツ巡り!」
「ファッションも見とかないと!」
他研修生と盛り上がっている様子は、どこに行っても変わらぬ光景だった。
「あ~……君ら、ずいぶん打ち解けたね」
呆れたように冠毛をぴこぴこさせた智竜族のフィドラテルも、たいがい図太いと言っていいだろう。少なくともヒト若年女性のけたたましさ(いやまあ智竜族の若年女性だって似たようなもんだが)に付き合える程度には図太い。
「まあね~。あ、フィドラテルは買ってきてほしいもの、ある?食べ物とか」
「う~ん、君らと味覚が違うからいいや」
「頭につけるリボン、いらない?」
「冠毛につける気でしょ」
「判る?」
「判んないわけないでしょうが。要らない、重いから」
冠毛がへにゃりと垂れて、フィドラテルの気分をあらわしていた。
「そっか、残念」
「気を使ってくれてありがとう、でも本当に要らないからね?!」
冠毛が垂れたままのフィドラテルの後ろで、ヒト科のアドル・ウェイスが肩を震わせて笑いをこらえていた。
そんな同期にもちろん、フィドラテルは
「アドルひどくない?笑ってないで助けようと思ってくれないかな」
こう抗議したわけだが、アドルはにやにやしているのを隠そうともしなかった。
「いやいや、楽しそうでなによりだよ。そういえば、明日の夕方にB二〇二二から視察が来ると言ってたから、それだけ伝えに来たんだ」
「あたしらって、それで何かやる事あります?」
「多分ないと思うけど、誰か訓練生と話してみたいと言ってたようだからね」
「あんまり関係なさそう……」
そんな事をお気楽に言ってから、娘達はまたプランを練り直して出かけて行った。
「ずいぶん回る予定だよねえ」
フィドラテルの尻尾が呆れたように(実際、彼の種族にとっては呆れているという意味だ)ゆらゆら揺れていた。
「若いっていいねえ」
30代も半ばのアドルは、自分の半分くらいの年齢の娘のショッピング・ツアーがどんなものかを思い出しつつ、笑っていた。
自分が付き合わされるのでないからこそ、笑っていられるようなものだが。あのけたたましさに半日以上つきあわされるのは、キツい。
「それより、B二〇二二から視察?」
「実際には我々に関係ないよ。アキとアカネは起源個体と関与してるから、その調査だ」
「君のところの軍からかな?」
アドルはB二〇二二出身の、元軍人だった。
「まあね」
「C級線出身者が君のところの起源個体と関与してるというのも、面白いね」
起源個体、とは種の起源となる遺伝子データの持主のことだ。種族によってその数は様々だが、現存する種で起源個体が生存している例は非常に稀だったし、そもそも時間線をまたいで関与している事も少ない。文化レベル的にもCクラス線以下なら、B級線諸種族起源個体は関わりが無いのが普通だ。
「起源個体がずいぶんぶっとんだ人でねえ……今はここで勤務してるんだよ。で、アキの推薦人だ」
「現役?年齢がずれてないか」
一般に、確立した種であれば起源個体は最低でも100年以上前に成年していた個体だ。そしてアドルの時間線の知性体は哺乳類だから、とっくに寿命が来ているはずだとフィドラテルが考えるのも、自然なことだった。
「彼に由来する種が固定されて100年ちょっとしか経ってないし、本人は150年近く強制冬眠させられてたからね。まだ若いはずだよ」
「強制冬眠?穏やかじゃないねえ」
「まったく穏やかじゃないんだよ」
「戦闘種の起源個体、ということかな」
「それも本人の同意なく作られた種の、だ」
あからさまにきな臭い。
「しかし生殖相手ってわけでもないだろうに、あの二人」
起源個体が男性で、接触したのが若年女性となれば、まず心配すべきは遺伝情報の漏出だ。子供を作ればそれで良い。
しかし悪いがまだ若すぎて繁殖期という感じでもない、彼女たち経由で遺伝情報が漏れることもなさそうだが、と実に率直に言ったフィドラテルに、アドルが苦笑した。
「起源個体がそもそも他人と関わりたがるタイプじゃないから、異常事態なんだよ」
「あ~……もしかすると、将来は情報漏洩するかな」
「そこまでは勘定しなくていいんじゃないか?そもそも種が固定した以上、遺伝子データとしてはそれほど貴重でもないのが現状だし。ま、一応は調査対象だな」
「それもそうだね」
と、その視察要員が来るまでは、二人も実に気楽に考えていた。
智竜族は恐竜の子孫です。
リアル現代に生き残る同族は鳥類になります。