2.
「というわけで、あの二人はB級候補に入れていいわね」
候補者審査委員会の席でそう締めくくったジョイスに、反対の声は挙がらなかった。
「ペアでか?」
「それがベストだろうけど、いつもペアにしておかなくても良いと思うわよ」
「問題は、B級昇進を本人たちが希望するかどうか、だけどな」
眉間にしわを寄せているグェンを横目に見てから(といっても機械人の常で非常に判りにくいのだが)、エンディティパル観測官が意見を述べた。
「突発的事態への適応力もある、短距離とは言え時空移動も可能なペアだ。潜在的な脅威だぞ、厳重な監視対象にすべきだろう」
これはジェス・ランドーだった。
「文句言わないの。ただ監視してるより、時空監視局に取り込んで役立てた方がいいでしょ」
と、ジョイス。
「保護者と推薦人が誰なのかも覚えておけよ。あの二人が動くと、あとが厄介だぞ」
これはグェン。
「もう動いてるみたいだけどね」
これはエンディティパルだ。
「そりゃそうね、なにしろ片方が御舘家のお姫さんだし」
小文化圏連合の雄、自治領トヨスとしては下手な工作を許す気はないだろう。
なにしろ監視局に対する牽制として領主一族の誰かを送り込んでくるのが常なのだから、自治領の市民やその子供にちょっかいを出して釘を刺さないはずがない。ましてその監視役の実妹ともなれば、余計な手出しをすれば即座に叩かれるのは明白だ。
「本人にその自覚は全くないみたいだがね」
お気楽娘2人を思い出し、グェンがため息交じりに言った。
「ついでに、B二〇二二からアキの様子見に来る事になったよ」
B二〇二二はその符号が示すとおり宇宙文明クラス線で、人類由来ハイブリッド知性体が多く生息する時間線の一つだ。とかく人類至上主義に嵌り易いペルシル政府に対して、牽制をかけることでも知られている。
「なんで……って、サカエか、原因は」
サカエの近縁種が多いだけあってB二〇二二に深い縁があるのだから、情報は流れているだろう。
「あのサカエが推薦状出すなんて、異常事態だからねえ」
「うちの人事に口出しは困る」
「もちろん、名目はあくまでもサカエの状態確認だよ」
エンディティパルの説明に、参加者から一斉に溜息、もしくはそれに等しい反応が漏れた。
「なんだってまた、あんな厄介なのが入ってきたんだ……」
ランドーが天を仰いでぼやくのに、
「あの二人を監視対象にする、なんて言い出したからでしょ」
自業自得、とジョイスが頬杖をついて言い返した。
「アキはノーマークかと思ったんだけどね」
どことも政治的な係わりがないから監視下に置いて管理できると思ったんだが、と言ったランドーは、ペルシル中央政府との関係が強い。
「サカエが保護対象にしちゃってるもの、無理よ」
「時空犯罪被害者には同情的だからねえ、サカエも」
「ついでに言うと、監視局がサカエ……じゃない、彼のもとになった17号に対して何をやらかしたか、忘れてるはずもないしな。監視局暴走の被害者をこれ以上出したくないんだろ」
ランドーなら覚えているはずの大事件をエンディティパルが指摘すると、ランドーが肩を落とした。
「そりゃそうだよな。17号は殺されてるわけだし、忘れるはずもないか」
「自分の出自を忘れるようなら、そっちの方が異常でしょ。殺された時の記憶もあるはずだし」
と、ジョイス。
「もっと悪いぞ。保護してた難民が攻撃された事も覚えてる」
と、エンディティパルが補足するのに、ランドーが呻いた。
時空難民が発生した場合、監視局は難民の出自が判明するまで保護する義務を有し、先制攻撃は許可されていない。
それなのに、難民の貧弱な武装と、難民保護のため同行していた戦闘用サイボーグを口実に、事情聴取どころか捜査の意思すらなく問答無用で攻撃開始したのが『例の事件』だ。戦闘で難民に3ケタに上る死傷者を出し、別の時空犯罪の被害者だった戦闘用サイボーグを殺害したのだから、言い訳のしようもない事件だった。
「犯罪性が無いと証明された相手を監視局がマークするとなったら、サカエは徹底的に保護しにかかるわよ。そのくらい判りそうなもんだけど」
「まさかここに送りこむとは思わないだろう」
「そこで対象者を逃がそうとせず逆に押し込んでくるのは、トーゴの入れ知恵だろうけどね?」
それまで黙っていたイーチェンがそう言いながら遠隔参加用ホログラフに視線をむけたが、トーゴこと御舘藤吾郎雅之はいつもどおり、穏やかな表情のままだった。
『二人とも、能力的には十分にC級観測官の基準を満たすと思いますが?それに東京支局はご存じのとおり、慢性的な人手不足でしてね』
「推薦人の選択に政治的意図すら感じるよ」
保安局屈指の狸である支局長の工藤京介だけなら兎に角、小文化圏連合のお目付け役を兼ねる御舘、そしてB二〇二二非人類種族同盟から起源個体認定を受けている横田という組み合わせだ。御舘・横田組について言うなら、現在終盤に持ち込んだ事件では最強最小チームとしてペアで投入されているが、政治的な点からは揃えられても脅威にしかならない。少なくとも、上層部に対しては十分な脅しになる。
そこを敢えて揃えてきたのだから、この男も根性が悪い。
『過大評価ですよ、私はその方面で才能はありませんから』
「御舘家の奴は皆そう言うんだよな」
『事実ですからね。それに、能力のない者に推薦状は書きませんよ』
くそったれサムライめ、と誰かが呟いたのに、トーゴは微笑しただけだった。
「能力に問題はないよ、困った事に」
入局時審査の段階では二人とも高得点を叩き出していたし、人柄にも問題はなく、医学的な障害もない。まず間違いなく『使える』新人になるだろう。
『C四二五九東京支局にとっては有難い事ですね』
しれっと言ったトーゴを見やり、何人かがため息をついた。
特殊能力のくだりについては 東京編(http://ncode.syosetu.com/n7888bu/)をご参照ください。
登場人物名に間違いがありましたので修正しました(2016/2/27)