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確率都市:ペルシル編  作者: 中崎実
Intermezzo:つなぐ未来
15/16

過去話です。

 事情を知ったときの彼の発言は、『良く生きてますね、俺』の一言のみだった。


「あんがいあっさりしてるわね」


 もともと理性的に振舞う性格だとは判っていたが、それにしても落ち着いている。

 それはあるいは、戦闘知性体として感情を抑制された結果かもしれなかったが。


『それ以外に言いようがないでしょう。俺の状態を生きていると呼べれば、ですが』

「監視局の都合で勝手に構築したんだから、人間の死亡基準なんて使えないわよ」


 今こうして喋っている『彼』は、容疑者死体情報再構築によって作られたシミュレーションだった。

 犯罪容疑者の脳を解析して得られた情報をもとに組み立てられる、シミュレーション人格。オリジナルの生体部分を全て喪失した、しかし生体由来であるが故に情報知性体とも認められない、中途半端な捜査資料。

 彼が本当に容疑者であり、犯罪組織の人間だったら、そのままデータとして保存されていただろう。


 しかし『彼』は、もう一つの時空犯罪の被害者だった。


 時空犯罪被害者保護も義務付けられている監視局がまずすべきだった事は、『彼』の保護だ。問答無用で銃撃して機能停止させ、生体脳崩壊の前に全情報を取得すること、ではない。

 それを確認しないまま、ただ彼が戦闘知性化サイボーグだという理由で破壊し、治療を受けさせず、『死体』として全情報を奪ってしまったのだ。

 そして情報解析の段階ではまだ、機械脳は生体脳を生かし続けていた。


 つまりその時点で『彼』という人格は、消滅していなかったのだ。

 その段階で、容疑者死体情報再構築を行ってしまった。

 それはつまり『彼』という人格が二つ作られたということ。

 ペルシルにおいて最大のタブーを二つ犯した監視局は、大騒動の真っ只中にいた。


『それで、オリジナルは生き延びそうなんですね』

 彼の口調はあくまでも落ち着いている。

「ダメージが大きいから、どこまで回復するかは判らないそうよ。それに機械脳の調整をしないと、外部と通信できないし」


 元いた時間線でのトラブルのため、メンテナンスが途絶えてから一ヶ月。ごく原始的な構造体である機械脳は『彼』の生命を可能な限り維持してきたが、限界に達していた。

 そこに情報奪取のため粗雑な扱いを受けた事で、現在では生体脳も大きく損傷し、元の機能は失われている。


『情報入力はあると?』

「視覚入力系は壊れてるけど、音声情報は拾ってるみたい」

『情報処理は』

「かろうじて、反応はあるわ」


 損傷がひどく、高次機能についてはなんともいえない。 現在確認されているのは、単純な反応のみだ。

 その答に、画面上のシミュレーション画像が困ったような表情を浮かべた。

 画面に映っている彼は、推定像だ。

 いくつかの遺伝子欠損から、彼は日本人だと推定されている。脳の発達や細胞の状態から考えて、都市部でかなりの教育を受けて育った人物だろう。また脳の思春期性変化が消えかけているところから、年齢は二十歳前後と考えられる。

 そして本人が思いだせない記憶から読み出せたのは、名前とおぼろげな少年時代だけ。出身時間線を特定する材料は、得られていなかった。


「それで、今後をどうするか、相談したいの」


 原種(ヒト)サイボーグという種族にとって、今のオリジナルの状態は『死亡』と認定されるべきものだ。しかしそれでは騒動がさらに大きくなると判断されたため、オリジナルは大規模な改修を予定していた。

 成功すれば元の個体とは大きくかけ離れた存在となり、将来的にはハイブリッド知性体の認定を受ける事になる。


 しかし『彼』についての扱いは、決定されていなかった。


『どう、と言っても、このまま機能停止して保存になるだけでしょう』

「それは出来ないわね」


 監視局の横暴で生まれた人格である『彼』を、機能停止させること。それは『彼』にとっての死だ。

 監視局長の進退問題にまで発展した以上、無かったこととして『彼』を葬り去る事はできない。それが、監視局の立場だった。


『両方生かしておく?混乱しそうですね』

「その辺については、問題ないわ。分離した時期が違う一卵性双生児のようなものだから」

 受精卵の段階で二つの個体に分裂するのが一卵性双生児なら、『彼ら』のように出生後20年ほどを経てから分裂する存在もまた、類似のものだ。

 成長の段階を同一にしているから、双生児ほどの差はないが。

『俺は消されると思ってましたよ』

「普通の捜査資料なら、そもそもここまで機能させないわよ」


 必要な時に必要なシミュレーションを行うだけで、専用の本体を与えた全人格シミュレーションを作ったりはしない。

 生体由来であるため定義に当てはまらないが、現在の彼は機械知性体と匹敵する存在になっている。

 これが犯罪者であれば、『定義に当てはまらない事』を理由に機能停止させても問題を揉み消す事は出来たが、しかし彼は時空監視局の一方的な被害者だった。


『事件の規模から考えて、『普通の』捜査じゃすまないはずです。そこは別におかしな所じゃない』

「君、本当に冷静ね?」

『俺は戦闘知性体ですから』


 にこりと笑った顔は、普通の二十歳の若者のそれだ。


 最初に受けた戦闘知性化処置で破壊される前の、『彼』本来の姿をシミュレートしたそれは、しかし普通の若者とは言えない言葉を紡いでいた。

「受け入れてるのね」

『それが処置の一部なのかもしれません』

 現状に不満を持たないように、反乱を起こさぬように。そう条件付けられている可能性を、『彼』は人間離れした冷静さで指摘した。

「たしかに君、戦闘知性体だわ」

 それも、非常に安定した。

『彼』を生み出した技術が未熟であったことを考えれば、これは奇蹟としか言いようが無い。


 時間線崩壊から救出されたのは、わずか4923名。

 その惨劇を引き起こした国家で、おそらく4桁は試みられた人体改造実験のうち、成功例は23体。

 他の生存者や彼自身から断片的にもたらされた情報は、改造実験が無謀以外の何物でも無かったと教えている。実験体はその殆どが不成功に終わり、処分されていた。

 そしてごく小さな確率を潜り抜けて生き延びた改造体は、彼一人だ。

 ハイブリッド種族連合からは、初期型改造知性体として『彼』を保護するように求められてもいる。失うわけにはいかない。


『褒め言葉と受け取っておきますよ。それで、今後はどうなるんです』

 いくつかの方針は出来ているのでしょう。そう指摘した『彼』を前に、彼女は口をつぐんだ。

 たしかに、方針はいくつか出されている。

 そして監視局が協力に推し進めたいのは、いかにも身勝手な方針だった。

『俺の推測、聞いてもらっていいですか』

 まだ笑みを残した『彼』は、彼女が答えるより早く、言葉を継いだ。

『俺は機能停止、オリジナルは治療の甲斐なく死亡。これがあなた方にとって、最善のシナリオのはずだな』

 監視局長の首など、いくらも挿げ替えられる。今回限りのトラブルとできるから、生存者などいないほうが楽なはずだ。

 指摘する『彼』は、戦闘知性体特有の冷たさを漂わせていた。

「さっきも言ったけど、機能停止させるわけにいかないの」

『そりゃあ、あなた方の勝手で止めるのは無理だろう。でも、俺が選んだとしたら?』


 まさにそれこそ、監視局の望む未来だった。


『あなた方は、受け入れるはずだ』

「……そうするつもりがあるの?」

『あなた方に楽をさせるのは、癪だ』

 強い闘争心をうかがわせる答が、返ってきた。


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