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確率都市:ペルシル編  作者: 中崎実
はじまりの日
12/16

11.

 研修期間が終わってしまえば、後はそれぞれ、任地に赴くだけである。

 むろん其々の時間線で多少の『時差』があるため調整せねばならず、つまり各個に待機時間が生じるわけであるが。


「君らはずいぶんゆっくりだね」

「こっちの時間で、あと1週間あるので~」


 どうやら脳天気娘たちは春休みを満喫する気らしい。

 彼女たちの場合、宿舎が無くとも(研修および移動待機期間が終われば当然、退去を求められる)保護者がいるから気楽なのだろう。と思っていたアドルだが

「ついでに、豊洲にも顔を出しとこうと思って」

 とアカネが言うのに、いささか拍子抜けしたような顔をした。

「そうか、アカネはペルシル線出身だったね」

「田舎ですけどね」


 トヨスはこの惑星のほぼ反対側にあるから、それなりに距離もある。

 とはいえ半日もあれば到着するから、近い場所と言って良いだろう。少なくともアドル達恒星間種族にしてみれば、同じ惑星上にあるだけで十分近い。


「今の時期だと、C四二五九に直通のピボットもあって便利ですし」

「へえ?」

「東京支局に一番近いピボットになるんですよ」


 だから旅費も赴任費用って事で監視局持ちです。


 そう付けくわえたアカネに、アドルは思わず苦笑した。

「ずいぶんしっかりしてるな」

「え、だって高いですもん、旅費。払ってくれるものは貰っておかないと」

「それもそうだよなあ」

 どこまでも己の現実に忠実な娘たちだ。とはいえ、そればかりでもないだろう。

「移動中は君らだけ?」

「従兄が仕事でこっちに来てるので、一緒に動く予定ですよ」


 つまり、移動中の安全確保も兼ねているのだろう。

 それを確認すると、アカネもアキも苦笑気味に頷いた。


「監視局から一番近くのピボットを使うと、直通じゃないんです。中継点で何かあると困るから、って」

「あたしらまで狙う?って思うんですけど、皆さんに気を付けろって言われちゃいまして」

「逆恨みする奴はどこにでもいるからなあ」


 原種至上主義者にとって、ラシュマーが監視局長の地位を奪われたのは手痛い損失だ。

 そのきっかけになったのはもちろん、起源個体(オリジン)αやヒロヤス・ヨコタ准将の元となった『下等』サイボーグが殺害された事件で、原種至上主義者にしてみれば『あんなサイボーグが一つくらい壊れたところで事件にする方がおかしい』という論法になる。その、殺されようが何をしようが構わないはずの『道具』がまだ存在する事を恨みに思う連中も、いないわけではない。

 特に最近はB二〇二二の旧ファロン勢力と手を組んで、原理主義者同士で結束を固めつつある。始原型戦闘種(プロファクトゥス)高度改良戦闘種(ファクトゥス)の殲滅を掲げる連中といっしょになれば、ファロン戦争末期に暴れまわった起源個体(オリジン)αやその関係者が余計に狙われるのも道理というものだった。


「うっわ、すごい迷惑」

 まったくもって正直な感想だと思うが、まあたしかに迷惑以外のなにものでもないだろう。

「あ~、あたしらのところでいう『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』て事ですよね、それたぶん」

「どういう意味だい?」

「もともとは、お坊さんが憎くなったらお坊さんの服まで憎くなる、てことなんですけど。何かを憎んでたら、それに関係する全部が憎らしくなる、て意味です」

「まさにそれだな」

「だからって、あたしらまで巻き込まないで欲しいですよね~」


 のんびりした口調だが、実感がこもっていた。

 

「同感。横田さんが勝手に暴れただけなんだし?」

「勝手に暴れた、というかさ、横田さんも巻き込まれただけっぽくない?」

「あ、そうか。言われてみればそうだよね」

「ラシュマー事件のときだって被害者のわけだし。その、ファロン戦争っていうのは良く判んないけど」

「ああ、ファロンという原種至上主義者の軍事国家があってね、それが崩壊した時の戦争なんだよ」


 多種族国家と原種至上主義国家の争いでもあったが、これはファロン国内で消耗品扱いされていたファクトゥス・プロコスミカ種が蜂起したのをきっかけに生じたものだった。

 ファクトゥス・プロコスミカ・アレスの絶滅とプロファクトウス・グラエスの半減を引き換えにファロン政府の崩壊と非原種の解放が実現した戦争だったから、近年のB二〇二二でも大事件の一つと言って良いだろう。なにしろ、プロコスミカ・アレスは艦隊中枢体(クラス)も務められる高機能型だったから、その絶滅は高度改造戦闘種(ファクトゥス)そのものにとっても痛手だった。

 一方でプロファクトゥス・グラエスが全滅を免れた理由はもちろん、起源個体(サカエ)その兄(ヒロヤス)の働きだが。特に、グラエス種戦闘部隊とともに前線にあった (サカエ)を背後から支え、種族保護のための各種工作を続け情報戦を担った情報知性体(ヒロヤス)がいなければ、プロファクトゥス・グラエスはどこかの時点で繁殖限界を割り込んでいただろうと言われている。


「……ちょっと暴れすぎですよね、それ」

 ざっくり説明すると、アカネがしばらく沈黙した後にそう言った。

「ちょっと、てレベルじゃ無くない?」

 戦線の一部を担っていた名物指揮官なのだから、この指摘は正鵠を射ているだろう。

「グラエス種を守ったのは、理解できなくもないよ?」

「あ~……そっか、家族、なのかな?」

「多分。御舘家(うち)も似たようなもんだし。豊洲を守るためなら伯父さん、いくらでも無茶するだろうし」


 殲滅戦を生き抜いた小国の長と、絶滅の危機に瀕したまだ若い種の起源個体。似たような立場ではあるのだろう。


「別の種族は滅んじゃったんですね」

「遺伝子データは残ってるから種としては復活できるんだけど、彼ら独自の文化は無くなっちゃったからねえ。彼らに最適化した艦体(からだ)の情報も少ないし、復活させる見込みは無いんじゃないかな」

「最適化?」

「プロコスミカ・アレスは艦隊中枢……同時にいくつもの艦船を操って作戦行動がとれる、かなり特殊なタイプだったと見られてるんだ。ただ、いくら本体のスペックが良くても、拡張するパーツが良くないと動けないからね。本体、つまり生身の部分が乗ってる艦はかなりカスタマイズされてたんだよ」


 どうやって最適化していたか、となるとこれは各タイプ別に異なってくる。ましてファクトゥス・プロコスミカ・アレスはファロンで開発された型だけに、他タイプとは若干異なっていたと見られていた。


「生身の部分だけ再生って、しないんですか?」

「しないなあ。俺達は外部パーツを持ってるのがあたりまえの種族だから、セットじゃないと」

「俺達、ってアドルさんも外部パーツあるんですか?」

「持って来てないけど、幾つかあるよ。宇宙船じゃないけどね」

「生身だけなんだと思ってました」

「見た目はそんなに変えてないから、判りにくいだろうね。これは俺達タウンゼント型や、グラエス種で特にそうなんだけど」


 互換性が重要視された汎用型として開発された名残で、本体に大きく手を加えることは基本的にしないのがタウンゼント型だ。グラエス種も似たような用途で開発されたらしく、本体をいじり過ぎて何かに特化させる事は避ける傾向がある。埋め込み型機器も汎用性を重視し、特殊仕様の物を用いないことがほとんどだ。


「なんか理由があるんですか?」

「文化かなあ。見た目を変えない主義の個体が多いんだよ」


 おかげで見た目だけは原種とあまり変わりない個体が多く、特にアドルのような独立型の場合、知らなければファクトゥスと思われない事すらあった。

 原種至上主義者の多い地域では、大いに役立つ特徴だったと言える。


 いや、今でも役に立ってはいるか。そう思い直したのは、脳天気娘二人の見送りに空港に行った時だった。


「……なんでここにいるんだ」

「挨拶がてら」


 なにしろα(あに)も時々トヨスに遊びに行ってるようだし、としれっと言ったのは、レイ・イシグロだった。


「お身内として接触される分には、何も問題は無いですね」


 穏やかな笑みで言ったのは、トヨスの次期チーフだという男だった。

 もちろん身内として云々は、欺瞞(ぎまん)以外のなにものでもないだろう。小文化圏連合も原種至上主義者と時に対立する勢力の一つだし、トヨスはその小文化圏連合の中でも特異な地位を占めている。わざわざ接触を図るのに、何の意図もないと考える方がおかしい。


 おまけに今回の便に『同乗する観光客』ときたら、アドルの同族の軍人である。見た目は体格の良い私服の男と隙の無い振る舞いの女だが、二人がよこした挨拶は口頭でのものではなく、軍用超短距離通信だった。

 しかもお気楽娘の片割れ、アキはしっかりと周囲を監視中だった。


「なにかあるのかい?」

「マイクロピボットが出てる事、時々あるんです」


 ヒトは通過困難だが、マイクロピボットと呼ばれるサイズのピボットでも、数百gの質量は通過できる。

 つまり、爆発物は通過可能という事だ。


「……トラブルが無いことを祈っておくよ」

『我々が排除しますので、ご心配なく』

 排除のために動く事態そのものが問題だろ、と通信でぼやくと、二人が笑う気配が伝わってきた。

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