10.
あれも情報収集の一環だ、というのもまあ理解できないでもないが、客観的に見ればどうやったって、小姑と化した弟が兄に説教をしていただけである。
と指摘すると、イシグロはあからさまに嫌そうな顔になった。
「麗しき兄弟愛だよなあ、うん」
「どこがだよ」
「なんだかんだでαに懐いてるよな、昔から」
「気持ち悪い事を言うなよ」
一応はオフタイムという建前もあるから、今日はアドルもイシグロも私服姿だ。
とはいえ話している場所は監視局敷地内のカフェテリアなのだから、オフという実感もあまり無い。実際、アドルの知った顔も時々見かけるし、イシグロをちらちらと見ている者もいた。
「こちらにしては変なファッションだったか?」
男性の脚衣と貫頭衣型シャツという組み合わせはどこの時間線でも珍しくないスタイルで、そう目立つというわけでもない。
「αと間違えられてるんじゃないのか?」
「ああ、そうか。可能性はあるな」
なにしろαの遺伝子推定像とイシグロの現在の姿は良く似ている。とはいえ似ているのは顔立ちと体格だけで、衣服の好みは全く別だ。
少なくともアドルの知る限り、αは弟がしょっちゅう愚痴をこぼしていた所からすると、とことん気を使わないらしい。人並みの子供時代を過ごしていないトラウマから『ふつう』に見える装いをことさら好むイシグロとは、実に対照的だ。
「で、こんなところで何の話だ?」
あと数日でアドルも赴任先に移動だ、今後はゆっくり話す暇もあるかどうか判らない。
わざわざアドルとイシグロを接触させた上官の意向を考えれば、今のうちに手元の情報は渡しておくべきだろう。
「今回の研修グループは、ずいぶん多様だったからな」
「なるほどな」
アドルの手元にあるのは同期やその周りの人事情報だが、そこを手掛かりに情報収集する材料にはなる。
むろん口頭で話す気は全くないから、一纏めにした情報を近距離転送する。
一般の退役者なら軍用共通通信機能を殺した状態になっているのだが、アドルの機能が生きている時点で、この『退役』の実態がなんなのか良く判ろうと言うものだった。
「で、お前の配属は?」
「旧ファロン圏内だ」
五十年ほど前に決着が付いたが、連合宇宙軍を擁する北部連合(銀河の回転を基準に南北が決まっている)と敵対していた原種至上主義国家の旧支配域が、新たな任地だった。
ちなみに、連合軍にいた頃従事した作戦地域のすぐ近くである。
「土地勘があるとはいえ、その配属はな……」
「原種至上主義者を採用できる組織じゃないからな、監視局も」
「それもそうだな」
なにしろ監視局は北部連合以上の多種族組織だ。そこにあからさまな原種至上主義者を採用しようものなら、トラブル続発の上に馘首になるのが関の山だろう。
「多少なりとも戦闘力のある、自衛できる者を……という意図らしいぞ?」
危険地帯に赴任する以上、自分の身は自分で守れる必要がある。アドルの場合は軍人として生身の肉体も鍛えてあるが、加えて外部ユニットを使うことも可能だ。
「で、自分の船体は持ち込めるのか?」
「俺は艦船型じゃないよ」
タウンゼント型はそもそも、量産型恒星間宇宙船の頭脳として開発された型式だ。とはいえ今は必ずしも宇宙生活者ばかりでは無いから、アドルのような独立型の個体もいたりする。
「え、持って無かったか?」
「俺のは大気圏内往還機だよ、宇宙船じゃない」
タウンゼント型のみならずコスミカ種全般にとって、惑星周囲を飛ぶだけの機体はまともな宇宙船の類にカウントされなかった。
「玩具だって、利用は可能だろう」
「まあな、一応は持って行くけど」
あとはもちろん、ロボットボディ。
複数作業するなら、生身の肉体だけに拘らない方がいい。同時に複数の仕事をこなすには、どうしても余計な体が必要だ。
口頭で別の事を話しながら具体的な任地の座標を近距離転送すると、情報パケットが返ってきた。
一般ニュースでも判っていたことだが、あまり嬉しい状況では無い。アドルの任地を含む3つのステーションは、今なお武力紛争が散発する地域の、しかも敵勢力ゲリラの間近だった。
「玩具も荷運びには役立ちそうじゃないか?」
“偶然通りかかりそうな”偽装商船航路を“うっかり”通信しながら、イシグロはいつもの笑顔で言った。
アドル・ウェイス・タウンゼントはファクトゥス・コスミカ種のタウンゼント型個体で、原種ではありません。