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小田的思考

無感情の感情

作者: 小田虹里
掲載日:2016/02/04

 何が私を変えたのか……。


 それは、定かではない。


 気づいたときには、私は……泣いていた。



 小さな、小さな、白い花。


 電信柱の隣にひっそりと顔を出す、白い花を見て。

 私は、ひと目も気にせず涙を流した。




 私は無感情な人間であった。


 何を見ても、何も感じず。

 何を聞いても、何も感じず。


 読書感想文なんてものは、苦痛のほか無かった。


 「何も感じません」なんて、誰が書けよう。

 先生が「怖い」という感情があったようだ。

 優等生のフリをしていた当時の私には、為せぬこと。


 それなりの言葉をはべらせて、その場しのぎで事なきを得ていた。



 祖父が亡くなったのは、まだ、私が子どもだった頃。


 「死」を理解できないのは仕方が無かったとも思える。

 三つ年上の従兄は私を見て、弟を指した。


 「あの子は、まだ死なんて分からないんだな」


 まだ、幼稚園児だった弟。


 分かるはずがない。


 既に小学生にあがっていた私ですら、分かっていないのだから。



 お骨になっても、何も思わなかった。


 箸でお骨を入れるとき、落とさないかという心配だけがあった。


 そう。


 たった、それだけ。




 小学五年生。


 突然、涙はやってきた。


 祖父の「死」が、とてつもなく悲しいものとなり、襲ってきた。

 どのタイミングでそうなったのか。

 まるで思い出せないけれども、その日のことは覚えている。


 会えない悲しさ、当時の未熟すぎた自分への怒り。


 色々な感情が入り混じって、とにかく泣いた。


 泣いた夜が明けても、まだ、涙を引きずるくらいに……。



 でも、まだ「完璧」じゃない。


 映画を見ても、本を読んでも、お芝居を見ても。

 何をしても、感動が来ない。


 さらに言えば、私は文字を書くことも好きではなかった。

 今の私を見たら、当時の私はきっと驚くことだろう。


 中学二年。


 中学二年の夏休みの課題で、私は読書感想文を避けた。

 変わりに、課題の「作文」を選んだ。


 それが、はじめて賞をとった。

 「奨励賞」という、小さな賞ではあったけれども、形あるもの。

 確かなもの。


 はじめて「評価」されることによって、自分を見出せた。


 「自分は、文が書けるのかもしれない」


 そんな自惚れが生まれた。




 人間とは、案外簡単な生き物であり、自分の居場所を探している。

 見出せたそこが、どんな世界なのかは人それぞれ。

 ただ言えることは、その世界を求めているということ。


 世界を求めているから、出会えない間は無感情。


 でも、出会えて世界が彩りはじめたら、ひとのこころはコロコロ変わる。


 そう、「感情」が生まれて連鎖をもたらしていく。




 私はずっと、負い目を感じていた。


 才能ある母、父、弟に、きっと、負い目を感じていた。


 自分には、何もないと思っていた。


 だからこそ、褒められるのはいつも「弟」という現状から、離脱したかった。

 私だけの「世界」を探し求めていたんだ、きっと。


 弟には出来ないことを、私はずっとやってきた。


 でも、弟は天才肌。


 私は弟には勝てないと、悟っていたんだ。




 大人になった今でも、そう。


 弟は、いつでも私の何歩でも先をゆく。




 それでも、いいじゃないか。


 今の私なら、言えるよ。



 私には、私だけの「世界」を見つけたから。


 無駄なことなど、ひとつもなかった。

 無駄なものなど、ひとつもなかった。




 無感情、無感動な世界もまた、私には必要だった。


 だって、今。

 私はこんなにも「文」に飢えている。


 「文」を愛しく思っている。


 「文」の世界で生きたいと思っている。


 「文」に恋をしている。




 涙脆くなったのは、もっと最近の話。


 白い花を見ては泣き、アジサイの花を見ては泣き。


 昼間は青空、夕方には沈み行く太陽を。

 そして、夜には星空を眺めながら涙を流す。




 大切なものは、ひとつじゃない。


 大切じゃないものは、ない。




 だから、色々なところに目をつけて、目を向けて。

 ゆっくり、ゆっくり、歩いていく。




 急いでも、きっと見逃すことが多いから。

 ゆっくり歩いて着実に、物事を見届けながら生きていたい。




 さぁ、「今日」は私に何をプレゼントしてくれるのだろう。

 私は何を、「今日」へ向けてプレゼントできるのだろう。




 母が亡くなる前日。


 私は、一生分の涙を流したと思う。


 「パパ、ぎゅってして」


 そう、ねだって抱きしめてもらった。


 「ママは、此処からが強いから」


 そう、なだめてくれた。



 でも、翌日やっぱり……天に召された。



 それからしばらくは、また、ぽつんとしてしまった。

 ひとりっきりかと思っていた。


 でも、また、歩き出す。


 母の死を受け止めながら、歩き出す。


 

 母がまた、私の「感受性」の「ねじ」を巻いてくれた。




 聞こえますか、これまで私と関わってくれたひとたち、ものたち。




 私は今日も、元気です。



 あらためまして、はじめまして。小田虹里と申します。


 このような作品となりましたが、最後まで読んでいただけまして、ありがたく思います。そしてあとがきまでお付き合いいただけることを、こころより、嬉しく思います。


 小田は今、とても寂しくなることが多々あるのです。


 それは、大概、家にひとりきりでぽつん……と居るため、「孤独」なのだと思います。これまでなら家に帰ってきたら、よく笑い、よく喋る母が居ました。でも、今はもう居ません。あるのは、「立派」な仏壇と遺影です。変わらぬ姿で笑顔でこちらを見ているひまわり畑での一枚が、母の遺影となっております。癌だった為、写真はかつらを着用し、さらには弟が母へプレゼントした、帽子を被っているものです。

 

 とても、とても素敵な笑顔です。


 でも、その写真を見るたびに、悲しくなるのです。


 私は、「小説家になりたい!」と思う前は、現実的な夢では「教師」。もっと夢溢れるものでしたら、「漫画家」や「声優」という職業をあげておりました。さらに遡れば、「考古学者」という道も、目指そうと思ったこともありましたが、その夢たちは消えていきました。

 「教師」という夢だけは、今でもなろうと頑張ればなれる夢かもしれません……でも、私はもう、「小説家」という夢以外は追うことをやめております。


 着実に、自分の夢をつかみたいと、こころから願っているのです。


 こころが、荒んでいたのでしょうか、昔は……でも、そんな時代があったからこそ、こころが未成熟である頃の話も分かりますし、書こうと思えば、私にも書けるんだと、自負したいのです。

 これまで、回り道をして此処まで来たとは思いますが、無駄なことは、本当にひとつたりとして無いと、私は信じています。

 人間なのだから、失敗して当たり前なんだとも、思います。言い切ります。だけど、失敗から学ばないのならば、それは勿体無い。小田は、タダで転んではあげません。


 ここまでありがとうございました。また、別の作品でもお会い出来ますように、こころから願っております。また読んでいただけるよう、努力を続けます。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 小田さん、今日は。 今日も凄いヘルパーさんに来てもらい、午後から、パソコン打っています。 「無感情の感情」と言うこの、エッセイ、不思議な題名を持ったエッセイですが、いざ、読み始めるとホント…
[良い点] ご自身の現在位置を確めるような、静かだけれど力強い文章ですね。 どの作品から拝見しようか、迷いましたが、こちらを選んでよかった。 何度も頷きながら読んで、勇気を頂きました。 [気になる点]…
[良い点]  ためてきた迫力が胸に来る「だって、今。 私はこんなにも~」からの四行が好きです。
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