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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編

月に叢雲、花に風

 林檎の木があった。


 熟した実のなった木だった。


 その木の袂に一人の巫女がいた。箒を逆手にどうにか林檎を取ろうとしているようだった。よいしょ、よいしょと自らを応援するように掛け声を掛けながら何度も何度も林檎目がけて箒の柄を振り回す。そんな速度で柄をぶつけたら林檎が傷付くのではないか?傍から見ればそう感じても仕方がない。事実、その柄が林檎にぶつかれば傷がつくだろう。にもかかわらず何故その巫女がそうしているのかといえば、単純に彼女が少し足りない巫女だからである。林檎が食べたい、木は昇れない、だったら箒を使えば良い。そんな論法で自らの欲望を叶えるために箒を振るっているのであった。その結果何が起こるかまでは考えていない。そんなどうしようもない巫女がそこに居た。そして、そんな巫女を眺める者がいた。


「巫女さん、無理だって。どうあがいても背が足りてない」


「幽霊の癖に煩い。だったら代わりに取って来て」


「幽霊には無理だよ」


 そんな巫女の前にぷかぷかと浮く半透明の生物がいた。否、生きてはいない。それは幽霊だった。不慮の事故で亡くなった者。未練を残しこの世に残った者。それがその幽霊の正体だった。


 視線を己が手と巫女へと行ったり来たりさせながら幽霊は更に語る。


「あぁ、分かった。巫女さんは欲望に忠実過ぎるから私を成仏させられないんだね」


「ほんと煩いわね。デジタル全盛期に何であんたみたいなアナログなのがいるのよ。さっさとデジタルになれ。いい鹿を紹介するわよ?」


 首だけで振り向いて巫女が言う。


「いらないよそんな時代遅れの鹿。それに幽霊が0と1になれるわけないよ。どこのSFなの」


 巫女の言葉に呆れたような表情を浮かべながら幽霊がいう。そして、その幽霊の態度に、がしがしとショートカットの髪を掻きながら、ハァとため息一つ巫女が箒の動きを止めた。そして、幽霊に蹴りを入れた。


「はぐっ!?」


 そんな幽玄な音を立てて幽霊が飛んで行った。


 林檎の木を通過し、境内を通過し、そのまま車道まで飛んで行き、更に走る車を通過していった。


「ふん、だ」


 巫女が巫女服の裾からすっと伸ばしたままの足―――巫女服の内側にはしっかりとスパッツを履いている―――をたんっとこれ見よがしに音を立てて玉砂利の上へと。


「あぁ、もう」


 素足になっていた。飛んで行った幽霊と同じ方向に飛んで行った草履を彼女はけんけんとやりながら取りに行った。


 拾い上げた草履は、雅さの欠片も無い古めかしい藁で作られた草履であった。これが幽霊に攻撃を当てられた理由、などでは決してない。彼女自身が産まれた頃から幽霊と呼ばれる不可思議な存在に触れられるだけの事であった。


 暫くして幽霊がその場に戻って来た。


「痛いです」


「無神経で無脳のくせに痛がるなんて何様よ。人間ばかにすんじゃないわよ」


「いや、まぁ、その通りなんですけれど……やっぱりほら、雰囲気は大事じゃないかなと」


 そんな他愛のない会話を終えた二人は慣れたように神社の軒先へと向かう。そして巫女が座り、その横を幽霊が正座しながらぷかぷかと浮いていた。痺れなくて楽そうね、そんな視線を幽霊に向ける巫女に向かって幽霊が口を開く。


「巫女さんが巫女をやっている理由ってもしかして、背徳的だからとかですかね?」


「なにそれ」


「禁断の果実は蜜の味」


「黙れ、神社で他宗教の話をする和製幽霊ジャパニーズゴースト


「多神教なのに……料簡が狭いというか懐が浅いというか」


和製幽霊ジャパニーズゴーストに神はいないのよ」


「世知辛い」


「埒外の存在が何か言っているわね」


「あぁいえばこういう。そんなんじゃいつまでたっても恋人はできませんよ」


 神社の軒先で二人、ゆるりと言葉を交わす。その姿は恋人達の逢瀬のようにも見えた。その幽霊がセーラー服に身を包む少女でなければ、だが。


 そんな風に語る幽霊少女に巫女はハァとため息一つ。けれど、その表情はどこか嬉しそうでもあった。さながら、失ったものをようやく見つけられた事を喜ぶような、そんな表情だった。


「現世で恋人だった相手に何を言うのかしらね」


「幽世にいるからですよ。心配で成仏できません」


「しなくて良いわよ」


 悲しげに笑う。


 幽霊が生きていた時には大層仲の良かった二人であった。背徳的な関係ではあったが、しかし、彼女達は確かに恋人同士であった。互いの日々を語り、互いの将来を語り、互いに愛を囁き合う。そんなどこにでもいるような二人だった。そんな安穏とした良き日々に、しかし、邪魔が入ったのだ。


 月に叢雲、花に風。


 良い事には邪魔が入り易く、そして長続きしない。そんな当たり前の事を巫女は彼女を失った時に理解した。幾度となく泣き、幾度となく眠れない夜を過ごし、そんな日々を過ごして忘れてしまいそうになった頃、心配性だった彼女が巫女の下へ現れたのだった。


「駄目ですよ、巫女さん。死んだ人は成仏しないとだめなんですよ」


「誰が決めたのよ、そんなルール。死んでも死にきれずに現世に残っているなら別に無理に成仏させる必要も無いでしょう」


「巫女失格発言ですね」


「私は、巫女って名前ではあるけれど、別に巫女様やってるつもりはないからね。そんなの知ってるでしょ。所詮、バイトよ。信心なんてありゃしない。だから、私は貴女を成仏させられないわよ。残念だけど貴女が成仏するのは私が死ぬ時よ」


 死んで、幽霊として帰って来てくれた事を巫女は喜んでいた。もう一度会えた、と。そして、もう二度と離さないと心に誓った。まぁ、たまに足蹴にする事ぐらいはあるけれど、それも愛情の裏返しというものだ。そんな事を想いながら、沈む日に向かって笑う。


「ほんと短いわね、この時間」


「逢魔ヶ刻。格好良いですよね、字面が。でも、魔物に会う時間なんて短い方が良いですよ」


「ばーか」


「巫女さん程じゃないですよ……林檎を箒で落とそうとかほんと……心配ですねぇ」


「そう思うなら、また明日もちゃんと来なさいね」


「そうします」


 そう言って、幽霊はその姿を消した。


 代わりに月が姿を現した。


「月に叢雲、花に風。私には月こそが邪魔だって話よね」


 言って、巫女は空を見上げた。


「また、明日」







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