序
「――――ソナ!」
胸の裏側から迸った絶叫が、ユスハの声帯をぶるぶると震わせた。
尖塔の頂点にまで突き抜ける、少年の甲高い怒声。それは夜明け前のしっとりとした闇を切り裂き、幾度となくあたりに反響し、そして消えてゆく。
石灰にまみれた指先が虚空を切る。
ユスハの手が掴もうとしたのは、ただの影だった。それは床から霧のように立ちこめ、彼の視線の先で収束してゆく。密度を増して不透明な黒へと変わるそれは、ちょうど蚕の繭を思わせるいびつさだった。
「ソナ!」
ユスハは地を這いずりながら、なおも叫んだ。ひりついた咽頭からは、もはや潰れた声しか出ない。
「ソナ、ソナ、ソナ!」
そのときだった。彼が埃にまみれた顔で、祈りを捧げるかのように天を仰いだとき。暗い天蓋で、ぎらりと冷たい光が耀いた。
ユスハが黒々とした目を見開く。
天蓋が収束する一点から、光芒が放射される。冴え冴えとした眩さを放ちながら、それはまっすぐに黒い繭を貫いた。繭はたゆみ、弾ける。繭を構成していた影は、実体をともなってあたりに飛び散り、ユスハの全身にまで吹きつけた。
まるで泥のようだ。口蓋を覆った泥を吐きだし、視界を妨げるそれを服の袖で拭う。眼孔の奥が火を噴いたように熱く、ユスハの情動を掻きたてる。彼の心は鐘のように幾度となくうち震わされ、そのたびに、抑えきれない激情が迸った。
「ソナ……! ソナ! 貴様ぁっ……!」
繭のあった場所から、ゆらりと大きな影が立ち上がる。それは床上にひれ伏したユスハを、じっとりと冷たい眼差しで見下ろして。
「許すものか……許すものか、ソナ、この僕を出し抜くなど、」
ユスハもまた、その目を見返した。一切の怯えもなく。
「許さない、許さない許さない、許さない……!」
彼はついにずるりと崩れ落ちた。ほとばしる瘴気に耐え切ることができずに――汚泥の積もった床上に倒れこむと、それでもうわ言のように呪詛を繰り返した。
「ソナ――――お前だけは!」
胸の裏側でうねり狂う情動に、身を焼かれそうだ。
ユスハは硬く拳を握った。この怒りを忘れるものか。たとえ死んで葬られたとしても――忘れはしない。この怒りを、魂に刻みつけなければならないのだ。
誓いのために唇を噛みちぎったとき、少年のしがみつく意識は、強制的に引き剥がされたのだった。