情報収集
この酒場、酒barは一階部分が酒場になっていて、二階部分が宿屋になっていると言う、これまたありがちなお店だった。そして忙しそうに店内を動き回る可愛い店員さんに、がはは、と大きな声で笑って酒を飲んでいるオヤジ。もうとにかく、なんでもいいからありがちなものを詰め込んだ空間だ。
「カク、そんなところで突っ立っていないで、あなたもここの客に噂を聞いてまわってよ」
「おう」
と、元気に返事をしたものの。
やはりゲームに閉じ込められた影響か、どこか酔い方が悪そうな気がする。自棄になって飲んでいるような、そんな感じだ。
その中から、わりと静かにちびちびいっていそうな感じの人に近づく。
「あの、すみません。世界の終末についての噂を知っていますか?」
「……ああ?」
酔っ払っているのか、焦点の定まらない視線をこちらに向ける。そして苛立ちを隠そうともしない態度に、この人からは何も聞き出せそうにない、という考えが浮かんできた。でも、何もしなかった、じゃあセレスになにを言われるかわかったものではない。
「世界の終末についての噂を知っていますか?」
そう5,6人に聞いて回った結果。
誰もまともに答えてくれなかった。完全に無視する人や、敵意をびんびんに送って来る人。実はけっこう傷ついた。
「カク、なにか情報は掴んだ?」
気付くと、セレスが後ろに立っていた。
「この酒barでは情報が入らないと言う貴重な情報を得た」
「……要するに、誰にも相手にされなかったの?」
「見てたのか」
そう僕が言うと、まさか、と首を振り、手近にあったイスに座った。それに倣って、丸いテーブルの反対側に僕も腰掛ける。
「初期装備のヒーラーだもの。舐められても仕方ないと思う。たぶん……、このゲームに閉じ込められたことを知った初心者が錯乱しているって思われていたんじゃないかな」
わたしならそう思う、と言って頬づえをついて辺りを見回す。
この喧騒の中、憂いを秘めた瞳は、どこか神秘的なものがある。
まあ、小汚いプレイヤーばかりのこの空間で、まっしろで大きな羽を生やした騎士がいるのだ。そう感じるのも仕方ない……のか?
「ねえ、なんで知らんぷりしたの?」
「なにが?」
「わたし達、一度会ってるでしょ」
「まあ」
一度会っているというか、一度しか会っていないというか。
「だってさ、知り合いかと聞かれれば、たぶん違うって答えるだろ? それに微妙な別れ方をしたわけだし、ここは人間関係を一度白紙に戻すという意味を込めて、僕は知らんぷりしたんだ。あと、そっちが僕のことを覚えているっていう保証はないし」
本当の理由は、大団長さまに知り合いだと知られてしまうと、その説明を一からしなければならなかったからだ。それが面倒くさかったから回避しただけのことなのだが。その後も自分から言い出さなかったのは、一度知らんぷりを決め込んだのに、二人だけになってその話題を出すのは、どこか筋が通って無い気がしたからだ。
長々とした理由だが、どれもしょぼい理由であることには変わりない。言うほどのことでもないだろう。
それを聞いたセレスは、ふーんと、納得しているような、そもそも興味もなかったというような、そんな顔をして再び視線を逸らした。
「なあ、ここでは情報が集まりそうにないから次に行こうぜ。いよいよもって人が出歩かなくなる」
「情報なら手に入れた。まずはその確認が先」
「手に入れたって……。どうやって」
ここにいる人間はすべて飲んだくれのクソムシみたいな連中なのだ(冷たくあしらわれた為に口汚くなっている)。そんなヤツらからどうやって情報を。
「ここにいるのは、お金に余裕のあるレベルが高めのプレイヤーなの。だからこそ、初期装備のヒーラーは相手にしないし、でもだからこそ、自分よりも上位の帝国騎士団には忠実なのよ。帝国騎士団がどれほどの力を持っているかを知っている連中だからね。あなたと違って」
はいはい、どうせ僕は何も知らない初心者ですよ。大団長さまをキレさせてしまうほどの無知ですよ。
「それで、手に入れた情報ってのはなんだ?」
「ギルド、デッドロックが憩いの広場で情報をみんなに流していたらしいの。カラクサ出現の2時間後くらいに」
随分とピンポイントな情報だな。逆に怪しい。
「まさか――お前が真犯人か……!?」
「憩いの広場のあるこの街は、あなた達がカラクサにちょっかいを出した場所だから、カラクサがここで情報を流すとは思っていなかったの。でもまさに盲点だったってことね」
無視するなよ……。
「カクはどう思う?」
無視した上に、助言を求めるなよ……。
僕も頬づえをついて、やる気の無さをアピールする。
「デッドロックがその情報をカラクサから手に入れたものだと仮定するならば、デッドロックとカラクサは、確実に接触していることになる。絶対に突き止めないと」
「そうね。そうよね」
うんうんと何度も頷くセレス。
「それでどうする? いちおう情報は突き止めたわけだし、一度ギルドに戻って大団長さまにこのことを報告するか?」
ここからは焦る必要はなく、むしろ慎重に行動する必要がある。だから――。
「整理しておこう――いや、すべて想像上の話になるけど、デッドロックが噂を流す理由が見当たらない。もしカラクサから情報を手に入れたのならば、情報として提供するか売買すればいい話だ。だというのに噂として流した。これにはなんらかの意図、というか裏があるはずだ」
「つまり?」
セレスはようやく、まともにこちらを向いてくれた。
「噂として流す理由、それは自分達が情報を流していると誰にも知られたくなかったからだと思う。そしてそうする理由は、ひとつ目はデッドロックがカラクサ側の人間であること。ふたつ目はデッドロックがカラクサから何らかの供与を受けていること。みっつ目はデッドロックがカラクサに脅されていること。たぶんこの理由のどれかだろうな」
「…………」
セレスはなにも答えない。俯いたまま熟考しているようだ。そして。
「よくそんな考えがぽんぽん浮かぶね」
よくわからないが、それは褒めているのだろうか。
「別にセレスの話を聞いてからぽんぽん浮かんできたわけじゃない。世界の終末についての噂が流れていて、もしそれが事実だとしたら、と仮定した場合のことを最初から考えていただけのことだ。考え方としては、噂が流れている、それが事実である、ということはカラクサが伝えた、そしてそれを噂として流す理由。これを考えていけば、デッドロックという名前が出る前から、想像が出来ることだぽんぽん」
「……馬鹿にしているの?」
「いや……、途中から、自分はなにを偉そうに語っているのだろうかと恥ずかしくなってしまった次第でありまして」
恥ずかしさを紛らわせるために、恥ずかしい言葉であるぽんぽん(?)を使わせてもらったのだ。
「それで――どうするよ、ぽんぽん」
「きみ、調子に乗らないでよ」
話が進まない。まあ、僕の所為なんだけど。
「今日は一度戻った方がいいと思うんだけど」
と、提案してみる。
正直言って今日はかなり疲れたから、もう休みたいのが本音だ。それに、今から行くとなると必然的に僕も付いて行くことになるが、後日デッドロックを訪ねるとなれば、帝国騎士団の団員ではない僕が参加する必要性もない。
「今日はもう解散ね。あした連絡入れるからフレ登録お願い」
「……はい」
僕は責任をとるために情報収集をしているのだ。断ることなんて出来ないし、むしろ今から行こう、と言われなかっただけでも良しとしようじゃないか。
フレンド申請に許可し、一緒に酒barから出る。
外は完全に日が沈んでいた。
時は午後9時を回っている。こんな時間にふらふらと出歩くことなんて今までになかったことだ。
「セレスはこれからどうするんだ? 宿屋にでも泊まって、HPとMPを回復するのか?」
と言ったところで、僕はどうすればいいのだろうか、と気付く。
「本部に戻るわ」
「報告か? 大変だな」
「違うって。本部には団員ひとりひとりに部屋が用意されているの。さすがにわたしも疲れたし、もう休みたい……」
がっくりとうなだれるが、それも一瞬のことですぐに立ち直り、僕に向かって手を振って、そのまま飛び去って行った。
なるほど、ギルドに戻ると言う選択肢があったか。
というわけなので、僕もジャスティスブレイカーの本部に戻るとしよう。
四畳しかないけど。
「…………」
文句を言いつつも、帰る場所があるということに、ひどく安堵している自分がいた。




