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※残虐シーンがあります。苦手な方はご遠慮ください。






 大地を蹴って獣の姿を模した戦士たちが一斉に走り出す。ふたりの指揮官をとり囲むようにふたつの隊が美しく整列した形に並んで敵陣へと向かっていった。


 敵の表情が分かるほどの位置に近づいたとき、キヌアの予想どおり前衛の戦士たちは一斉に攻撃を開始した。

 鮮やかな色の糸で編まれた投石ベルトを目にも留まらぬ速さで振り回し次々と石を放ってくる戦士、または背中に担いだ何本もの短槍を次々と引き抜いて投げつける戦士。石や槍は雨かあられかというくらい、無数に空から落ちてくる。

 整然とならぶキリスカチェの戦士たちはその中でも隊列を崩さずに進んで行った。

 距離があるので放たれるのは小ぶりの石ばかりだ。その程度ならば頭に被った剥製や肩に羽織った厚い毛皮が身を護ってくれる。戦士たちは左右に余裕を持って並んでいるため、それらをうまくかわして進んでいくが、時折かわしそこねて身体を直撃したとしても、身体に傷を負うことはまずなかった。

 短槍は石より厄介だが、長さがあるため石ほど勢いはない。しかも戦いに慣れていないオカ族は槍の穂を丁寧に削ることを知らないらしい。穂先の石は人の身体を貫くどころか傷つけることすら難しいようだ。これもまた毛皮の表面を掠める程度でほとんどが虚しく地面に滑り落ちていく。


 やがて石や槍の攻撃が途絶える。敵方は放てる武器を使い尽くしてしまったのだ。その頃にはキリスカチェ軍はすでにオカ軍の目前にいた。

 キリスカチェ軍はその態勢を左右に大きく広げ、一気に敵陣へとなだれこんだ。

 武器を失った前衛の戦士が後衛のあとに下がる暇はなかった。飛び込んできた獣たちがオカの戦士をことごとく捕え、瞬時に息の根を止める。獣たちが駆け抜けるその左右につぎつぎと(むくろ)が転がっていく。

 前衛の戦士をほとんど倒し終え、間を空けずに今度は後衛の戦士へと飛びついていく。

 さすがに武器を手にした後衛の戦士を一気に倒すことはできない。獣たちとオカ族の戦士たちの接近戦が各所で繰り広げられた。


 戦う戦士たちの合間を縫って、ワスランとキヌアは後方にいる大将たちの姿を探した。

 キヌアとワスランが出撃前に目にした大将たちはみな輿に乗っていた。しかし獣たちの猛攻撃に怖れをなして、どの大将も輿を降りて混戦の中に紛れ込んだのだろう。打ち捨てられた輿は見つかったが、大将の姿はそこになかった。

 大勢の戦士たちの中にそれらしい人物を探そうと、キヌアとワスランは辺りを注意深く見回した。正面に躍り出てきた敵を斧でなぎはらい、背後に迫ってきた敵を振り向きざまに斬りつけながら、周囲に目を光らせる。

 キヌアは思わず視界を狭めている剥製を脱ぎ捨てた。固く編み込まれた長い髪の束がいくつもこぼれ、艶やかな頬をした少女の顔が現れると、敵は格好の獲物だとばかりに一斉にキヌアに飛び掛ってきた。

 しかしキヌアは目にも留まらないほどの速さで斧を振るい、左右から襲ってくる敵を瞬時に倒していく。敵はあどけなさの残る少女の顔に惑わされて、我こそはと襲い掛かってくるが、あっけなくキヌアの手に掛かり無残に倒れていった。


 これまでにない殺気を感じてふと振り返ると、いつの間にか間近に迫っていた大男が斧を振り上げていた。キヌアはその斧をかわそうと身を翻したが、咄嗟のことで均衡を失って地面に転がってしまった。男は好機とばかりに、地面に投げ出された無防備な少女に立て続けに斧を振り下ろす。キヌアは地面を転がってかろうじてその攻撃を避けるのに精一杯で、立ち上がる暇はなかった。

 大男は攻撃の手を休めずに舌なめずりをして呟く。


『こやつが同志を殺した小娘か。同志よ、お前の無念を晴らすときが来たぞ』


 不気味な嗤いを浮かべて、面白がるようにキヌアの左右に斧を打ち込むその男は、ほかの戦士にない貫禄を醸している。それが輿を降りた大将であることを悟ったキヌアは、ただ為すすべなく地面を転がっているように見せかけて、相手の様子を観察していた。

 男の表情は一見余裕があるように見えるが、その奥には仲間を殺された哀しみと、何をおいても敵を討たねばならないという焦りが見える。

 はじめはやすやすとキヌアを仕留められるものと思っていた男は、その攻撃がなかなか決まらないことで、そのうち苛立ちを見せるようになった。斧を振り下ろす先も定まらなくなってきた。

 大男が思い切り斧を振り下ろした瞬間、キヌアは男の手首を掴み、渾身の力で脇に引いた。男はキヌアの上に被さるような形で横向きに倒れてきたが、キヌアはその下を間一髪ですり抜けて男の身体の下敷きになることを避けた。

 素早く倒れた男の脇に屈み、その頭を押さえつけて首に一気に斧を振り下ろす。何が起こったのかを理解しないうちに、男は骸と化していた。


 艶やかな頬に血飛沫の跡をたっぷりと付けてふたたび立ち上がったキヌアは、もうひとりの大将を探した。しかし、探し人もすでにキヌアに目星を付けており、向こうからキヌアに襲い掛かってきた。

 倒した大将と同様に、いやそれ以上に憎悪を剥き出しにしたその大将は、闇雲にキヌアに斬りかかってくる。怒りに駆られた攻撃はかえって正確性を欠くばかりだ。今度はキヌアのほうが不敵な笑いを浮かべていた。嘲るようなその態度に、大将の怒りが最高潮に達する。

 わけの分からない言葉を盛んに叫びながら、男は斧を無駄に大きく振り回した。キヌアはその斧を避けるために男から距離を取る。

 男は必死でキヌアを追い回し、右へ左へと斧を振り回す。身軽な娘は素早く身を引いてそれらを難なくかわしていく。そのうち男はいくら脇を狙っても無駄だと知り、それなら無防備な頭を一気に砕こうと斧を思い切り振り上げてキヌアに迫った。

 キヌアはさっと斧を逆に構え直し、斧の刃の背を持ってその鋭利な角を正面に向けると、男の腹の中に飛び込んでいった。

 斧の角は男の腹に深く食い込んだ。キヌアはさらに力を籠めて斧を真横に引く。一瞬で彼女の腕も顔も胸も真っ赤に染まる。男の呻き声が弱々しくなっていくのを頭の上に聞き、最後に食い込んだ斧ごと男の身体を思い切り突き飛ばした。

 石のように固まった男の身体は大きな地響きを立てて地面に転がった。


 キヌアは大将の息の根が止まったことを確かめて顔を上げた。

 若々しい少女の顔には幾つもの赤い筋が流れ、首筋や肩や胸元に達している。赤い縞模様の中から覗く瞳は清澄なゆえにかえって残虐だ。

 弱々しい雌鹿の仮面を被った獰猛な肉食獣(ピューマ)。彼女の前にその骸を晒している男は、憐れにも最期までその正体に気付くことはできなかった。


 既に辺りは静寂に包まれていた。

 獣たちはオカ族の戦士をほとんど喰らい尽くしていた。離れたところでワスランがこちらを向いて何かを掲げている。彼の手にあるのは敵将の首ふたつ。

 キヌアはワスランに頷き、また辺りを見回した。

 敵の骸の数をみれば、逃げ帰った敵はほとんどいないだろうと思われる。キリスカチェの圧勝だ。それどころかオカ族は壊滅したのも同然だろう。

 しかし、キヌアはそのとき遥か地平に、ふたたび黒い影が並んでいるのを目にする。キヌアの目でもその姿がはっきりと分からないほど距離がある。それらはしばらくそこに留まっていたが、少しずつ少しずつ地平線の向こう側へと消えていき、やがて何も見えなくなった。

 オカ族ではない新たな敵が、彼らの戦いの一部始終を窺っていたに違いない。

 この戦いの勝利は、これからキリスカチェに、そしてわが身に降りかかってくる試練の序章に過ぎないことを、そのときキヌアは感じ取った。






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