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 地平を歪めるように並ぶおびただしい数の黒い影。遠目でもその数は味方の数の倍ちかくになることは分かる。キリスカチェがいくら選りすぐりの戦士の集団であっても、その圧倒的な数の違いに不利を覚えずにはいられない。


「女王さまはキヌアさまに何を望まれているのでしょう。敵に叩き潰されて屈辱を覚えよということなのでしょうか。女王の軍からもう少し援助をしてくださればいいものを」


 前回、初戦を飾ったキヌアに対する女王の労いの言葉を本人以上に期待していたティッカは、もうすっかり疑心暗鬼に陥っており、思わず恨み事を呟いた。

 そんなティッカの呟きを聞き流して、キヌアはじっと地平線の敵の様子に目を凝らしていた。しばらくそうして様子を窺ったあと、ティッカとは反対隣に立つワスランに冷静に声を掛けた。


「大将は四人、四軍から成っていると見るが」


「はい。私もそのように見受けます」


 遥か彼方の黒い点の集まりのような敵軍。キヌアはその構成を驚くべき視力で見極めたのだ。しかし戦の経験の豊富なワスランには敵わないとみて彼の意見も伺った。


「わが軍を分けるとすれば指揮を執るのは私とワスラン、つまり二隊だ。

 ざっと見積もって総数は倍。各々が敵方の二軍を相手にすることとなる。そして私とワスランが各自ふたりの将を倒せば決着が付く」


「そうですな」


 当然のように言い放つキヌアと、それに頷くワスランに、横でティッカが声を上げた。


「何を無謀なことをおっしゃっているんです。倍以上の敵を相手にしなくてはならないのですか。さらにキヌアさまもワスランさまも将をふたりずつ倒すとは。いくら腕に覚えがあっても無理な話です」


 今まで険しい顔で地平を見つめていたキヌアは、ティッカの方を振り返って微笑んだ。


「よくご覧なさい。あの敵は半数は飛び道具を扱う戦士よ。前衛の戦士たちは投石ベルトか投げ槍しか所持していない」


 そうは言われてもティッカはキヌアほど遠目が利かない。ごしごしと目を擦ってふたたび地平を凝視したが、結局釈然とせずに「はあ」と曖昧な返事をした。


「つまり接近戦になればまったくの無防備。相手の懐に入り込んでしまえばひとりはやすやすと倒せるの。残るは斧や接近戦用の槍を持つ後衛の戦士をひとり倒すつもりでいればいい」


「ですが、キヌアさまとワスランさまは……」


「ワスランはこれまでもひとりで十人以上の敵を倒した経験だってある。私もそれに近い数の敵を相手にしたことがあるわ。オカ族は小競り合いしか仕掛けることのできない臆病な部族よ。長とはいってもそれほど手強い相手とは思えないわ」


 ティッカは自信たっぷりの答えるキヌアに感心し、女王がこの姫君の賢さと腕前を高く評価しているからこそ自身の軍を応援に付けなかったのだと理解した。

 幼い頃から傍にいたが、話し相手をしたり、稽古に付き合ったりしていただけでは分からなかった。ともに一兵士として軍に加わって戦ったこともあり、確かにその腕前は並外れていたことは知っている。しかしキヌアがこれほどまでに鋭い感覚を持っているとは気付かなかった。

 彼女の教育係であり、今は側近中の側近であるワスランはすでにその才能を見抜いていることが何やら悔しく思えた。


 ティッカは黙り込んでそんな余計なことにまで思いを巡らせていた。それを敵軍を前にして怖気づいているとキヌアは誤解したようだ。気合を入れるためにティッカの背中を強く叩いた。


「兎も角、敵の放つ石や槍をうまくかわすことよ。敵陣へと入り込んだら敵をひとりでも多く倒すことに集中しなさい!」


 そう言うと、後ろに控えて指示を待っている自軍の戦士たちの方へと振り返った。


「敵軍は数ではわれわれに勝っている。しかしその半数は石や槍を放ってわれらを寄せ付けまいとする前衛隊だ。先ずは放たれる石や槍をかわすことに意識を集中せよ。敵陣へと一気に攻め込んでしまえば接近戦用の武器を持たない投石隊や投槍隊の戦士を倒すことは易い。

 全軍二隊に分かれ、それぞれ私とワスランに従うのだ。左翼を私が率いる隊、右翼をワスラン率いる隊が受け持つ。大きく広がって空けた両脇に敵を誘い込み、左右の戦士を一度に倒すつもりで挑め。前衛の戦士たちをできるだけ倒し、その後、後衛軍に突撃する。私とワスランはその合間をぬって直接敵将を狙う」


 キヌアの命令に戦士たちは大きく声を上げ、武器を手にした手を高く掲げて応じた。戦士たちの姿をぐるりと確認して満足そうに頷くと、敵陣のほうへと振り返る。

 ティッカは一歩下がってキヌアに従い、ワスランはキヌアと間を空けて並ぶ。そのふたりの位置に従って、戦士たちはさっと二つの隊に分かれた。戦士たちはすでに、誰に従いどの位置で戦うかということを知り尽くしているのだ。


 やがてキヌアは石斧(せきふ)を持つ腕を高々と掲げて平原の果てまでも届くような甲高い声を上げた。それに従って戦士たちが一斉に、先ほどよりもけたたましい声を発する。いよいよ出撃するという合図だ。

 その声は遥か彼方の敵陣にまで悠々と届いたのだろう。地平に近い位置にある黒い影の連なりがそれに反応するかのようにゆらりと揺れた。




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