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 投石や投槍の射程距離に入り込んだキリスカチェの戦士たちに、雨のごとく石や槍が降り注ぐ。頭に被った剥製はそれらの攻撃をかわしてくれるため、キリスカチェの戦士が致命傷を負うことはない。身体の正面や脇を狙って放たれる槍も、目にも留まらない斧さばきで何なくなぎ払うことができる。

 どれほどの数の部族が連合を組もうと、その戦い方に大差はない。今のところ、『獣の一族』の攻撃をその手前で食い止めることのできる部族はこの大地には存在しないように思える。


 キリスカチェはあっという間に敵軍の中へと飛び込んでいた。

 戦いが始まると、キヌアの率いる戦士たちは幅を狭め、中央のフリカの戦士だけに狙いを定めて攻撃を仕掛けた。両脇の名も分からぬ部族たちは女王の軍が引き受けてくれる。

 フリカの戦士は全体からみれば僅かな数でしかない。その服装や顔や手脚に施された刺青によって部族の違いがはっきりと分かる。寄せ集めの軍隊ならば狙いを定めるのは非常に楽だ。そういう点では連合軍というのは不利だとキヌアは思った。

 かつて同志であったフリカ族はキリスカチェから戦い方を学んできた。それゆえ、ほかの部族よりは手強いのかもしれない。しかし、キヌア軍に集中して攻められてはまるで歯が立たなかった。

 面白いように倒れていくフリカの戦士の姿が、いや彼らが憎き裏切り者であるという事が余計に、キリスカチェ兵を高揚させた。残虐な殺戮者と化した獣の戦士たちは敵を斬り殺すたびに狂気じみた叫び声や嗤い声を上げる。その響きは殺伐とした戦場に不気味に響いた。


(おかしい。何かが気に掛かる……)


 キヌアは舞うように左右の敵をなぎ払いながら少しずつ大将へと近づいていった。戦況はまったく有利で、あとは大将を仕留めるだけだ。それもあっけなく方が付きそうだ。

 しかしキヌアは、戦いながら常に疑問を抱いていた。


 敵将の姿が目前にある。ワスランと数名の兵士がキヌアに寄り添い、彼女が大将を狙うことに集中できるようにと、背後と左右から襲う敵を引き受ける。

 敵将の周囲を護っている戦士たちが果敢にキヌアに攻めかかってくる。しかしキヌアの斧にかかって、いとも容易く倒されていく。


 いよいよキヌアはフリカ族を率いる将軍と対峙した。大将目がけ、渾身の力で斧を振り下ろす。一度目の攻撃があっさりかわされると、瞬時に体勢を立て直してふたたび攻撃を仕掛ける。相手の正面を狙ったその攻撃ははじめのものよりも相手の頭に近づいた。

 敵将がキヌアの斧を顔面の間際で食い止めた。顔を覆う剥製の隙間から覗くキヌアの目線が敵将の目線と重なった。間近に見て改めてキヌアは気づいた。敵の大将は思っていたよりもずっと若い。おそらくキヌアと数歳違うくらいだ。十年ちかく前に壊滅したと思われていた部族の長にしては若すぎた。


(矢張り何かがおかしい)


 そのまま渾身の力で敵の斧を押し切って頭を砕いてしまうことも不可能ではなかったろう。しかし、キヌアは気持ちの整理をつけるために相手の斧を押し払っていったん後ろへと飛び退いた。

 敵将は身を引いたキヌアをすかさず追い、横様に斧を払って頭を砕こうとした。咄嗟にキヌアは身を屈めたが、頭にかぶった剥製が敵の斧に引っ掛かり脱げてしまった。敵は無防備になったキヌアの頭に斧を振り下ろす。先ほどとは逆の体勢でキヌアが敵の斧を顔の間近で押し留めた。押し当てた斧に顔を近づけて、敵将はキヌアに語りかけてきた。


「カリの末娘だな。流石に見事なものだ」


 そう言いながら微かに笑いを浮かべる敵の顔を見て、キヌアは全身が総毛立つのを感じた。


「なぜ私を知っている」


 敵の斧を押し返しながらキヌアは叫ぶように相手に問うた。しかし敵は不気味な笑いを浮かべたまま、さらに強く斧を押し付けてくる。キヌアの不安を煽って戦意を喪失させるつもりなのだろう。相手の思惑に嵌ってはいけない。キヌアはそれ以上何も考えまいと心を決め、一気に相手の斧を押し離した。

 キヌアの威力に敵将がよろめいた。その隙を逃さず、キヌアは相手に飛び掛る。しかし大将を務めるだけの力をもつ戦士である。向かってきたキヌアの腹を咄嗟に突き出した足で蹴り飛ばした。

 飛ばされたキヌアは腹の痛みなどものともせず、すぐさま起き上がってふたたび敵へと向かっていった。敵は盛んに斧を払ってキヌアをけん制する。斧の動きを読みながら、その隙を狙ってキヌアは相手の脇腹へと飛び込んだ。その胴を抱えて少女とは思えない力で地面に押し倒し、身体に跨って斧を振り上げる。

 しかし、少女の軽い身体では跨った相手の動きを封じきることができなかった。敵はキヌアの身体を弾き飛ばして起き上がり、今度は逆に彼女に覆い被さった。

 キヌアの身体を切り裂かんと敵将は斧を振り上げた。キヌアはその斧から身を護ろうと自分の斧を水平に持って顔の前に押し出した。

 しかし、そのあとに静寂が訪れた。相手は斧を振り上げた姿勢のまま、じっとキヌアを見下ろしていた。

 キヌアの中にまた不安が広がっていく。この有利な状況で攻撃を仕掛けないなど考えられない。敵の不可解な行動は、キヌアにとって絶体絶命の危機に陥るよりも、ある意味怖いことだった。


 覚悟を決めて身構えているキヌアをその場に残し、大将は立ち上がった。そして踵を返すと戦い続ける仲間たちを見捨てて戦地を離れていった。あろうことか仲間を、部下を見捨てた大将は、ひとりで一目散に地平の方へと走っていく。

 キヌアはその姿を追おうと慌てて立ち上がった。


「待て!」


 走り去る大将をこのまま放っておいても、キリスカチェの勝利は間違いない。しかし敵の余裕ある表情は、キリスカチェの危機がこの戦いだけでは済まされないということを予言するものなのかもしれない。あの大将をこのまま見逃すわけにはいかない。


 キヌアは大将を追って地平へと駆け出した。


「姫! 深追いはなりません! お戻りを!」


 背中からワスランの声が追ってきたが、キヌアはそれを無視した。


 キヌアの行動に気づき、ワスランは自分の周りにたかってきていた数人の敵を一度になぎ払うと、急いでキヌアを追った。

 どうやら相手は、キヌアの性格を見抜いて誘導しているようだ。すでにだいぶ遠くへと離れてしまった彼女の姿を必死に追いかけた。


 キヌアは、ここであの大将を逃しては今後災いの種になるかもしれないという不安から、何をおいても逃してはならないと必死だったが、ワスランには、敵は、キヌアが追うことを承知で走り去っていくように見えていた。


 しばらく走って、キヌアははっと足を止めた。

 夢中になって大将の姿ばかりに気を取られていたキヌアが、「しまった」と思ったときには遅かった。

 先ほど相手にしていた連合軍よりも規模の小さい軍が、整然と並んでキヌアを待ち構えていた。先ほどの寄せ集めの軍隊ではない。誰もが同じ文様の織り込まれた立派な装束を身に纏っていた。それはフリカのものとも、連合軍の中の部族のものとも異なっていた。

 敵大将はその列の中へと飛び込んだ。


 キヌアの姿を至近距離に捉えると、敵軍から竹筒を手にした戦士が数名列の前に進み出てきた。戦士たちは間髪入れずにそれを口にくわえ、一斉に何かを吹き飛ばす。

 次の瞬間、キヌアは肩と脇腹と太腿に小さな痛みを感じた。見ると細い矢が身体に突っ立っている。急いで肩の矢を引き抜くと、その(やじり)は、血の色とは異なる鮮やかな朱色に染まっていた。

 キヌアは蒼褪めた。


「毒矢……」


 顔を上げると目前の敵たちが一斉に笑みを浮かべたように見えた。その中心にいるあの大将は、逆に憐れむような眼でキヌアを見ていた。

 敵はそれ以上攻撃を仕掛けることはしなかった。順々にキヌアに背を向けると、ゆっくりその場を立ち去った。


 毒によるものなのか、それとも絶望によるものなのか。キヌアは天地がひっくり返るような眩暈を急激に感じ、その場に崩れ落ちた。ワスランが折りよく追いつき、彼女が地面に倒れ込む前にその身体を支えた。

 キヌアはワスランの腕の中で意識が薄れていくのを感じた。





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