好きまでの距離は、大体10分でした。
というわけで放課後、公園のベンチに座った私は悶えていた。
ついに長年の片思いの歴史に幕を下ろす日が来てしまったのだ。5時に公園に来てくださいとだけ書いた紙を下駄箱に入れるというとんでもなく古典的な方法で好きな人を呼びだしてしまったのである。
「あー……」
公園で遊ぶ子供たちの声を聞きながらぼんやりと空を見上げる。広がる黄昏色をじっとにらみつけて、嘆息。
どうしよう。本当にどうしよう。呼び出したはいいけどまずなにをすれば、ん? 呼び出したからにはまず告白をしないといけないんだけど、告白?
「こ、こくは、っ!」
どっ、どうしよう! ほとんど勢いだったから告白の言葉とかなにも考えてない!
ちょっと私計画性無さすぎるわ、無さすぎて呆れたわ。とりあえずまだ大丈夫落ちつこう、落ちついて考えよう。時間はたっぷりあるしあと10分もあるんだから大丈夫落ちついて――「あと10分?!」
い、いけない叫んでしまった立ち上がってしまったわああ見られてる周りのマダムたちに見られてる! そんな目で見ないで! 私危ない人じゃないよ!
で、でもどうしようあと10分しかなかった。なんて言おう。ここは王道に一言、
「す、好きです」
小さく声に出してみた。そしたらなんかものすごく恥ずかしくなって両手で顔を覆いたくなって穴があったら入りたくなって穴が無くても自分で掘って入りたく なって落ちてた木の枝でぐりぐり穴を掘っていたら周りのマダムたちに指を指されてひそひそされたところではっと我に返って中断した。
好き? 好きってなにそれどういう、だって好きっていっぱい意味あるよ! 日本語って曖昧だもの! 友達としての好きだと思われたら嫌だし、いや友達としても好きなんだけど私が今伝えたいのはこう恋愛感情的な意味での好きだし、わざわざそれを捕捉するのも恥ずかしいし。
ああいっそのこと英語圏に生まれたかったそうすればたった一言あいらぶゆーですむのに! あっでもそれだとやっぱりありきたりっていうか簡素だから、あいうぉんちゅー? あいうぉんちゅー! 私はあなたが欲しいです! 欲しい! 喉から手が出るほど欲しい!
だっだめだ、ちょっとだめだ震えてきたどうしよう。逃げたい! 今すぐここから逃げ出したい!
どこからともなく訪れた寒気と震えと鳥肌に自分がいかに初心なのか思い知らされる。おかしいなあ私はもっとこう、いざとなったら「私と付き合いなさいよね!」みたいなことが言えちゃうような小悪魔的な女だと思ってたのに。
ぱん、と両頬を叩いて脳内から余計な不安やら妄想やらを追い払う。現実逃避してる場合じゃない、あと10分の間に告白の台詞を考えないと。
好きです、はとりあえず却下として、だとしたら他になにがあるかな。
「付き合って下さい、付き合って……うーん、これだと少しショッピングに付き合ってよ! みたいな意味にとられるかもしれない」
告白って難しい。ここはひとつ直球で行くとして、やっぱり直球の台詞となるとあれしかない。
「愛してます」
ふっ、と意識が遠のいた。気付いたら私は木の幹に頭を何度もうちつけていて周りのマダム達は既に姿を消していてだめだこのままだと完全に怪しい人だ、そのうち警察が来て告白どころじゃなくなるかもしれない。無理やり脳内を冷静にさせたところで再び着席する。
愛してます、愛してますってうわああだめだ、あ、あ、愛、とか、そんななんかもう本当だめだ、未知の言葉すぎてどういう意味なのかよく考えたら全然わからない。
体は震えるほど寒いのに顔だけがものすごく熱い。壊れそうなほど熱い。もー道路に倒れてごろごろ転がりたい!
告白、告白なー。告白なんて気持ちだよなぁ。ふむ。だからつまり率直に正直に今の自分の気持ちを伝えればいいのか。
「好きで好きでたまにどうすればいいのかわからなくなって最近夢にも出てくるし授業にも集中できないしおかげで成績下がりまくりだしお父さんにこっぴどく叱られたしどう責任とってくれるのよ!」
……はっ違うこれは違うなにか違う間違ってる。かと言ってぎゅーしたいとかちゅーしたいとかそういう率直なのは流石に退かれるような気がするし現に私だっ てそんなこと言われたりしたら退くし、でもぎゅーってしたい! ぎゅーってしたいんだよ! それくらい大好きなんだよ!
彼と話してる時がなによりも楽しくてあー生きてて良かったなーなんて思っちゃうくらい幸せで、声を聞くだけですごく落ちついて安心して、嫌なことも全部忘れちゃうし、だからずっとそばにいたくて一緒にいたくて、「なにしてんの?」
びくっ、と肩が震えた。熱かった顔が一瞬で冷える。心臓と呼吸が一瞬停止する。頭の中が真っ白になる。
ゆっくり振り向くと、目の前に、
「ぎゃあ!」
彼がいた。もう今まで考えていたことなんて全部吹っ飛んで私の体も吹っ飛んで立ち上がって後ろにずざざざと下がる。数メートル距離を置いたところで停止。お、おおお落ちつけ大丈夫だからとりあえず落ちつけ。
「ご、ごめんちょっとあのあれっ、呼びだしちゃってごめん、ねっ」
「落ちつけって」
呆れ顔で、でもほんの少し笑う。
ああもうあなたの笑顔が見れただけで私本当幸せ。
「え、えっとあの、えっとぎゅ、ちゅ、あの、愛、付き合っ、好、あ、あれ!?」
まっ待って私なに言おうとしてたんだっけこの10分なに考えてたんだっけ、っていうかいきなり告白とかってどうなんだろうもう少し前置きみたいなの考えておくべきだったかな。だから私はいい加減見切り発車で物事を進めるくせをやめなさいよもう!
「ごめん待って落ちつく、落ちつくから」
「わかったわかった、とりあえずちこうよりなさい」
手招きされて、震える足を無理やり動かしてさっきまで座っていたベンチの前に立つ。深呼吸して、よし、よし大丈夫今なら大丈夫、冷静だから大丈夫。
「あー、まぁいいや」
なんと言おうか迷いながら口をぱくぱくさせ、突然彼が口を開いた。
「あのさ、前から言いたかったことがあるんだけど」
「な、なに?」
微かに震える私をとらえる、一切どこにもぶれることのない、真っ直ぐな瞳。
「好きなんだよね、君のこと」
……は、い?