第7話「嫁ってあの嫁か?」
「なんだ聞こえなかったのか? バカめ。それとも意味が理解できなかったのか? 全くバカな奴め、人間は理解力に乏しいらしい。詳しく説明してやるよ、と言っても簡単だ。この薬を摂取すると身体的な特徴が完全に反転するというものだ、つまり、男なら女に女なら男に換えるという効用だな」
いや、違げえよ。効用じゃないし・・・・・。バカって2回も言ったし・・・。
というか本当にそんなものがあるのか・・・・・。
バッ!
涼はそこまで考えて普通に、実直に、簡単に自分の変化がわかる方法を実行した。
まず、服の上から胸を鷲づかんだ。涼の記憶が正しければそこには細くしっかりと鍛えられた胸筋があり、硬さを返してくるはずだった。決して掌に収まるサイズの慎ましいやわらかな何かがあるはずがない。さらには両手に一つずつその感触が確認できるうえに、なんか妙な感じに熱を持つ物体など自分には付いていなかったはずだ。断言できる。
・・・・とても気のせいだと思いたい。
さらに茫然としたい意識を振り払いながら右手を自身の谷間に伸ばして、そこにあるはずのものを確認した。しかし返って来た感触はムニュッとしたやわらかさと痛みを返してくる男の象徴ではなく、平らな土手だ。自分が10年以上慣れ親しんだ相棒の感触はいくらさわっても返ってこなかった。
「なんだ、いきなり自慰行為か? 痴女め」
黙れ!
「うっさいわ! 痴女言うな! ふざけやがって、男に戻せ! そして俺を元の場所に帰せ!」
その瞬間に殺してやる!
絶対にだ!
「それは無理だな、お前はこの俺の嫁になるのだから」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?
「は?」
「聞こえなかったのか?嫁になれと言ったのだ」
いやいやいやいやいやいやいや。
意味わかんねぇし、意味わかんねぇからね。
なんで?
Why?
こいつ頭おかしいんじゃねえか?
「無理!」
涼は腕を交差させてバツの形を作る。
「拒否権はない。命令だ」
「いや無理だから。意味分からないから!」
クレルは一度思案する顔になると、「しかたないな~」という態度で話し始めた。
いちいち癇に障るやつだ。
「俺たち魔族の嫁探しは大変だ。貴様ら人間と違って魔族は寿命が長いが子供を作るのは難しい。その理由は子供を成す事が出来るのは魔力の波長が全く同じもの同士でしか作れないからだ、・・・」
波長・・・・?
「・・・それゆえ・・、ん? なんだバカそうな顔をしてどうした?」
「悪かったな! バカそうな顔でよ!」
いちいちバカにしやがって! この野郎!
「あぁ、もしかして魔力の波長が分からないのか? たしか人間どもには縁のないものだったな、つくづくバカな種族だ。いいか、魔力の波長は全ての魔力を持つ生物に存在するものであり、その波長は指紋のように一人ずつ確実に違う。だが魔族はその波長が9割以上一致しなければ子供を作ることはできない。分かったかバカな女」
そう言って冷ややかな目をするクレル。
いちいちバカにしなければ気がすまねぇのか!
「・・・わかったが、それで? 俺とおまえの魔力の波長が一致したとか言いてえのか?」
「ほう、バカはバカなりに考えるということか。その通りだ。一生のうちで子供を成せない魔族も多いのだ。この機会を俺が逃すわけがなかろう?」
「・・・・・いや実際そんなことどうでもいいというか、俺のことを巻き込むなと言いたいが、事情はなんとなくわかった。・・・で、なんで人間である俺?」
「人間相手でも子が成せるらしいからな、文献で見たことがあるが、昔そんな魔族がいたらしい。そして、姿を隠してお前の戦いぶりを見ていたが、お前の魔力の強さと波長は俺のとかなり近いからな、だから攫ってきたってわけだ」
「いや、魔族事情など知らんし、おれは男だ。なんで男の俺が、今は女だが・・・・男のお前の嫁にならなきゃなんねぇんだよ、お断りだね!」
矢継ぎ早に発せられる俺の罵倒をまったく気にせずに受け流しすクレル。
「貴様が男と言うのは俺も驚いた、怪我の治療で衣服を引っぺがしたら男だったのだからな・・・・詐欺だ」
やかましいわ! 勝手に詐欺られてろ! おれおれ詐欺にでも捕まって1000万振り込め!
「それになんで魔力が使えない! 何をしたんだ、女になったら使えなくなるなんて理由じゃないだろうな!」
涼は警戒しながらクレルをにらみつける。
実際クレルよりも一回りどころか、二回り以上背の低い涼が、背の高いクレルをにらみつけると上目遣いのようになるので、かわいい雰囲気しか出ていないが涼は全く気付いていない。
「・・・・っ!?」
クレルは若干目をを逸らしながら俺の左の手首を指差した。
ん?手首?
左の手首を見ると何か薄紫色のカーテンのような、オーロラのようなものが纏わりついていた。
なんだこれ?
「俺の魔力で固めた枷をお前の腕に付けた。お前の魔力を抑え込む能力が付加されている」
「な・・・・・・・・・・・・」
そんなふざけた能力聞いたことがねぇよ。
断じて拒否する。
「納得したなら嫁になれ。これはもう決定事項だ」
納得してねぇよ、知ったことか!
「このこの!」
俺はクレルを無視して、腕に付いているオーロラのような腕輪を取ろうとするが、まるで空気か蜃気楼のように触れることができない。
なんど試しても何の効果もなかった。
クレルはそんな俺を見てため息をつくと手招きをしたてきた。
「とりあえずこっちに来い」
「断る!近づくな!」
誰が行くかバーカ!
「ったく・・・」
クレルが涼の視界から消えた。
「えっ・・・・、うわぁあ!」
一瞬で涼のそばに移動していたクレルは、ひょいっと涼を肩に担ぎあげる。
「な・・・な・・、は・・離せ!降ろせ!触るな!」
いきなりのことに動揺した涼はわめきながら暴れるが、力を完全に封じられているため全く抵抗という抵抗もできていない。
クレルは涼を担ぎあげたまま部屋を出て、どこかに向かっていた。